第十七火 叶わない望み



はぁ、まったくもう。世の中は物騒でいけませんね。
どこに行っても戦争、王権、復讐、聖戦、チャンネル争い!

どうして人間は争うのでしょう?

え? お前今までどこにいたんだって?
それはもちろん! 密かに掘った地下シェルターに! ――潰れてしまえぇ!!?
なぜですか皆様!? 私はそれでもモグラのごとく掘って出てきますよ!? それはもうしつこく!!
モグラならそれらしく地面の下にいろ!!? う〜ん。たまには空に帰りたくなるんですよっ

ぉおっと。派手な音がしましたよ……まさか! まだ絽火(ろか)が暴れて……いえ、楽しんでいるのですか?
それは困ったものです。

そうですねーーもう少しおとなしくしてますか。

では皆様! 私再び避難しますので悪しからず! とばっちりいだけは食らわぬように。

おやすみなさいませ〜〜





 夜の空に、ふくれて燃え上がった炎。そこだけ、真昼を戻したかのように絽火を照らし、飛針を照らす。そして、もう五人の影も。

 ゆっくりと一歩踏み出す。見据えた瞳はそのままに。

 あとは、動くだけ――
 口元に笑みが浮かぶのを押さえられない。

 大きな音がした。術の放たれる音、そして――風、水、地。三つの力が絽火を襲う。

 溢れる水の気配、纏(まと)わりついて自由を奪う。
 揺れる地、足下を崩す。
 そして荒れ狂う――カマイタチ。

 しかし、そう。
 こんなもの?

ファイアー・バースト!
 叩き付けた炎と、燃え上がる炎が絽火を守る。
「っダイン!」
 もとより炎中に呼び出した鎌をつかむ。そして構え直す暇もないままに、風を切り裂く。
 
 五人の人影は驚きつつも左右に散る。
 この人数差、いくら火術師があがこうとも。簡単に終わる。と、思っていた。

ウォーター・クリエイト
バンディング・アース
 遠慮はいらない。する必要もない。
 攻撃では絶対の力を誇るといわれる火族。一番の、嫉(そね)みの対象だった。
 絽火の外見など気にもならない。重要なのは、この術師を殺す事だけ。
 舞台裏の火族の“長”を引きずり出すためにも。

 恐ろしいのだ、自分達を凌ぐ力を持った火族の存在が。
 すべてを無に返す、その力が。



 近づいてくる影を鎌でなぎ払う。向かってくる水は片っ端から蒸発させて、揺れる地面の上を物ともせず進む。
 相手は五人、隙を見せればすぐに――
「っ!?」
 鎌の先端が風の鎖に縛られる。動きを封じられる前に手を離して、鎌が宙に浮く。
「なにっ」
 その行動は予想していなかったのか、地の男が驚く。
 その隙に、地を蹴って鎌を追う。柄を手にとって、重力によって落ちていく。もちろん、そのまま男の首を狙って。
「ぎゃぅ」
「一人」
 着地した瞬間に襲ってくるカマイタチ。しかしダインは優秀で、自ら背後に回って軌跡をずらす。
 間髪いれず降りかかる水。
「遅い!」
 水の柱を断ち切って抜ける。
 穴の開いた柱は、自分の真ん中が抜けていることにしばらく気がつかない。少しだけ間がいて、水が地面に降りかかった。
「っ」
 着地の瞬間ですら盛り上がる大地。宙に浮かび上がるのは得策ではない。
 吹き付ける風に流されて、着地の瞬間を狙う――

「じゃっ」
 “邪魔”よ!
 地に向かって放たれた炎。湧き上がった竜巻。そこから、火の矢が飛び出てくる。

「がぁ!?」
 男の胸に突き刺さって、荒れ狂う。

 ……容赦ない。その言葉、いったい。どちらにとって、か。

 遠距離からの攻撃に加えて、その攻撃ごと突っ込んで来る術師。
 体の中の血管がうごめく。“中”の水を操ろうというのだろうか?

(させないっ!)

 すべてが、一瞬のできごとだった。
 あまりに激しく、あまりに一度に力が爆発してしまったから。


 絽火が三人目を黒焦げにした時、その足下から水が噴出した。
「――っ!?」
 その水が絽火の体に立ち上り、腕をつかむ。
ほのっ
 すると足下が崩れ大穴が空く。片足を飲み込まれて態勢を崩した絽火。
弾き飛ばせ
「――ぁあっ!」
 猛烈な勢いの風に叩かれて、絽火の体が宙を飛ぶ。あらかじめ用意してあったかのように大きな木の、幹に背中を叩き付けた。

「六人がかりで――三人を犠牲にしてようやく、か」
 そこに、不意打ちを加えて。そしてここは、森の中だ。
 苦々しく、飛針(ひしん)が言った。

 風の鎖が消えて、絽火の体が地に落ちる。かすかなうめき声が、聞こえた。

 長い髪が広がり、重苦しい。
 うつ伏せの体。なんとか腕を立てる。
(な、に?)
 重いのは、水のせいだ。
(水、ね)
 そんなもの、相手にもならない。

燃やしつくせ!

 瞬間、力が逆流した。

(――え?)

 絽火の集めた炎の気配が、すべて、風と一緒に四散した。
 燃え上がっていた炎も消える。
 残されたのは、地にはいつくばった絽火と、燃え上がっていた形跡もない広い地。そして、立っている、三人の男。

カランカラン――
 ダインが、地に伏した。

「やってみるものだな」
 かすかな月明かりの下。口の端を楽しそうに歪めた飛針が現れる。
「何を――」
「一帯の風を、消した」
 火が燃えるものに、必要だろう?
「っ」
 確かに、“火”が燃えるために、燃やすために風は必要とする。
 しかし、それは人間の概念であって、火の術師に関係ない。彼らは、自分の力を使って炎を燃やす事もできる。
 その燃える炎に、干渉したのだ。一見(いっけん)よく燃えるだけの風を送り込み、一気にぬく。
 風と一緒に、炎も飛ばされた。
(やってくれる)
 舌打ちした絽火は、迷うことなくさっと立ち上がった。
「様子見は終わりか?」
 からかう様な声だった。


 人数が人数だ。いくら、力があろうとも、限界がある。
 この森を吹き飛ばしていいなら、定かではないが。それなら、もちろん。一瞬で終わる。
 彼らは自分達が骨も残さずこの世から消えたなど、考える間もないだろう。

 だが、それはできない。
 守りの、火は消えた。

(――パラ)
 呼んではいけないとわかってはいても、求めてしまう。
 木を背にして、回りが囲まれていくのがわかる。

 風族の飛針と、地と水の男。
 絽火は知らなかったが、ここにいるのはあの王都で炎の壁が立ち上がった時、地堺(ちかい)と流瀬(りゅうせ)と呼ばれていた男だ。

(ダイン)
 彼は遠い。炎がない今、彼は自分から動けない。
 この場を握っていた炎がなければ、風の干渉にまで対応できない。
 水と地だけならまだ、どうにかなるものを。

 向こうが動かず、ただ回りを囲む事だけに専念しているから余計である。
 こちらから攻撃するのは、得策ではない。
 もう、最初の様子見の段階は過ぎてしまったのだから。

「さて、おとなしくなったな」

 飛針が、功を得たというように笑った。



※ ※ ※



 ただ自分が出て行くことは叶わず、玉座と言うこの世で一番忌み嫌うものに座るしかなかった。

「はははっ」
 前線に向かって行きたい気分だった。
「陛下?」
 もう萩(はぎ)しかいない。
「大丈夫だ。それより――どこまで入られた?」
「すでに、三分の二は……」
 もう、争いの声が聞こえてもおかしくない。

(あと少し、あと少しと持たせた所で)
 何か、変わるのだろうか。
 状況は芳(かんば)しくない。悪くなる一方だ。

 術師たちは術こそ使ってこないが、纏(まと)う物も武器も曰くつきだ。

「――くそっ」
 あの男は人間を認めていない節があった。
 自分がその下に付く事を受け入れないというように。

 城下に押し入った術師たちは――

「……術、師?」
「どうかなさいましたか?」
「そうだ、奴らは」
 “術師”なんだ。
 それこそ奴は、風に乗ってここまで飛んでくる事だってできるはずだ。
 だが来ない。
(俺の首がほしいなら夜に忍んで来ればいいだろう?)
 それとも、この王都を完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰したいのか?
 飛晶(ひしょう)は、少しだけ笑った。
 それこそ、奴の望みそうな事だったから。

 その自身の持つ力を持って、人を配下に置き。自分達を敬わせ、畏怖させたい。

 それは、まるで“火族を恐れる他の種族のように”であったことなんて、人間には知りえない。


「陛下!」
「翠(すい)?」
 外で厳重に守られていたはずの扉が開く。
 半ば無理やり飛び込んできた翠。兵士はみな止めようと必死だった。それを手で制して、翠が落ち着くのを待つ。
「どうした?」
「それがっ」

『感謝するよ――開けてくれて』

 翠が言う前に、言葉が響いた。
「きゃぁ!?」
 廊下から押し寄せてきた水が、兵士を押し流して翠を捕らえる。
「なにっ!?」
 萩が剣をぬく。
 飛んできた水の球体を切り裂いても、それははじけて四散するだけ。落ちて絨毯(じゅうたん)に染み込まれていく。
 玉座のすぐ傍まで、水にぬれた部屋。
 異変は、すぐに起こった。
「なんだ……?」
 染み込んだ水がうごめいて、集まっていく。それは翠のすぐ傍で集まり、人の形を取った。
『なぜ? まだ生きている』
 顔の部分、口元までが水で向こう側が透けて見える。
 しかし、はっきりと声が聞こえる。
「どういう意味だ?」
 飛晶の視線が厳しい。
『こちらの質問にだけ答えろ』
 そして腕の部分を締め上げる。翠がうめいた。
「消えろ!」
「待て!」
 水の塊のすぐ傍で伸びていた兵士が剣を振るう。静止は間に合わなかった。
びじゃぁっ
 水が割かれて、飛び散る。しかしその顔が兵士を振り返って、笑った。
「っ」
 兵士の顔が恐怖に固まる。
ドッ
「いやぁぁああーーー!!?」
 形を変えた水が、兵士の心臓に突き刺さった。
「……ぁ」
 兵士が信じられないというように目を見開いて、その体が崩れた。
『さて、国王。いやもうお前は国王ではない』
 水が再び人の形を取って、言った。
『おとなしくその座を――』

『――』

 高い声が、聞こえた。

 まるで、咆哮(ほうこう)のような。存在を示すような、鋭い音。

 何が起こったのかわからない。
 ただ凄まじく熱い熱と気迫に身を震わせた時には、終わっていた。

「――ぇ?」
 翠が、呆けた声を出した。
 それが、合図となって空気が変わる。

バサァァアア――
 羽音に顔を上げれば、火の粉を振りまく火鳥。
 その口から放たれた炎に、水が消されたのだと知るまで、時間がかかった。

「きゃぁ!?」
 目の前を飛ぶ火鳥に、翠が驚いて声を上げる。
「大丈夫だ。その火鳥は絽火の――」
 部下でも、配下でもない。
「絽火、ちゃんの?」
 その名前を聞いて、翠は平静さを取り戻した。
「――“パラ”?」
 そして、翠が導き出した答え。
「友達、か?」
 やや引きつった顔で、飛晶は言った。

『我は主に従うもの』

「しゃべった!?」
 びっくりして翠は飛び上がった。
「驚いたな、ここにも火の力が?」
『主の力はこんなものではない』
「……そうか?」
 まだ、あるらしい。
『お前を―――』
「? なんだ?」
 突然、火鳥の声が聞こえなくなった。
『――! ――!』
 何か言っている。だがもう、雑音らしきものも聞こえない。

「――絽火?」
 何か、あったのか?
 どこに、いる? いつから、そうだ朝からだ。翠と共に城下に行かせて。それきり。
「翠、絽火は?」
「それが、その。兵士達と同じで」
 忌々しく舌打ちをした。つまり絽火は、戦いの真っ只中にいるのか。
 無事でいると考えるには、不安をよぎらせる事が一つ。

 すぐにでも主の下に向かいたいが、その主の命で動けないパラが忌々し気に窓の外を睨む。



 深い森の中で、小さな炎が燃え尽きそうとしていた。




ぎゃーー
書きたい所まで届かなかった・・・

目次
2007.06.28