第四火  そんな王都でご生活



「―――――どういうことだ!!!」
 ガシャン!! と、壺が割れた。
「なんなんのだ! あの娘は!!!」

「…………つまり、女性でも知識と修行によっては、優れた術師になれると。」

「そういうことを言っているのではない!! ―――大体!! お前はどちらの 味方なのだ!!」
 そう言って、男ははっとしたように黙った。

「………言ったはずですよ、森族(わたしたち)は“中立”だと。」
 声が低くなる。

「ああ、そうだった……」
 暴れていた風族の男はしずかになった。
「雷族は、今日はなぜ?」
 茶色い髪をした男が進み出る。
「“儀式”の準備だと。」
 風族の男が苦々しく言う。
「それはまた、文句を言うわけに参りませんねぇ。」
「森族の代表よ。席を外してもらえるか?」
 ぎろりと、風族の男が睨んで言う。
「ええ。かまいません。それでは。」
 一礼して、森族は帰った。

「はぁ、」
 風族の男は疲れたように椅子に乱暴に腰掛けた。
「あの男は気に入らん。――――とにかく、“飛針(ひしん)”様にご連絡 を――――」




(――――――この事だったのか。得たいの知れない不安は。)
 わめきたてる男のこれ以上無様な姿を見るつもりはない。早々に椅子に 腰掛けて外を眺めていた。―――――水族の男。
(力はある。)
 それは、認めざるをえない。―――――あの娘の。“攻撃”としての力は、 もともと火術師にかなうはずもない。“防御”や“保護”。“守り”に関して は、まだ見込みはある。――――たが、喧嘩(けんか)をしてかなう相手ではない。


(“計画”を狂わすには、うってつけの女だ――――)

「とにかく、監視は怠(おこた)るな。」

「……………ああ。」
 命令するような風族の言葉に頷(うなず)いたが、………無駄な気がし た―――――





※  ※  ※






やっほーー皆さんお元気で?
さあさあ。王都に入って国王様の目の前で、床を壊すわ、兵士叩きのめ すわ、窓大破。
ついたあだ名が破壊神? …………今に始まったことじゃねぇ。

そんな絽火の、王都での新生活が始まろうとしていた―――――?





 この窓から見える景色は、あまりにも違いすぎて。





「おい!! おい! 起きてるか?」
ココン! コンコン、ゴンゴン

ガチャ
「何?」
「朝の食事だ。」
「……………誰あんた。」
「お前もの覚え悪いのか?」
「敗者なんていちいち記憶してない。」
「しっかり覚えてるじゃねぇか!!!」

 そうだねーー王様の側近らしくって、さらに絽火の術にまんまとは まって火の檻で死に掛けた男のことなんて、いちいち覚えていられな いよねーーーー
……………ん? あれ?


「〜〜〜〜まぁ、いい。自分は、鮗(このしろ)。当分お前の面倒を見 ろと陛下のお達しだ。」
「何のために。」
「お、ま、え、が!!! 陛下の護衛をするために。」
「監視?」
「どちらかといえば、お前が信用に値するか計るために。」
「似たようなもんじゃんーーー」

「ちなみに、お前は今のところ、この城で一番階級は下だぞ。と、言 うことで、言葉遣いに気をつけるんだな。ああ、何なら“様”でもつ けて呼んでくれていいぞ。」
「あっはははーーー」

ガン!!

「ちょっと!! 暴力に訴えるの?」

 お前がゆうなーーーー

「………………。」
 似たようなことを思ったらしい鮗も黙った。

「……行くか」
 あきれて歩き出した。ため息をついて絽火もついて行った。

 部屋は、はじめにこの城に来たときに案内された部屋をそのまま借 りていた。






「食堂はここだ。日に三回。お前の時間割り当てはもう少しでくるだ ろう。自分の割り当てられた時間内にすませておけ。」
「うわぁ……」
 広い食堂は、ざわざわと沸き立っていた。おいしそうな香りと、 そこにいる兵士の活気ある声に、思わず絽火は目を輝かせた。
「あっ!!」
 何かに気づいたように鮗が声を上げた。
「?」
 入り口で立ち尽くす二人、そのうち、兵士の一人が二人に気づくと、 青い顔で後ろに倒れた。
ガダーーン!!!
 入り口付近で起きた音に、それぞれ話すのに夢中になっていた兵士が 何事かと振り返る。――――――そして、絶句した。…………絽火を見て。

しーーーーん………
 そんな音が聞こえるくらい、食堂は静まり返った。

「あちゃーーー」
 鮗は片手で顔を覆った。
「だから、なんなの!?」
 絽火の低い声に、食堂全体が震えた。
「…………お前……いや、なんでもない。」
「???」

 中に、入って食事を取りにいく鮗。絽火も後からついて行く。見渡せば、 みな視線を外す。

 気づいてないんだよねーーーー絽火。君が謁見の間で叩きのめした部隊 だよーーー……



 食べなれない食事を取るのにも、いい加減あきらめるしかない。

 もくもくと口に運ぶ絽火と、食が進まないのか一向に減らない鮗の食事風景。 ――――奇妙だ。



「隊長」
「ああ、なんだ。」
 端のほうの席にいた兵士が一人やってくる。
「今日の予定は………」
「ああ、そうか。」
 そう言って、鮗は立ち上がった。

「皆聞いてくれ。」

 怖いものでも見るように恐る恐る振り返っていた兵士はみな振り返った。

「当分。自分は用事がある。――――まぁ、何があるかは予想つくだろう。」
 いまだに食事をやめない絽火を見る。―――――耳を引っ張った。
「いた!!!」
「人の話は聞け。」
「―――はい」
 素直に言って食べるのを止めた絽火に、その場のみなが感心した。
(――――――なにか? 珍獣扱い?)

「日の予定と訓練は、すべて“趣示(しゅじ)”に言っておくから。 ――――サボるなよ。」
「「「「は!!!」」」」

 それを言って座った。趣示と呼ばれた男が席に戻りだすと、やっと鮗は 食事を噛み砕きだした。







「当分は、これをやってもらう。」

 食事のあと案内された部屋には、周りにぎっしりと本棚のある部屋だった。 つまり、史書室。主に歴史関係の本を集めている部屋らしい。両隣何部屋かそ うらしい。すべて本で埋まっている。ほかにも、階を変えたところにもあると。 真ん中に机と暖炉がある以外、あとはすべて本棚だ。絽火の背の三倍はありそ うな本棚が、左右にずらっと。

「…………なに?」
「歴史だ。この国の。」
「はぃ?」
「まぁ、軽くこれだけ暗記してもらえば問題ない。」


 辞書と同じぐらい分厚い本が………いーーち。にーー。さーーん………

じゅうにーーー……うん。やめよう。


「マジ?」
「できないのか?」
「そうじゃなくてーーー」
 めんどーーー

ごん!

「てーーー……。」
 後頭部を殴られた。
「読んで、暗記しろ。質問があれば聞く。」
 そう言って、絽火の前に座る鮗。
「それだけ!!!?」
「自分はそうした。」
 あほかーーーー!!!
 口をあけて呆然とする絽火に、さっさと読めと視線を送ると、鮗は別の 本を読み出した。
「…………」
 まぁ、歴史は嫌いじゃないけど………さ……


 深呼吸して、絽火は本をめくった。―――――逃げるのは簡単だけど得 策ではない。………と、知っていたから。




※  ※  ※





「……………ありえない。」

 夕食を済ませて、お風呂に入った。部屋に帰ってきて、ベッドに倒れこんで 第一声。今日一日は、ずっと本を読んでいた。昼食と、三時ごろ飲み物を飲む 以外ずっと。夕食は遅くにしてあったのか、ずいぶん暗くなってから取った。
―――――だからこそ、食事のあとは本から開放されたのである。

「………………はぁ。」
 盛大にため息をついて、うつ伏せから仰向けに。

「………………。」
 外から、夜間訓練の声が聞こえる。

「……………………よし!!!」
 飛び上がるように起き上がって、絽火は部屋を出た。








 すれ違う兵士はまばらで、とりあえず軽く会釈していたからか呼び止められる ことはなかった。…………変なの。


 少し早足で向かっていた。昼間嫌というほどいた。史書室に。






がちゃ
 取っ手は、あっさり開いた。――――いいのか?

「失礼しまーーす。」
 まぁ、おそらく誰にも聞こえることはない声で、挨拶してから入った。

―――――暗い

「……………ぇ〜〜?」
 ゆっくりと、鮗が持ってきた本のある場所に向かう。

こつ
 小さく、足音が響いた。

こつ

こつ

「……………?」
 火の明かりを見つけて、そこが目的の場所だと思いついた。

こつこつこつ


「…………国王陛下?」



 暗闇の中、蝋燭一本の灯だけで本を読む国王の前に、現れる形となって しまった。





「――――――何している?」
「いや、こっちが聞きたいし。」
 本から目を離さない国王に、あっさりと聞き返した。―――――まずった?
「ではなくて!! え〜〜と本! を読みに!!」

 いまさら取り繕ってもね〜〜絽火。謁見の間の行動が消えるわけじゃない よ? ………ひーーーー睨むなーーーー


「そうか」
 国王はまったく聞いていない。本から目が離れない。

「目。悪くなりませんか?」
 蝋燭一本。暗闇。心なしか、肌寒い。

「慣れだ」

 それ違うでしょーーー

「……………」
 絽火は考えた。思いついたのは、この城の兵士が減っていたことだ。初めて 王都に入った時、城は人間と、術師が守っていたが、私の謁見が終わってから は、人数は半分に減ったといっても過言じゃない。人間だけ。たぶん術師達は、 謁見のときにいた各種族の代表を守護するのもたちだ。だから、彼ら帰ったあ とにはいない。

――――それに、この城には灯が少ない。夜だというのに、廊下は薄暗く、 城壁を照らす明かりもない。この部屋だって、国王がいるというのに、暖炉 に火が入ってもない。―――――――財政難? ……………違う。そんな簡単 な事じゃない。


 今目の前にいる王が王位に就くとき――――起こった騒動のうわさは、火谷 にも届いた。どれも、うわさに過ぎないが、“何か”あったのは事実だ。

――――そして、これからも。



「……………不思議か?」
 国王は止まっている絽火に聞く。絽火は答えない。

 お前は、……………俺の見方になりえるか?

 その言葉は絽火には届かない。


「……………パラ!!」


 路火が蝋燭の火を消すのと、火鳥を呼び出すのは同時だった。

―――――部屋は、明かりに満ちた。


 突然の明るさに、国王が目を腕で覆った。その光は、暗闇に蝋燭一本ですご していた者には明るいが、昼を思わせる明るさではなく。夜を明るくしている 光だった。―――――明るすぎわけではない。でも、本を読むにはちょうどよい。

 広い部屋を一瞬にして明るくしたパラは、絽火の肩に止まった。

「―――――驚いたな。詠唱は?」
「だって、あのほうが雰囲気が出るでしょ。」

――――つまり、必要ないと?

「私は、ね。」
「あの鎌もか。」
「さあ、どうかしら。」


 そう言って、鮗が用意した二冊目の本を手に取った。

「これ、借り手もかまいませんか?」
「それを読む必要があるのはお前だけだ。」
 この城の者は皆暗記している。
「………あっそ。」
 二冊引き抜いて、抱えた。

「陛下。」
 国王は、またも本に視線を落としている。

「パラをお貸ししますから。暗いところで本を読む必要はありません。」

 国王が顔を上げると、絽火はパラを呼んだ。

「よろしくね。」
「――――!!」
 空気を震わせて、火鳥は絽火に答えた。

「おい………。」

「失礼します。」
 国王の言葉に火術師がとる正式な挨拶をして、絽火は背を向けた。


 残された国王は、自分の隣で丸くなる火鳥と、絽火が消えた本棚の先を交互に 眺めた。



「陛下?」
 角に控えていた鮗と嗄(かる)が出てきたとき。ふと自分の周りが暖かいことに 気づいた。―――――冷えはじめていた指先まで温まるのは、もうすぐだろう。


絽火の態度の変わりようがすごい………まぁ、谷の命運がかかってるし。
それなりに、まじめに。

目次
2006.02.09