築かれる新しい絆 (前編)


 その日は、驚いた。
 二重の意味で。

「メタっ! メタ!!」
 大きな声と一緒に、扉が開く。
「騒がしいよ火緒李。いったい何事」
「“長”メタを見て!? ……ますか?」
「メタを?」
 火緒李の声に、一瞬還火の目が細められる。
「いつから?」
「わかりません。さっきまで傍にいたような気が」

なんですかそれは〜気がつきましょうよ〜

「それで探しに」
「はい……」
「……」
 項垂れた火緒李を見て、どうしたものかと思う。
 主獣を見失う主も、主の元にいない主獣も。
「もう少し」
 せめて見失わない程度にね。
「は?」
「いや、」
「「「長〜!!」」」
「おっと?」
 何人か、子供たちが走ってくる。とたとたとしていた足音とは別に、“長”に突っ込むスピードは速い。
 どすっと音がして、子供は皆“長”の腰から下にしがみ付いた。
「長ぁ〜」
「どうしたんだい? 絽火にいじめられたのか?」

なんですかその会ったらまずそこを疑え! 的な言葉は!? 例のうたい文句じゃないんですよ!!? もう日常ですよ!?

「ひどいの〜遊んでたのに」
「追い返された!」
「文句言ったら怒られたぁ」
「いったい、どうしてだろうね」
 その長の言葉を遮るように、強い風が吹きつけてきた。バンッと、少しだけ開いていた窓が閉じる。
 ふと窓の外を見上げた“長”の表情が曇る。
「――嵐が来る」
「嵐、ですか?」
 呟きを聞いて、火緒李も窓の外を見た。
 夕立の見えるはずの方向。その窓の向こうに、時折光を見せる黒い雲がかかっていた。
 年に数回。乾ききった火谷に雨を運んでくる嵐。上空の気流の影響で、火谷にふる雨はほとんどが嵐に変わる。
「大きい……さぁ早く。部屋に帰りなさい」
 すぐに、“長”は子供に帰るように促す。
 今夜は、荒れそうだから。
 膨らんで、早いスピードで近づいてくる雷雲は真っ黒だ。
「「「はい」」」
 嵐は一度来れば、その被害も大きくはない。だがそれがないと水がなくなる。
 火谷で地に水を得るためだ。すでに川は干上がって、井戸水も作物の分はない。
「おい! メタを見なかったか?」
 部屋を出て行こうとする子供に、あわてて火緒李が声をかける。
「めた?」
 へきょっと、三人の子供は同じ方向に首を傾げた。
「黒い獣のことだよ」
「「「!」」」
 “長”の言葉に、びくっと、その子供の体が震えた。その姿を、思い出したのか。
「見たのか!?」
「「「ぅわぁ〜〜ん!!」」」
「へっ!?」
 泣き出した子供に、おたおたとあわてふためく火緒李。

役に立ちませんね。この男。子供を泣かせたらいけないでしょう。うんうん。
わたくし? はっはっは! わたしくにそのような心配は必要ありません!!
……顔が面白いから? なぜですか皆様!!?

「どうしたのかい? ……何か、見たのかな?」
 いっそう強くしがみ付かれて、身動きが取れない“長”。しかしそれはある種、いつものことだった。
「絽火じゃないんだから、そんなに恐れなくてもいいよ」
「“長”……」
 がっくりと火緒李は頭を抱える。
「「「ほんと?」」」
「だって、火緒李だよ」
「「「………」」」
 ただ、王都から帰ってきた絽火が特別子供には恐ろしい存在であるだけだ。

本人より、火族の人々がよくわかっていますよね。

「それで、メタを見たのかな?」
「うん」
「どこで?」
「あのね。あのね」
「はいはい」
「山の傍で遊ぼうと思ったんだ!」
「そこは絽火の訓練場の近くじゃないよね?」
「「「……」」」
「どうして怒られたのかわかるよね」
「「「はい」」」
「まぁそれは今度から気をつけるとして、メタは」
「「「……」」」
「黒い獣を見たんだろう?」
 よほど恐ろしかったのか、しばらく子供は何も言わなかった。
 絽火に怒られて恐ろしかったのか、獣の姿に怯えたのか。
「……中に……」
「山に、入っていったのか!?」
 天を、仰いだ。振り返って見すえるのは荒野の山。
「火緒李! 待ちなさい!!」
 暗雲が立ち込めてくる空の下。扉を蹴り開けた火緒李は外に飛び出した。

 黒い雲が流れてくる。雷の光と、音も強い。風が吹きつけてきて、

 一段と大きく、輝く雷と一緒に、水を溜めていた桶をひっくり返したかのような豪雨。一歩外に出ればずぶ濡れ。前も見えない。
「降って、きたわね」
 流れる髪も、その髪を流れる水も、目の前を遮る雨も、すべて、重い。
 どこかで、雷の落ちる音がした。


 足下には水。進むたびにバシャバシャと音のする道。もう川のようだ。
 気をぬけばすぐに転びそうになる。なんど、こけかかった事か。
「メタっ! メタ!!」
 あの大きくて小さな獣がやってきたのは、ほんの少し前のことだった。

 いつものように寝ていた。あの日の朝。

といっても、掛け布と枕は足で蹴って落として、頭は反対って感じの寝相ですよね。火緒李の場合。うんうん。

 水平線に日が昇るように、部屋の中に光が集まる。きぃぃぃ――とかすかな音がする。
 収縮して集まった炎が、だんだんと形を作る。
 四本の足。長くて、大きな胴体。耳と、尻尾。

どずん
「ぐぇ!?」

なんで!? なんて芸術的(?)な登場シーンに場違いな声! 一生眠っていればいいのに!(絽火談←嘘)。

『ファイア!?』
「ってー」
 獣は、今の状況が飲み込めない。あの地と違って、せまっ苦しい部屋。この物のなさでは、散らかる事がおかしいくらいだ。が、どうしてか、本が散乱している。
『なんだここは!?』
「なんだお前?」
『……』
「……えっ?」
 突然自分の部屋に現れた黒い獣、その赤黒い瞳に睨まれる。
『なんだ、お前』
「俺のセリフだ!」
『ここは……もう“下”なのか』
 呆然と呟いたメタの姿が、ひどく印象的だった。なんたって、普段はそんなそぶり見せもしないから。
「あっおい!?」
 獣が、窓を破って外に飛び出した。


「獣が降ってきた? 火緒李、頭は大丈夫かい?」
「平気です」
「なら目だね。医者を呼ぼう」

いやぁ〜性格の悪い者が二人目ですね。ある意味で絽火よりたちの悪い。うんうん。関わりたくないですねぇ〜こんな人と。まぁ絽火に関わるよりましかもしれませんね。
常識の面で。

「“長”!」
「なんだいいったい……オルト?」
『――』
 字のごとく飛んできた火鳥に、驚かされた。
「………は? 黒い獣?」
「それだ!!」
 オルトの言葉は、火緒李にはわからない。“長”の呟きから想像するしかない。
「三種目? 話は聞いてはいたけど、今、ここに?」
『―――』
「いったい、何事だい」
『……』
 言葉に詰まった。一の種獣オルト。
 たぶん、あのファイアの気まぐれだから。だからこそ、考えがあるともいえるが。
「とりあえず、探しておいで」
「……はい」
 自分で動く気のない長に動かされる火緒李。
「それから、修行はそのあとでね」
「……」
 こんな時でも、見逃してくれない……



『――ここが』
 “下”で火谷と呼ばれる場所なのか?

 こんなにも貧相で、貧弱で、何よりも弱い存在の人を集める場所。
 力が、弱い。
 遠くに、風が吹いていた。

『風……?』
 自分を撫でる存在に、メタは緊張した。
『ファイア……』
 呟きは、まるで祈るような声。
『オルト……パラ』
 そして、憎しみ。
『ここにいたのか』
 羽音と共に、舞うのは火の粉。
『オルト、お前か』
『久しぶりだ。まさか下に来るとはな』
『……』
 獣は、押し黙った。
『パラに、会ったか?』
『そんな事を聞いてどうする』
『誰か一人でも、怪我を負ってほしくない』
『あの小娘のせいだろう』
『彼女は、必死だった』
『だからどうした。結果、こんな所に落とされたんだぞ!?』
『こんな所……』
『そうだろう!? 人間は愚かでっ』

「いたーー!!!」

『!!?』
『お迎えだね』

 青い鳥と黒い獣を見つけて、全力で走ってくる影が一つ。
 よくまぁ、あんな遠い所から見つけたものだ。オルトは笑いを噛み殺した。

『笑い事か!』
『いいじゃないか、メタ。あんなに一途な、主なのだから』

 ――“主”。

 あれが?

 冗談ではない。

『ふざけるな』
『おや?』
『ふざけるな!!』
『ファイアに、逆らうのか?』

 はじめは、その言葉が重苦しかったからだ。
 だから、従っているふりをしただけ。

 構わないでほしい。その名を呼ばないでほしい。

「メタ!」

 その、純粋にただひたすら、自分を見つめる目で。
 いつの間にか黒く染め上げた心が、軋んで音を立てるから。

 だから、逃げたのだ。

 いつもいつも追ってくるその視線。姿を消す事は簡単なのに、自分を必死で探す姿を見ると心が騒ぐ。
 あまりに、必死で。
 あまりにも、真っ直ぐで。

 “人間なんて”と、言えなくなっていたことに愕然とする。

 違う、こんなのは違う。

 自分はなんなのだろうか。もう、必要ないのだろうか。

ざ―――
 長くて、強い水に打たれる。

『――お主は、知らぬ事が多すぎる』

 それは真実だ。
 だが、認めたくない。

 怖かった。
 ただただ打ち付ける。“水”が――


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2007.09.09