築かれる新しい絆 (中編)


「メタ! メタ!」
 声が、雨の音に打ち消される。それは嫌というほどわかっても、叫ぶ声。
 ひたすら探した。黒い獣の姿を。

 だから見ていなかった。

ガラァ――
「なっ」
 足下の土がもろく、崩れやすくなっていた事など。
「ぅわぁぁあ!?」
 一瞬にして、世界が反転する。落ちていくと認識する暇が、あったかどうか。



 がらがらと、崖が崩れる音がする。――近い。
「――また?」
 むき出しの土の崖は雨になるともろく、崩れる。地族じゃあるまいし、土の補強などできない。

 ――ぅわぁぁぁ――

「……ん?」
 何か、聞こえた? 気のせいでいいかしら?

気持ちはわからなくないですがね〜絽火。一応、あなたの婚約者でしょう?

「誰の事よ。第一、あれを普通に“婚約者”の勘定にいれる?」

わかってるじゃないですかぁ〜……え゛? なんですかその、無駄にでかい火の塊は……?

「ぅぎゃぁぁあ!!?」
 ざばっしゃーんと、火緒李が落ちてくる。
 散ったのは水しぶき(土砂入り)。
「………何してんの?」
「メタを見なかったか!?」
「質問してるんだけど?」
 ぎしぎしと音を立てながら(豪雨の中)絽火は火緒李の足を踏む。
「いでっいだでっ!? 踏むな!? 頼むから踏むな!?」

さながら、女王様と奴隷でしたね。うんうん。



「逃げられた? 馬鹿じゃないの」

身も蓋もないですね。

「………」
 とりあえずこんな所で遊ぶ暇はないわ(遊ぶのは絽火、遊ばれるのは火緒李)と、絽火が言うので近くの洞窟に避難。
 中は暗いかと思えば、そうでもない。水の浸水の心配もなく、崩れる様子もない。
 迷わず奥に向かって行く絽火の後を追えば、先の一角にはご丁寧に鍋や水瓶、棚の中にはお茶の葉まである。
 元から火が燃えていたが、二人はさらに炎を大きくした。
「燃えよ炎」
「現れよ火の華」
 色の違う炎が現れる。それは重なって、一つの炎になる。しかし色は混ざらない。二色の色を持った炎が、地の少し上に浮かぶ。
「まったく、ずぶ濡れになったじゃないの」
 ローブをぬいで、つってある紐にかける絽火。
「俺のせいか!?」
「言っとくけど、それまでは術で防いたから」
 それも、修行の一つだ。頭上の水を蒸発させる。
 あの時、あの大波に襲われた時、風に囲われて助かった。同じ事ができないと、言わせる気?
「それくらいで集中が途切れるのか?」
「………」
「ごめんなさい」
 ぎろりと、絽火が睨みつけた。ついでに言うなら、いつの間にか右手にダインが握られている。
「ってメタ!」
「いいから」
 思い出して走り出そうとする火緒李を、絽火は足払いで転ばせた。
どが!
「……何しやがる!!」
「あんた、どこに行く気よ?」
「メタを探し」
「だから、どこに?」
「……」
 外は、前も見えないほどの豪雨。声も届かないほどの音が響く。
「少し落ち着いたら?」
 自分の火で水を沸かして、お茶を入れる絽火。
 二つのカップにお茶をついで、一口飲む。
 と、
「おいっ!?」
 いきなり服を脱ぎだした。
「なんで、こっち向いてるのよ」
 不愉快そうに絽火。
「そういうっ」
ドゴッ
 絽火のほうを向いたまま何か言いかかった火緒李に、やかんが飛んできた。

ここは絽火の秘密基地ですね。そう言えば聞こえはいいかもしれませんが、単純に帰るのが面倒な時に眠る部屋でしょうね。この山一帯は、絽火の訓練場ですから。
誰も恐ろしくて近寄れませんよ。

 後ろで、置いてあった棚を開く音と、水を吸った服を必死に脱ぐ音が聞こえる。

「ったく」
 しかし、着替えても同じ服。
「一緒じゃん」
「誰が、いつ、振り返っていいって?」
 そろそろ、命の危険を感じるだけではすまないかもしれない。と、火緒李はようやく悟った。


「で、メタって?」
 ぽいっと、タオルを投げつける絽火。あわてて受け取った火緒李が言う。
「三の種獣で、黒くて……」
「そんなこと聞いてない」
「?」
「あんたにとっては?」
 ある意味で、とても、答えにくい質問だった。
 “誰”とも“何”とも聞いてこない意味がよくわかった。
「……わからない」
 それは答えなんだ、少なくとも火緒李にとって。
「そう」
 聞いてきておきながら、興味があるようでない絽火。
「この山に来たのは、間違いなのね?」
「ぁあ」
 ここで“たぶん”とでもつけようものなら、たたき出される。
「で、そのメタは……“雨”を知っているの?」
 昔、パラが雨にひどく怯えていたのを思い出す。
「はぁ?」
「………」
 はぁっと、絽火はため息をついた。
「“向こう”では、雨は降らないのよ」
 種獣は、確かに強い。けれど、この下の地のことは何も知らないに等しい。
 そして、共にすごす主のことも。
 水も存在しない火の地ですごすものが、雨の濡れる事を楽しむはずがない。
「……急いだほうが、いいかもしれないわね」
「何?」
 濡れた髪た拭いていたタオルをばさっと投げる絽火。呆けたようにタオルから顔を出す火緒李。
「どうせこの雨よ。どこか洞窟にでも逃げ込んだでしょうね」
「洞窟?」
「行くわよ」
 絽火は歩き出した。ついていけないのは火緒李。
「おいてくわよ!!?」
「まっ!?」
 待てと言う前に、炎が飛んできた。



 こんなに水に濡れる事は初めてだった。向こうだって、水はあった。雨と言う言葉は知っていた。しかし、実際に降りつける水の勢いに、飲まれた。
 ここには、ファイアがいない。ほかに、知ったものもいない。
 急に、ただ一人だという事実を突きつけられる。
 そこまで考えて、ふっと思い出した。あの一途に目を向けてくる、主らしい男。

 その顔がかき消されるほどの轟音が響いた。燃え上がった木が自身に向かって倒れこんできた所までは……覚えている。



「絽火!? どこに?」
「どこに?」
 ひくっと、火緒李の頬が引きつった。振り返った絽火の目が睨み付けるから。

当たり前ですよ。なんたって、その火緒李がメタを探したいって言うから探しにできてんですよ〜絽火〜愛ですね〜
……何か焦げ臭いですね……わたくしの一張羅!!?

「あ・ん・た・が、探しているんでしょうメタを!」
「すみません」
「たくっ。なんで私が」
「頼んでないのに」
 ぼそっと、言った。もう雨にかき消されてもおかしくないくらいなのに。
「なんですって!?」
 言葉と一緒に、炎が上がった。
「いやっだから……ずいぶんと、協力的だなと思って……」
 あえて“やさしい”という言葉は飲み込んだ。
「邪魔だから」
 ピシャーン! と、雷がなった。
「……」

どうやら、絽火は修行の邪魔になるものは排除したいみたいですよ。
あ、さっき一張羅が燃えてしまったので着替えて着ました!
ご心配なさらず! 同じ服が何着もありますから!!
何着も持っているなら嘆くな!? 皆様、着たままで燃えたら驚きますよ!?

「見て」
「?」
 突然話題を変えて、一点を指差すその先を見る。
「あそこには……洞窟が集まっているから。雨宿りにはぴったりよ」
 轟々と吹き付ける風の音が強くて、よく聞こえない。ただ指差す向こうに、いくつもの洞窟の入り口がある。中は暗く、先は見えない。
「あの中に……」
「いるといいわねってことよ」
 絽火は歩く早さを上げた。



ピチョーン
 どこかで、水の落ちる音がした。
 煌々と燃え上がる炎に足下が照らされる。
「っと」
 水の染み込んだ地面に、足をとられる。
「ここは……危ないわね」
 雨が降ると、川になる場所が近い。
「早く探して、いなければ次よ」
 結局、八つの洞窟の中にメタはいなかった。


「そうなると……向こう側かしら」
「なんだってー?」
 口を開けば雨が入ってくる。声は強風に持っていかれる。
「あっちよ!」
 すでに、乾かしたはずの服は濡れている。
 一歩進みでる。どうして、その先を進む絽火が道を直進しないのか、わからなかった。
ガラァ――
「ちょっ」
 ぬかるみに足をとられて、真横にある崖に向かって倒れこむ。
 落ちていく姿が、あの時のパラに重なった――

ドガン!

 下で、岩が地に叩きつけられて砕ける。水の流れに、巻き込まれて沈む。

「……っ……勘弁、してよね……」
 苦々しい声に、はっとする。右の手首を強く握られて、崖っぷちにぶら下がっている。
 あわてて、伸ばされたもう片方の手を取る。

「……っはーー」
「ありがとう」
 土砂降りの中、座り込んだ絽火と、自分の不注意さを嘆く火緒李。
「……」
「?」
 答えが返ってこない。不思議に思って絽火を見た。
 絽火はうつむいていた。その腕で身体を抱いて、かすかに、震えているように見える。
「絽火?」
「っ!? ――まぁ。何も言わなかった私も悪かったわね」
 この山は、知り尽くしている。雨が降ると崩れそうな場所も。すでに崩れ落ちた場所も。洞窟も。
 そして、空に向かって伸びゆく小さな木々も。
 思い出してしまった。あの時、ひどい怪我を負わせてしまった。そして、無理やり送り返してしまった。
 大丈夫だろうか――そして再び、呼び声に答えて、くれるのだろうか。

「大丈夫だろ」
「……何がよ」
 気遣いの、言葉なんて――
「互いに、会いたいと思っているうちは」
「は?」
「今度は嫌がっても、呼び出せばいいだろう?」
「そういうのは、自分の友に逃げられない人から聞きたいわね」
「………」
「行くわよ」
「おいっ!?」
 進みだした絽火の口元が笑っていたことに、火緒李は気がつかない――気がつかせない。

 強い雨も風も降り止む気配がない。まるで何かが、泣き暴れるように。

……それが絽火だったら、シャレになりませんねぇ〜あっはっは〜


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2007.09.10