第十九火 これが火の力



 パチパチと、燃え残った火が爆(は)ぜる音がする。
 あれだけの水があったにも関わらず、火は燃えている。

 風は、空に帰った。



ざっ
「殺さないようにした――わよ」
 一応。全員。
「………」
「っ殺す気だ、っただろう……」
 荒れ狂う炎に焼かれた火針(ひしん)が、うめいた。
 水の“長”の気配はもうない。――今度こそ本当に、逃げたな。
 焼け焦げた死体(?)がそこら辺にある中、絽火と飛晶(ひしょう)は飛針の傍まで来ていた。

 爆発に巻き込まれたのは、どちらなのか、よくわかる。
 しかし絽火(ろか)は、あまり無事とは言いがたかった。腕に刺さるようにぶつかってきた風、まるで肺を圧迫するようだった水。
 幹に叩きつけられた時の衝撃は、忘れていない。
 国王は本当に軽症で、服や風をカマイタチに切られて、血が出ているくらい。

「さ、すが。火族だな」
「……」
「そこまでして、力を見せ付けたいか」
 力がぶつかり合って、そう。森は消えた――木々は根っこまで燃やされ、森の中の一部は荒野と化していた。
 岩は砕かれ、焦げている。
 おそらく、この荒野の上で生きているのは術師だけ。
「――別に」
 本当は、この力は……
「……パラ」
 うつむいた絽火は、呟いた。
 それを聞いた飛針は、笑ったようだった。
 何を、今更。
「こ、ろせ」
「――」
 絽火は、国王を振り返った。
「私の仕事じゃないんだけど、どうするの?」
「……これは母が愛した人だ。私は母の気持ちを尊重したい」
「綺麗事だな。それですむと思っているのか?」
「いいだろう?」
「……」
 話をふられた絽火は、それこそどうして私に聞くのかと言う顔をして言う。
「勝手にして頂戴。私は国王の決定に従うわ」
「殺されそうになっておいて、ずいぶん寛大だな」
 国王は意外そうだった。
「でも私を“殺せ”なかったでしょう?」
 殺されてなんてやらないけど。
「それで、十分よ」
「……くくくっ」
 そんな二人を見ながら、飛針は乾いた声で笑った。
「何がおかしい」
 勘に触ったのか、国王の声が険悪だ。
「それで勝ったつもりか? 飛晶?」
「その名で呼ぶな!」
「はっのえの言ったとおりだな、名を呼ばれるのを厭(いと)う。父である俺の“飛”の字を受け継いだからか? あの女も喜んだんだぞ?」
「黙れ!」
 短く、鋭い声だった。

 重苦しい沈黙。すると突然、遠くから、兵士達の声が聞こえる。
 三人が驚きに振り仰ぐと、人間達の歓声だった。

「勝った、のか?」
「そのよう、だな」

 驚愕に見開かれた飛針の目。それがふっと笑って閉じられる。

「っ」
 何が、言いたいのだろう? この最後の機会に。まるで目覚めなくなりそうな気配に。
 飛晶は、口をつぐんだ。


 静かに、火が燃える。まだ、燃える物があるのかと言いたいくらいに。

 いつの間にか現れた影が言う。
「……派手にやりましたねぇ」
 かけられた言葉はとても呆れていた。
「でなきゃ死ぬわ」
「ぜひとも、砂漠の上で行なってほしいものです」
「どこにいたのよ」
「それは秘密です」
 あっさりと言い切って樹木(じゅき)が近づいてくる。
「兵士達を一人ずつ治していくのは骨が折れますが、まぁ二、三人ぐらいなら――回復――修復
 目の前で黒焦げの飛針の傷が見る間に癒える。それを確認した頃には――

「絽火」
 真剣な目をして、樹木が絽火に問いかける。
「はい?」
「地の中の芽まで燃やしましたね」
「そこまでやったわね」
 水がいたから。
「……用意しておいてよかったといいますか」
 腰に下げていた袋から、種を取り出す。
「陛下は、風を操ると考えてもよろしいですか?」
「そうだ、な」
 いつから見ていた?
「申し訳ありませんが、手伝っていただけないでしょうか?」
「それ以前にお前は何をしている」
「この森を、元に戻すのですよ。森族として、荒野と化した森など見ていられません」
「……」
 そんな二人の会話を絽火はぼんやりと聞いていた。
 ここにも、この地の下にも。生命が、息吹があったのに。

 すべて、すべて消した――

『そこまでして、力を見せ付けたいか』

 ――どうして。

 かすれた唇の動きを、二人は見ていなかった。

「ですから、この種をまいてほしいのですが」
「どうやって!?」
「振りまくだけでいいのですが、いかがでしょうか?」
 手で振りまくのは時間がかかりますし。何より面倒で。
「うまく行くだろうか……」
「大丈夫です陛下。きっと」
「………」
 曖昧(あいまい)すぎるだろう。
 種の入った袋を持って、飛晶は意を決した。
「……何か言うべきなのか?」
「これと言って、特には」
「そうか」
 さっきと同じ。風を、その力を――

 また、風の動きが見える。

 ふわりと、浮いた袋。はじけ飛んで、中にあった細かい種が荒野となった森の地に降り注いだ。
「成功、か?」
「ありがとうございます。陛下」
 そう丁寧にお辞儀をした樹木。しかし、次の瞬間。
「起きていただけますか? 流瀬(りゅうせ)」
 いつの間に移動したのか? どすっと、なんだか鈍い音。
「――はっ!? 樹木!?」
「こんにちは」
 にっこりと、妙に寒気のする笑顔で、気絶していた男をたたき起こす。
「よく加減していただいたものです」
 森は、燃やして、人は生かしたのか?
「何よ」
 樹木が絽火を見つめるので、居心地が悪い。
「彼と、もう一人隣で伸びているのは“長”の息子達です。次期長候補とも言うべき者」
「弱かったわよ」
「――!!?」
 働いていない頭で、流瀬は絽火の姿を見つけて後ずさった。
「もう、何もしないわ」
「それで、流瀬“様”」
「なっなんだ!?」
「手伝っていただきたいのですが、いかに?」
 後ろに、不機嫌そうな絽火。満面の笑みの樹木。
 水族の男に、逃げ道はなかった。


その体に生をつめし息吹の種よ、目覚めよ
水よ流れよ、つたえ、そして潤(うるお)せ

 二人の言葉が重なる。一瞬の揺らぎのあと、足下から地を揺るがすような力を感じた。

「――ぇ?」
 見る見る芽が出て、育つ木、花、草。
 植物は絽火の足下を多い、花が咲く。
 木々は人々の背丈を越えるかと言うところで、成長が止まった。

 火の力とは違う。まるで違う。
 こうやって、何かを育むことなど、できはしない。


「こんなものでしょうか」
 あとは、時間。
「感謝する」
 国王は神妙な顔だった。
「いえ、このくらい――……」
「?」
 言葉を失った樹木をいぶかしんで、その視線の先を見て絶句した。


 絽火は泣いていた。

 声を上げる事も、涙を拭く事もなかった。
 ただ目の前で地に根を下ろし、水を吸い上げる木を見つめて。ただ涙を流した――





ぎゃーー熱い!?
なんていう熱さですか!! 焼け焦げるところでしたよ!
香草と一緒においしく焼けたチキンのように!!

誰ですか! わたくしの地下シェルターの近くで焚き火でもしているんですかぁ!!?

お前今出て来るなぁ!? どういうことですかぁ!?
場の雰囲気を察しろって、わたくしほど的確に雰囲気ぴったりのものもおりませんよ!

やっぱり少し黙れって!? なぜに!!?





 城は、喜びに満ちていた。突然、術師たちが退却したので。
 だから襲ってきた術師たちに、人間は勝つことができたと言った。

 それは、もしかしたら、自分に与えられた力を私欲に使う術師たちに対する、報いだったのかもしれない。

 国王はすぐに今回関わった種族の“長”を集め制度を変えた。
 王都と、術師たちとの関係も変わり、火と森以外の種族の者達は自分達の領域に帰された。
 人が、術師に頼る事も減っていくのかもしれない。

 特に風族は厳重に監視される事になった。

 それが、後始末。

 飛針は、王家の地位を剥奪(はくだつ)された。風族の長も代替わりするらしい。



 城に帰った国王は、術師たちを押さえつけた鮗(このしろ)と嗄(かる)の隊を賞賛した。
 その時、どこに行っていたのか厳しく問いただされたらしい。

 鮗さんにしてみれば一大事ですよぉ〜勝利して帰ってみれば国王の姿がない!
 まさかっ!? と最悪の事態を想像して必死に探したんですから。

 あと大変だったそうですよぉ〜公衆の面前で喜び嘆く翠(すい)の姿は。
 いえ、どこでも民達は大喜びで翠の喜び具合もかき消されそうでしたが。
 なんでも、国王様は丁度いいとばかりに嗄に長期休暇を押し付けて、翠と一緒に旅行に向かわせたそうですよ。
 わぁ、ビバッ押し付け! 翠大喜び!



 森に生えた木々を見送って、国王は城のバルコニーから集まった民に声を聞かせた。

 その時、すぐ傍にいた赤髪の術師の姿は、民にとっても忘れられない存在となる。


 日々光に照らされるようになった城は、その名の通り“洸源(こうげん)”と呼ばれ、後世に伝えられる。
 術師の反逆と、王家の争いと、赤い髪の火術師のことも。




 そして、十八年が過ぎた。


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2007.07.05