未来に残されたもの


 その部屋は、まるで、最初から誰もいなかったかのようで。



「――火、絽火(ろか)?」

 喜びと、安堵と、生き残ったという事実、そして変わらぬ忠誠――

 幾億もの大歓声が、空を振るわせる。

 その時風に舞っていた赤い髪――

 その姿が、いつから見えないのか覚えていない。我ながら失念したものだと思う。

「陛下!」
「鮗(このしろ)、絽火はどこだ?」
「……それと同じ事を兵士に聞かれました」
「何?」
 あの祝賀の中で、どこかに姿を消したのだろうか。

 進む足は、後ろから鮗が近づいてきていても止まりはしない。

 二人が、目指したのは――


「これ、は?」

 開かれた扉の先に、進めない。一目見ればわかる。

 そこに、人が住んではいないことが。

「なっなぜいない!?」
「――そう、か」

 わかったのか、なぜ、自分が王都に呼ばれた理由が。

「陛下!? いったい……」
「もう、彼女が俺を護衛する必要はない、と、言う事だ」

 相手が風とわかったのはいつのことだったか。
 そしてすでに、半数の種族が向こうに取り込まれていた。
 残ったのは、中立を保つ森族、その様子さえ知らない火族。

 王の力を盾にして、呼びつけた。

「――帰ったのか」

 もう、ここにいる必要がないから。







「――は? 火揺石をばら撒いていた?」
「はっはい!」
 嗄(かる)はそんなことは兵士と同じように不思議で、でもなぜか納得の行く行動だと口元を緩ませる。そしてその存在が消えた事を悟った。





 城下は、まだ興奮が冷め切れない。
 だがここは、とても静かだった。

「陛下!」
「――翠(すい)?」
「こんな所で! 何をなさってますの!?」
「いや……」
「宴にいらっしゃらないのでは、楽しめませんわ!」
 本当は、その場に国王がいないほうが肩の荷が下りる事を知っている。
「だが」
「“だが”ではありません!」
「……」
 暗闇に、国王の影がいっそう濃くなる。もう部屋と同化してしまうのではないかというほど。
 外は、喜びと光に溢れているのに。
 ここは、一点の灯りもない。
 王に与えられた執務室。窓には分厚いカーテンがかかり、蝋燭(ろうそく)に火は灯されない。

 それは、思い出すからだろうか。

「陛下、今、皆が外に集まっております」

 それがどうしたと言う暇もなく、翠に引きづられていた。





 回廊をも引きづられて、外に向かう。
「翠! いったい何事――」
 開かれた扉を潜って、翠の視線が空に向かうままに見上げる――

 言葉を、失った。

 再び、この姿が見られようか?

 これは城、“洸減(こうげん)”の城。

 城中の明かりと言う灯(あか)りが灯(とも)されている。

 それは、祖父の時ですら、照られなかった城の光のすべて。



「すべて、火揺石が関わってきてますよ。陛下」
 すっと国王に近づいてきて嗄が言う。
 そして翠に目配せをする――やはり翠を持ち出したのは正解だった、と思う。
「……」
 あの火術師は、この城が財政難であることも知っていた、のか。城に灯りが灯せない事も、部屋を満足に暖める事もできなかったことも。


 ぼんやりと、揺れる火達を眺める。
 パチリと火が爆ぜて、舞う。


「――この火を、絶やさない事を誓う」

 だから―――





 洸減の城は輝きて、その輝きを伝えてゆかん。

 それは火族の残した力。国と火族を繋ぎ止め、再びこの地に参らんと。


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2007.07.10