第二一世  恐ろしいもの増えゆきて

「―――――――――」
 ばざぁぁぁ―――――

 床が壊れる派手な音が、耳を傷める。床を突き破って現れた「元」は八翼を羽ばたかせた。羽音と声が高くうるさく、見ていた十音が青ざめるのはわかっただろうか。
 突き破られた床の上に三人がいて、「元」と一緒に舞い上がり、そして床に叩きつけられた。―――――七羽と、六羅、九姫だ。
 ……………頭から落ちた久姫は、落下の瞬間に首が曲がり、折れた。そして、自身の体重と重量がかかった頭は砕かれた。
 六羅は、うつ伏せに床に叩きつけられ、――――動かない。
 七羽は、苦しんでいた。――――どうやら、頭を強打することはなかったらしい。…………痙攣(けいれん)し、震える。痛みに呻くこともできない。声もあげられない。――――――……一瞬で死んだほうが、もしかしたらましだったかもしれない。
「…………」
 ぺたりと、十音は床に座り込んだ。服に血が広がっていくのも、気にならない。声も、でない。


「――――――!!!!!」

 怒涛(どとう)の咆哮をあげる「元」は広い部屋の中で宙に浮き、八翼を羽ばたかせている。中央の男性が口を開くと同時に、声にならず響く声がする。それと下半身の顔合わせて、十の目がギョロギョロと動いて、潰れた目ですら何かを探している。
「どんな気分だ? 一生自分の餌であると思っていた者が殺された気分は?」
「――――あっっはははっっははははーーーー!!!」
 一瀬の言葉に目は飛び出さん限りに浮かびだし、一瀬を一斉に見た。そして、突然女性が笑い出す。触発されて、顔が醜く笑っている老婆も笑い出す。―――――まるで、高い所から見下ろして、こちらを蔑(さげす)み哀れむように。
ザンッ!!!
 一瀬の剣から放った衝撃波が、笑い狂う「元」に容赦なく襲い掛かり、左翼の一番上を切り落とした。
ぐらぁ………
「――――――!!!!!」
 一瞬バランスを崩した「元」は、いっそう高い声で嘶(いなな)いた。

「何時まで持つかな?」

 …………高笑いはもう消えた。

「意外と早かったな」
「――――――!!!」
 馬鹿にするような響きに、「元」は一瀬を攻撃の対象としたようだった。
ばさぁぁぁ―――
 重苦しい黒と赤の翼を羽ばたかせ、「元」が一瀬へと向かう。
「―――!!!!!!!」
「………」
 焦った様子も、反応らしき反応も消えた。一瀬は淡々と攻撃をかわし、それどころか一枚一枚確実に翼を切り落としている、
「―――――!!」
 翼を切られるたびに声をあげる「元」―――――どうやら、うまく身体を操れていないように見受ける。
(―――――油断したな)
 “させた”のであろう。従順な「元」の世界の人々に、逆らえるはずがないと。
「くくくくく…………」
 見えてしまった十音がこれまで以上に青ざめる冷淡な笑みで、一瀬は「元」の翼を全て切り落とした。
ドォォォン――――――
 黒に近い色に体液を撒き散らし、いくつもの顔を歪めて「元」は床に地に落とされた。
「ははは………」
 低い声で楽しそうに笑っていて、同じくらい歪んだ顔が余計恐ろしい。
コツ、コツ――ン…
 落ちた「元」にわざと時間をかけて近づいてゆく。
ピクッ
 音もなく何かが動いた。「元」が落ちた時の衝撃で、床の岩が砕かれて空中に散っている。ほこりが舞う中、確かに。

「――――……一瀬!!!」
「?」
 どうでもよさそうに振り返った一瀬の目の前で、まだ動きを持っていた翼が四利に襲い掛かった。

ズシャァァァ――――
「ガハッッ!!」
 身体に突き刺さった翼は、まるで剣のような鋭さで四利の体を貫いた。―――――幾翼も。
 背後から一瀬に向かっていた翼が全て、四利の胴体を貫く。血が散って、血を吸って。さらに赤く染まる翼を、黒と赤の混じる翼を、そして四利の服、身体。
「…………いち………せ………」
 かろうじて立ったまま、四利は王を振り返る。――――かつての友を。
「………」
 対して、王は―――……一瀬は、あまり興味あるとはいえなかった。
「……やめ………ろ……」
 身体の中でまだ動く翼を引きちぎりながら、四利は倒れた。
 床に、また血が広がる。――――乾き始めた血と混じって、その色を濃くする――――

「――――ご苦労だったな」
 その時の一瀬の心の表情は、誰にも見えなかった。

「―――――!!!!」
 一瀬を貫くことが出来なった翼に、「元」が悪態をつく。六本の手が身体を持ち上げようと動くが、絡まりあって起こすどころか支えることも出来ない。落ちた拍子に足にあったいくつかの顔は潰され、見る影もない。
「『翼をもがれた鳥』か――――?」
 もがいた本人が言う。
「…………どうだ? 見下ろしていた者に踏み潰される気分は?」
 身体を起こそうと無駄に動く腕の一つを、引き千切らんばかりに踏み潰し、引き千切ろうと捻(ひね)りあげた。
「――――!!!」
 まるで人間のように、痛みを感じたらしい「元」の顔が歪む。苦痛に耐えるようだった。
「―――――はっ!! ………なんだ?今更人様気取りか?」
 よくまぁ、俺たちを利用しておいて。

 世界の理(ことわり)である「元」。それが全てで、そのために利用される人間。――――これまで。

「消えてしまえ」
 そういいながらも、一突きで息の根を止めないあたりが一瀬らしいとでも言うのだろうか。一本ずつ切り離す腕。数箇所に深く傷をつけ、体液を流す場所。肋骨を端から折り、爛(ただ)れた皮膚を剥(は)がしていく。曲がった骨を直すかのように、強く蹴り飛ばす。
「――――ずれたか。」
 もとに戻るを通り越して、反対に食い込んだ骨。
「―――!!」
 だんだんと勢いを失う「元」の声。今や、見る影もない肉片。醜い塊がそこにある。
「…………」
「――――!!!!!」
 もういいかと、一度行動を止めた一瀬。――――まだ、動いてはいても。
「――――!!!」
 一瀬の行動に、油断したなと「元」が笑った。―――――“それ”が笑い声だと知るものの方がはるかに少ないが。
「……」
 醜き肉塊となってなお笑い出す「元」に一瀬は一瞥もくれなかった。

ただ、

 ただ揺れ動きだした地と空気を感じて、「元」から離れた。




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