果たされるもの


「おかえり、絽火(ろか)」
「………」
「……」
 絽火の沈黙に、還火(かんか)も沈黙で返した。
「ねぇ、」
「なんだい?」
「あんな所に私を追いやったんだもの、今度は私に付き合ってもらうわよ。“長”」

 「なんだいデートのお誘いかい?」と答えると、窓ガラスが割れた。


相変わらず危ないですねぇーーあ、絽火が“長”の部屋に行ったときは、みなさん窓にも扉にも近づかないんですよーー賢いですよねーー
しっかし、絽火。強引ですねぇ。何をまたしでかす気でしょうか?





「ここは?」
「森」
 確かに森だ、火谷ではなつかしいと思えるくらいもう見られなくなった大木が、目の前から壁のように立ち並ぶ。
って絽火、そういうことを聞いてるんじゃないと思いますよぉーねぇ皆様。なんたって、
「……あのねぇ絽火」
私の突っ込みは無視ですかーー?
「うるっさいわね、黙ってついてくればいいの!」
「しかしねぇ」
ここは、森帯(りんよ)。森族の領域ですね。

「ちょっとーーー誰かいないのーー?」

と、森に話しかける絽火。そりゃ誰かいると思いますけど、いきなり問いかけるっておかしいですよねぇ……

「何者だ!」
 さっきから窺(うかが)っていた気配が動く。聞こえるのは声。
ほら、火族って目立ちますから、いつもの倍は警戒されてますよ。
「樹木(じゅき)呼んできて」
 本題だ、本題。
「は?」
「私は、絽火よ」
「“絽火”……」
 何か思い出したらしい男は、別の気配を残して森の中に走った。

 数分後。

 あわててやってきたらしい樹木は絽火を見て目を見開いた。
「また、どうかなされたんですか?」
「“森の長”に会いに」
「それは、また唐突ですね」
「そう?」
「だからねぇ、絽火。用事がある場合は、普通先に手紙とか使者を送るべきだろう。まったく、相手の都合も考えないで」
本当ですよーー非常識って知ってますかぁ?
「“長”は黙っててって言うか! あんたに言われたくない!!」
「ひどいねぇ絽火。いつからこんなに強引な娘になってしまったのか……」
え? 最初からじゃないの?
「なんですってぇ!?」

「……“長”?」

 呆然と、単語を聞いて立ち尽くす樹木。
「―――火谷の?」
「そうよ」
 絽火は言った。
「――それは……。今“長”は外出中なのです。明日になれば帰ってくるのですが、」
「じゃ、部屋貸して」
「絽火……」
 はぁっと、“火谷の長”は頭に手を当てる。
「そうですね、なにぶん急なものですからあまりいい部屋は……」
「別に、“長”のためにだけにいい部屋用意しなくていいけど?」
「あのねぇ、絽火」
 勝手に話を進める絽火に、“長”はもうあきらめるしかなかった。





「ん〜〜〜ん?」
 これなら、葉木(はぎ)様の入れたお茶のほうがおいしい。
 とりあえず案内された部屋で、出てきたお茶を早々と飲む絽火。樹木はなんでも、まだ仕事があるとかで、「また来ます」と「ゆっくりしていて下さい」と言っていなくなった。

「さすが、と言うべきか」

 開かれた窓にはためくカーテン。その先に広がる針葉樹の森。みずみずしい緑は深く、木は高い。ゆれる葉の間からもれる光が筋となって、森に注ぐ。
「はじめて来た時、驚いた」
 あまりの、美しさに。
「そうだろうね。――火谷ではまた木を燃やされてしまったというのに」
「なんで?」
 怒りの混じった声に、一瞬、“長”はしまったと言うように顔をしかめた。気が緩んでしまった。これだけの木々の森の前で。
「子供達は、ね。授かった小さな力で物を燃やしたがるからね」
「あのガキ共……」
「絽火、お仕置きするのもいいけれど、ほどほどにね」
「徹底的にやるから」
「……」
 はぁっと、“長”はため息をついた。これで、絽火に泣かされた子供達をあやすのに時間を取られるのか。
「そういえば、絽火」
「何?」
 置いてあったポットからお茶を注ぎながら(三杯目)絽火は答えた。
「君が植えた木は火緒李(ほおり)が世話をしていたよ」
「は……?」
「とは言っても、雨のないときに水をやるくらいだけど」
「……なんでまた?」
「君が植えているところに一緒にいたんだろう?」
「まぁ、そうだけどね」
「王都に行く前は、絽火がやっていたじゃないか」

 乾燥した火谷では、育つ植物はかぎられる。

 昔、王都に行き、そして帰ってきた“長”のお土産だった果物。火緒李と一緒に食べて、種を地に植えたのはよく覚えている。
 ――今となって考えてみると、そんな木が育つはずはないと思う。しかし、なぜだか芽吹きすくすく、とは言えなくとも伸びている。それでも、成長は遅いように思う。
 王都に行く前は絽火と同じくらい高くなっていた木が、帰ってきたらなくなっていないことを祈った。

 で、だ。

「水あげ……」
「枯れていないよ。しかも、近づいてきた子供達に燃やしたら絽火に燃やされるぞって脅かしていたし」
「当然よ」
え?
「それから数日は子供達もおとなしかったよ。絽火、いつも思うんだけど、一体全体どれだけ子供達を脅しているんだい?」
「ないしょ」
「……」
 そう言って絽火は菓子をつまみ、窓の外を眺めた。同じように“長”も、深い緑を眺めていた。やがて、夕日が差し込む。緑の葉と森が赤く染まる頃、樹木がやってきた。





 二人は樹木と夕食を共にしている。
「口に合うといいですが……」
 火谷と、森帯でどれほどの差があるのか。
「十分じゃない?」
「これだけの木々あるということは、十分な水もあるようですね」
「ぇえ、少し行くと湖があります。そこから、四方に川が。他にも、地下に水脈が」
「いいわね」
「そうでしょうか? 火谷では水はどのように?」
「川と、井戸」
「なにぶん土が固いものでね、井戸を増やすのは容易ではない」
「そうよね」
「荒野から吹く風に乗ってくる砂が混じる事もある」
「飲むまでが一苦労なのよね」
 そう言って食事を始めた絽火を、樹木は凝視していた。
「何?」
「いえ、大変なのですね」
「……ここに比べれば大変かもね」
 そうなんてことないように言った絽火。

 やはり、面白い方ですね。そう樹木の目が言っていると、気がついたのは“長”だけだ。





どうもーー今晩は皆様。お久しぶりですねぇ!
ひどいんですよ、聞いてください。せっかく突っ込んでいるのに、絽火は無視するんですよ。
わたくしがつっこまないで! 誰が突っ込むというのですか!!

まぁ、いいです。またの機会に望みます。

さてさて覚えておいでですか? 絽火の口約束!





「来客に、火族?」
「まぁ、あの子!?」
「葉木(はぎ)……」
 輝いている……
「嬉しいわぁ」
「………は? 一人じゃない?」
 じゃぁ、誰といるのだ?





「「………」」
 その来客がいる部屋、
 やって来た人物、

 誰だか、わかる。

 睨みあうように視線を交し合う二人の“長”。
「ようこそ、森帯へ」
「絽火、君はやっぱり謀ったね」
 その“長”の言葉は聞こえないと言うように、絽火は目を細めて口元を上げた。――笑っている。
 そしてすぐ、赤の髪を翻して絽火は窓を乗り越えた。





 行けども行けども緑は深い。森の眩しさに絽火は目を細めた。王都の森ですら比にならない。

「――火っ、絽火!」
「何よ?」
 あわてて走ってきたらしい樹木が、うしろからやってくる。
「“長”は?」
「私の父と、あの部屋に二人ですが?」
「それは、よかった」
「荒療治ですね」
「まるで“すべてを燃やしつくす炎のように”って?」
「いいえ、“誰もが憧れる強い力”ですが?」
「………」
 なんなのかしら。
「母がお茶を一緒に、準備をするので時間をかけて来いと」
「それは光栄ね、葉木様のお茶はおいしいから」
「では、参りますか?」
 そのあとに“お嬢様”とでも言葉が続きそうだ。差し出された手に手をのせて、引かれるように広葉樹の森に足を踏み込む。


「あれから、王都には?」
「まだ帰って数日よ?」
「いえ、今度はいつ行かれるのですか?」
「……わからないわ」
「皆が、喜ぶでしょうに」

 私を?





「いかがかしら?」
「とてもおいしいですね」
「まぁ本当に!?」
「ぇえ、特に、いれて下さる方が美しいと」
「何を馬鹿な事言っているのよ」
 あきれ返った絽火が開いている扉から入ってくる。“長”の言葉が聞こえたようだった。
「手厳しいねぇ、絽火」
 まったくと、遠慮なく空いている席に座る絽火。隣に樹木。

妙な光景ですねぇ。火谷と森帯の“長”に、それぞれの次の長候補が席についてるなんて。
ぅわぁ! 明日は雨ですね。

 開かれている窓から扉に、風が吹きぬける。
 森の香りを運んで、独特の緑で埋め尽くして。

 交わされる会話がとても、明るくて。
 そして、時間が過ぎる――



「今度は、火谷へどうぞ」
 この“長”二人が、二人っきりで何を話したのかは誰も知りえない。
「……そうですね」
「絽火に案内をさせますから」
「なんで!?」
「当然だろう? 絽火?」
「えーー」
 嘘でしょう。と、絽火。
「是非、絽火」
 またとない機会だ、と樹木。
「ならこれからくれば?」
「――そうですね。行ってきます父上」
「マジで!?」
マジですかぁ!!? なんですかそのノリ!!?
「おやまぁ。何を誘惑してるんだい」
「してないから!」
 火谷の、“長”が何かを大量に含むように笑う。

 そして三人の人影を乗せた馬車が、緑深い森を後にする――



「ねぇ、あなた?」
 見送りに出ていた葉木の腕が、森の“長”に絡む。
「なんだ?」
「火谷の長様と、何を話されましたの?」
「――そうだな」

 ふと、あの少女の言葉を思い出した。

「先の、未来だ」





「火谷に入れるなんて、もしかしたら森族で始めての者になれそうですね」
「先駆者か」
「そうですね」
「そうだ、是非聞きたい事があるのですが」
「なんだなんだ?」

「あーもう。勝手にしてよ!」

 馬車の中で絶え間なく話す二人に、絽火はあきれ返った。




それから、森と火は仲良く暮らしたそうです。

……まぁいいんじゃないですか?

私としては波乱万丈がおきたほうが楽しいのに! 絽火が何もしでかさないなんておかしすぎます!!

はっあれはなんですか!
炎ですね! はっはっは! そうなんども同じ手は食いませんよっ!

ってなんでどうして枠が燃えているんですかぁーー!!?


目次
2007.07.12