築かれる新しい絆 (後編)


「「……」」
 ピリッとした空気を読み取って、絽火と火緒李の足が止まる。
「ここか……?」
 さっきと同じ、洞窟の入り口がいくつもある崖。違うのは、水の流れがないこと。あしもとは水でいっぱいだが、ここの水はさっきの川に合流する。
 絽火が言うには、地盤も強く、崩れる心配もないらしい。
 さきほど感じたのは、荒れる炎が現れたときに似ている。術を使っているのか?
「もっと早く術を使ってくれればいいのに」
 その絽火の声に、怒気が加わっている。いい加減、ずぶ濡れに飽きたのだろう。
 “触らぬ神に祟りなし”と、火緒李が密かに唱えていた。

まったくですよ〜うんうん。触らぬ荒神に祟りなし! ですね。
だいたい、触らなくてもやってくるんですから、はた迷惑ですよね〜
……おや? 遠くから一直線に向かってくる……あれは?
あ〜槍ですか。しかもご丁寧に燃えている……死ぬーーー!!!?


「よいしょっと」
 階段と言うには高すぎる崖を上っていく。
「これ、きつくねぇ?」
「黙って」
 余計きつく見えるから。

 二人は、迷わずに入っていく。
 一人は、友と似た気配を追って、一人は、いつも追っていた姿を追って。

「……メタ?」
 奥の奥に、向かう。
「「!!?」」
 黒い影が見えたと、思った瞬間だった。
「ファイアー・バースト!」
 黒い炎と、赤い炎がぶつかり合って消滅する。溢れたエネルギーが洞窟を揺るがす。
 向かってくる炎に、炎で対抗する奴もそういない。
 危なく、燃えるところだった。
「防げよ!」
「だまらっしゃい!」
 再び飛んできた炎を叩き落して、絽火は走り出した。
 しかし、
「メタ!!」
 その姿に安堵した火緒李に押しのけられる。
「これが?」
 三の種、黒の獣。
 パラと同じく、人間を超える大きさの獣の姿。
 振り返った赤い眼が、二人を睨み付けた。

『――』

 ――くる。

「炎よ! われの前に現れっ」
 絽火の詠唱が、途切れた。
「火緒李!?」
「見つけた――メタ?」
 真っ直ぐに、大きな獣に向かっていくス柄。その声に、迷いなき姿にびくりと震えた獣、しかし、術は止まらない。
『――!』
「弾き飛ばせ! ファイアー」
 間に合わない!!?

ドジャァ――ダン!
 爆音が轟いて、絽火の真横を吹き飛ばされて、洞窟の壁に叩きつけられた火緒李。
 絽火の長い髪が、同じ方向に流れた。
「っ!?」
 振り返った絽火の目には、倒れこんで動かない火緒李。
「……弱!?」

ですよね〜一回でアウトですか? 少しは防ぐとか、返すとか、いろいろあるじゃないですか〜

『――!?』
 一瞬、われに返ったのか、獣の動きが止まる。しかし、正気を失ったのか、保てないのか、見たものを信じたくないのか、さらに術は激しく、見境がなくなっていく。
 どがんどがんと、壁が崩れ、炎が暴れる。

「ちょっと!」
 さすがに、あわてる絽火。生き埋めはごめんだ。
 火緒李は動く気配もない。天井はぱらぱらと崩れてきている。
 なのに獣は、我を忘れて暴れ狂っている。――泣いている?

「〜〜〜いちいち」
 絽火の声が、一段と低くなった。
「ふざけてんじゃないわよ!!」
 声と一緒に、獣に向かって走り出す。
 それに気がついた獣が放つ術をすべて弾き飛ばして、詠唱した。
 腕に現れた炎を叩きつけるように、投げつけるように。

「ファイアー・インパクト!!」

 一段と大きな術が、山を揺るがせた。



 どぉぉぉんと、遠くで何かが爆発するような音が聞こえる。
「……また、派手にしでかしたね」
 還火は、窓の外を見つめた。



 力を感じた。大きな、大きな。まるで、その光は……

 ――ファイア?

 そう、思ったのが最後。




 パチパチと、火の粉が爆ぜる音が聞こえる。
 息苦しく、身動きが取れない。何かに、つかまれている?
 落ちそうになるまぶたを必死に開けて、目の前を見る。

『――!!?』


「……うるさっ」
 人が眠っているのに、何かが必死に動いている音がする。まるで羽音を出す虫のようにうるさい。
 見れば、キーキーと、かすれた声を出して火緒李の手の中から逃げ出そうとする獣。
 もう大きさは、片手で抱き抱えられるほどしかない。
 術を叩き付けた火の獣は、その力を使い果たしたのか小さくなった。
 パラは、この地では本来の大きさは不釣合いだと言う。だからいつも小さくなって、私の肩に止まっていた。

 ――思い起こす事が多すぎる。

 そんな事を考えていると、どうやら獣は火緒李に抱かれていた手の中から抜け出した。

『………(なん、なんだ……)』
 どう見ても、疲れきっている。
『しかし、今なら……』
 風の流れる方向に向かおうと……

「どこに行く気?」

 ドカーンと、どこかに雷が落ちたような、音が聞こえてくる。
『………』
 もう小さな黒猫にしか見えない獣が、かくかくかくと振り返った。
『お前は……』
「ずいぶんと暴れてくれたわね」
 その姿、まとう気配。そのすべてが、
『そうか、お前がパラの主か』
 どこか、小ばかにするような響き。
「……」
 絽火はため息をついた。いつまで、意地を張る気なのか。
「で、あんたは、なんなの? 雨を恐れて、暴れていた時と大違いね」
『黙れ』
「そっちこそ」
『そこをどけ』
「……どこに行くつもり?」
 絽火は、ふっと視線を向けた。その先にいる存在がなんなのか、メタは嫌と言うほどわかっている。
 自分の、主となる存在。

 火緒李に向けたメタの視線が、一瞬痛々しかったのを絽火は見て取った。
「死にはしないわ。打ち所は悪かったみたいだけど」
 いつ目が覚めるのやら。まだ、日が昇らないからいいけど。

 ここは絽火が隠れ家に使っている洞窟。一人と一匹を担いで、絽火は雨の中帰ってきたらしい。

あなたどこまで怪力なんですか? まぁ知ってますけどね〜
どこぞの動物より強そうですよねぇ〜うんうん。しかし、最近また暑くなりましたね〜
困ったものです。まだまだ残暑は厳しいなんて。うっうう。ただでさえ白いわたくしが! 黒くなってしまうではないですか!!
ぁあ。本当に熱いです。

……あれ? 何か焦げ臭い……気のせいですよね? もう一張羅を燃やすわけには……
ぎゃーーー焦げてる!? こんがり肌が!!? 焼肉!?

『………』
 ひとまず、死んでいないことには安堵した。しかしメタは火緒李の腕の中に抱かれていた事が不服らしい。
 ちなみにそれは絽火が、気絶している火緒李を殴ってさらに昏倒……ではなく意識を持ち直させた。そしてメタをつかませて、これ放したら燃やすわよと脅しつけたらしい。
 火緒李は、すでに意識が飛びつつあるのに。どうやったんだよ。

『俺は、こいつを主と決めたわけではない』
「そんなこと聞いてない」
 どうでもいい。
『ならばなぜ、邪魔をする!?』
「あんたが気に入らないから」
『……そういう問題か!?』
「なんで問題じゃないのよ」
 絽火にとって邪魔なものは排除されるらしい。
 そして、メタは気がついていなかったが、絽火は怒っていたのだ。
 絽火にとっては、いきなりやってきた種獣がいくらパラの仲間であろうがなんだろうが、それよりも大事な人を傷つけた時点で許されるものではない。

 バチバチと、火花が散るように睨み付ける火族の女と黒い獣。
 再び、炎の術がぶつかりそうなその時、

「――メタ……」

「『!?』」
 驚いた二人が、一緒に振り返る。
 火緒李は、手を伸ばしていた。まるで大切なものを失くしてしまった子供のように。

 こっちに落とされてから、何かと構ってくるのはこの男だけだった。子供も、大人も、避けるように道を開ける。姿が見えれば逃げる。なのに、
 なのにこの男は、逃げても逃げても俺を見つける。どこに隠れても、潜んでも。いつも、それこそ、いつも。

「……私は修行に戻るから、起きたら食料はあっちにあるからって言って」
『はっ!?』
「それから、帰りは西側から降りろって言っといて。東にきたら燃やすから」
『なにをっ!?』
「聞いてなかったの? 頭弱いの?」
『聞いていたわ!』
 理解できないだけで。
「そう。じゃぁね」
 さくっと、絽火は外に出て行った。
『おいっ待て!?』
 あわてて言っても、もういない。
 いつの間にか、嵐も遠ざかって行ったらしく、音も聞こえない。
『………な、に?』
 呆然としていたので、気がつかなかった。
 うしろから、近づいてくる気配に。
どべっ!
『ぐげっ!?』
 それはまぁ寝相の悪い火緒李に、あっけなく潰される。
「……メターー」
『……』
 名前を呼ばれたことにはっとする。だがすぐに寝息が聞こえて、未だに眠っている事を悟る。
 起きてほしい。と、思った。誰かに、必要とされたかったのだろうか。
 青い鳥と、赤い鳥を大切にするファイアを、目の前にしていたから。
「………」
『?』
 今、なんと?
「……絽、か」
『……』
 この時、いらだったのは、なぜだろうか。なぜファイアに、この地に落とされたのだろうか。
 わからない。――わからない、ままだ。

 とりあえず、息苦しい。

 メタは、火緒李に捕らえられたままだった。



「ぅ〜〜あ?」

なんとまぁぱちっと目を覚ましましたね火緒李。彼は寝起きだけはいいので有名ですよ。

「……ぅわ!? なんだ?」
 自分で捕まえていると、気がついていない。
『――』
 そう言えば、この男と話をしたのは、いつが最後だったか。
 話らしい話は、こちらに降りてきた時にしただけかもしれない。
 あとは、逃げるのに必死だったというか。
『放せ』
「へっえっ? はい」
 ようやく、火緒李はメタを放した。
 黒猫は、開放感からか背伸びをした。
「?」
 その姿が、何か違う。
『……何を笑っている』
「いやっお前……」
『なんだ』
 はじめから、どこか、思い出すんだ。その姿が、似ているから。――そんな気がする。
 次の口を開いた時、火緒李は笑い出した。
『なっ!!? 笑うな!』
 その言葉に、余計に大笑いだ。
『だから、笑うなーー!!!』

 草の葉から、水が落ちる。
 雫に反射した光が輝いて、散った。
 嵐のあとの空の色は晴れて、青かった。




「さ〜て。帰るか」
 歩き出した。一人と一匹。しかし、
『主! そっちはいけなっ』
 メタが、向かっているのは東だと気がついたときは、遅かった。
「ぅぎゃぁーー……」
 火緒李の歩いていた崖が崩れて、二人は下に落ちる。
ばっしゃーーん!?
 どうやら、下には雨水が池のように溜まっていて、助かった二人。

「何してるのかしら? あんた」

「絽火、さん?」
 絽火の後ろの、不穏な空気を悟った火緒李。
「こっちから帰ってくるなと言っただろうがーー!!!」
 ドガーンと、炎が池を蒸発させる。
「待て?! なんの話だ!?」
「問答無用!」
「俺を実験台にするなーーー……!!?」
 青空に、再び暗雲がかかる。


 歩き出した二人の道は、そう簡単には進ませてくれないらしい。


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2007.09.13