第十八世  すれ違う家族

 「元」に奪われる記憶、過去のもので、亡くせないもの。良い事も悪いことも。忘れたいことも忘れたくないことも。――――どこかで、記憶が抜ける。飛ぶ。わからない。過去を思い出すのが怖い。――――本当に、私はここにいたのだろうか?ここにいていいのだろうか? ……………私は、何時二乃と二架を? ―――いつここに?何時生まれ、何時?
 私は、
「あの子達を“誰”と呼ぶ」
「?」
 小さくつむがれた言葉に、注意を向けた。とても小さくはっきりとした言葉。
「私は、いつかあの子達に向かって“誰”ということになるのよ」
「だから、」
「目の前で、貴女は“誰”と言うのよ。――――自分の子供に」
「…………」
「それは、明日かも知れない今日かもしれない十年先の話かもしれない」
 いつが何時なんて、わからない。
「だけど、私は必ず二人に向かってそう言う。必ず」
 昨日まで話していた母親に、いきなりお前は“誰”と告げられた。あの日のことは忘れない。
「私は、自分の母親と同じようにあの子達に“誰”と言うことになる。――――どうして、どうしてあの子達なの!!? 何であの子達じゃなきゃいけなかったの!!! この世界に、いったい幾人(いくにん)の人間がいると思っているの!!!? ――――わかる?香五(かご)から指名を受けて数年の時間がたってそして、母が次の選ばれし者を私が腕に抱く二乃と三臥の腕にいた二架に指名した時が!!」

 三代に渡って「元」に選ばれることなど、ほとんどあるはずもなかった。――――すべてが、「元」の思惑、気まぐれである。どのような記憶を望むか、食らうか。「元」しか解らない。
 「元」は記憶を食らう。そして、選ばれた者は最後の役割として次の餌を指名する。選ぶ。――――それは、すでに記憶のない空(うつ)ろな身体を、「元」が変わって動かしているとも思える行動だった。記憶を食い尽くされてなお。ある意味で、次を指名しない限り死ぬことはない。

 それでなくとも、
「私は、あの子達を“誰”と呼ぶのよ!」
 ――――娘を。
「過去の記憶がいくら消えてもかまわない。だけど、二人を忘れてしまいたくない!!」
 この子達だけはどうか、何事もなく――――
「目の前の光景が信じられなかったわ。」
 …………二人を次だと宣言して、崩れ落ちた母親。もう動かない。前日私に、名前を聞いてきた。
 最後が近い母はまるで子供のように笑顔で、何かにつけて物の名と人の名を知りたがった。外見は歳よりも歳をとっているようで、ただの老婆にしか見えなくなっていたにもかかわらず、まるで子供のように何でも聞いてくる。

 最後の言葉は………もう、何度聞いたかわからないくらい聞いた言葉。

 ―――「お姉さんは、誰?」

「……………」
 背筋が寒くなった。一番自分に近いと思う存在に、“誰”と言われたら、どうしたらいいのだろう?
 ―――――でも、じゃぁ。自分達から両親を忘れる事にした二乃と二架が正しいというの?
「だけど、逃げなくたっていいじゃない。いつか来ることならば、それまでに一緒にいてあげればいいじゃない」
 ――――思い出。そんな綺麗なようで一番つらく苦しいものであるものわかる。
 だけど、初めから忘れてしまうからって遠ざけなくたっていいじゃない。忘れるから忘れようなんて、考えなくてもいいじゃない。
 だって、―――――悲しいじゃない。この家族は、何も別れを望んだんじゃないもの。

 そのために、二乃と二架が背負った事はとてもつらい。いつか忘れるから、忘れようって。――――そんなの。違う。

 だって、…………会いたいんでしょう?

「目の前にいるのに、いない振りをしなくてもいい。」
 いつかを恐れたら、何も出来ない。
「会えるのに会わないなんて卑怯(ひきょう)だ!!」
ダァン!!!!
「っ!」
 どこかに向かう予定であったろう五依の手が、城壁に叩きつけられた。
「五依………」
 さすがの三臥も、変な音を立てた手を焦ったように見つめた。
「――――あんたに、わかってもらおうとは思わない。だけど、少し黙って。何が一緒にいないの? よ!!! 誰がそんな事を!! 私は、私だって。」
 きつい態度をとっていた。近づいてほしくないから。深く傷をつけるのが怖かった。“誰”という言葉を、言いたくなかったから。笑ってる顔が、いつしか変わらないことに気がついた。―――――私が緊張しているのを、感じ取っているのがわかった。名前を呼んであげたのはいつのことだろう? 抱き上げたのは?
 今は、七羽が面倒をみてくれている。――――いくら、私と三臥を忘れているとはいっても私には無理だ。
 私が忘れると恐れていたら、忘れられた―――――

 …………少し、安心した?

「…………あ……」
 どうして? なんで?
「ふ………ぅ………」
 ぼろぼろと、涙が流れた。
「え? あの?」
 突然の事態に、十音は困った。
「………なん……で……」
 許せなかった。“安心”した自分が。
「なんでなんで!! どうしてよ。どうして私があの子達を忘れなければならないの!!? “誰”と呼ばなければならないの!!? ……ひどい………どうして、どうしてよぉ!!!」
 ――――会いたかった。ためらいもなく七羽に向かう二人を見るのも嫌だった。抱き上げられて“笑って”いるから、つらかった。――――楽しそうに。
 見るたび見るたび嫌で嫌で、会うたび会うたび言葉が態度が、陰険になって行くのがわかっていた。

「なんなのよ何でなのよ。―――あんたなんか、ただの代わりでしかないくせに!」
「五依!!」
「!!!?」
 叫ばれた言葉に、“代わり”という言葉が出た。―――私は、何の代わり?“十音”の?
「…………それ以上は駄目だ」
「……っ三…臥………二乃が、二架が……」
「大丈夫だから」
「ふ………ぅわぁぁああ!!!」
 三臥に抱きしめられて本格的に泣き出した五依。ほとんど二人の世界でこっちの存在はまるで意識されてない。

「…………」
 ぼんやりと、泣き出した五依を見ていた。
 ――――何か、言えた?

「誰に聞いたか知らないが、二度とその話をするな。」
 涙の止まらない五依を抱きしめたまま、こちらを睨んだ三臥が言う。
「………」
 怖い。
 興味を失ったように、それだけ言って三臥は五依をつれて歩き出した。
 歩き去った。

 もう、振り返らない。

 ――――「私は、あの子達を“誰”と呼ぶのよ!」

 “誰”? 怖い?恐ろしい?
 忘れる――――忘れる? “私”も、何かを忘れることを恐れているのだろうか? だって、全てを忘れ去った時に、何も残らないのを恐れているのだろうか。………誰だって、忘れたかったわけじゃない。

 あの、二人(五依と山臥)も、二乃と二架でさえ。

 ――――どうして?ねぇ、

「………っ」
 叫ぼうとした声がかすれた。―――いつの間に、私は泣いていたんだろう。
「ふっ…………」
 顔を手で覆うと、見えなくなった視界。足元がふらついて、城壁に手を突いた。
「ぅ………ふっ………」
 すがりつかるように壁に背を預け、そして、ずるずるとしゃがみ込んだ。

(「「だから!! 忘れてあげることにしたの!!!」」)
(「だけど、二人を忘れてしまいたくない!!」)

「なんで………か……な……ぁ」
 どうして、この世界は。世界は、

 ――――なんで?

(な………んで……なん……で……なんで……)
「なんで………なんで何で何でなんでぇ!!!」


 握り締めた砂と土。座り込んだ地面。空に消えていく叫び声と地に吸い込まれる涙が、ただとても虚(むな)しい。




どうでしょう
えっと、時間的には、第十二世で、一瀬と四利が話しているの出来事で
この後、部屋を脱走した十音を四利が探しに来ます
で、その後会議〜
ちょっと戻りましたが、これで回想は終わりです
次は第十四世の続きからになります
…………さて、いつになるか……(遠いな〜〜←おい!)


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