絡まない家族の歯車




二乃(にの)と二架(にか)は、早産だった。






「お姉さんは、誰?」
「――っ」
「?」
「わた、しは……」
 それ以上、できなかった。もう、無理だった。
「っ!」
 涙が流れてきた顔を見られたくなくて、部屋の外に走り出していた。


「――はっ! ひっ……ぅ……」
 大きく、重たいおなかを支えながら、よく、走ったものだと思う。すれ違った兵士が、目を見張ったのがわかる。

「――五依(ごい)!!」
「さん、が?」
 同じく走ってきたのだろう、息を乱した三臥(さんが)が後ろからやってくる。

「何があった? 無理を、するな」

 もう、限界だった。

「っ!」
 一瞬にして思い起こした出来事。忘れられない。もう、覚えていない。母は、私を――

ズキンッ

「……?」
 下肢に鈍い痛みが走る。
「いた、い」
「五依?」
「痛い!!」
「!!? 誰か! 医師を!!」
 下腹部を押さえ倒れこんだその時、三臥に支えられた五依は異常なほど汗をかいていた。








「………」
 イライラと、三臥は部屋の前を歩き回っていた。
「………」
「三臥」
「だれっ――七羽(なのは)」
「そう怒りを表さないで、大丈夫よ。五依なら」
「駄目だ」
「え?」
 以外にも早い否定の言葉に、七羽は目を見張った。
「今日は、駄目だ――」

 言葉を続ける前に、部屋の中から命の声が聞こえた。―――二つ。

「なんだ?」
「おめでとう三臥!! たぶん――」

 ガチャリと、部屋の扉が開く。

「おめでとうございます。双子の、女の子です」
「五依は!?」
「え? あっ今は、お眠りになってま」
「どけ」
 医師を押しのけて部屋に入った三臥は、寝台に眠る五依の傍らを離れない。


「ど、どうなさったので……」
「大丈夫なの?」
「七羽様。――大丈夫です。ただ、早産でありましたので」
「だから、三臥は心配しているの」

 医師から眠る双子を受け取って、部屋に入り扉を閉じた。


「五依……」
 細い息をする五依。眠りから、いつ覚めてこの世界に帰って来るのだろうか。

「三臥」
「七羽、五依が……」
「大丈夫、目覚めるわ。ねぇ、見て」
 そう言いながら、双子の一人を三臥に手渡す。
「おい」
「そうじゃないわ、こうよ」
 抱き方の怪しい三臥に、七羽が手をそえる。
「こう、か」
「そうそう」
「………軽い、な」
 眠る赤子を見つめていた三臥が微笑んだ。
「すぐに大きくなるわ」
「……五依……」
 双子の片割れを抱いて、三臥は五依に話しかける。
「おきてくれ」
 このまるで悪夢のような世界に、大切な物が増えたんだ。お前と一緒に生きていきたいから―――

 いつの間にか、七羽は部屋をあとにしていた。

「五依……」
 廊下で泣いていた時の只ならぬ状態を思い出す。
「何があった? ――話してくれ」
 二人なら、四人なら、なんとかなる。そう、信じていた。











「……ん」
「五依?」
「さん……が?」
「おはよう。ありがとう」
「?」
 五依の寝ている寝台の真横に座っていた三臥は立ち上がり、すぐ横の小さな寝台に眠る赤子を連れてきた。
「ぇ……?」
「双子だ。女の子。ありがとう五依」
「………」
 震える手を赤子に伸ばした。一人は三臥に抱き上げられていて、一人は目の前に。規則正しい寝息を立てる娘。ほおに触れると、とても、
「あたたかい……」
「ほら」
 三臥は笑って、もう一人も私の真横に寝かせた。小さな顔が私の前にある。
「………」
 私の、娘。
「愛しているよ、五依」
 そう言って軽くふれるように私にキスを送る三臥。
「二人が見ているわ……」
 くすくすと、くすぐったいように私は笑った。瞬間、三臥の顔にひびが入った。やだなぁもう、そんなに、困ったようにしないでよ。
「私もよ、三臥」
 あなたを、愛してる――

「よろしくね、三臥」
「何がだ?」
「ふふふっ! 二人分だからね」
「……名前か!?」
「そうよ」
「待ってくれ頼むから」
「嫌よ」
「五依〜〜」
「あなただって、この二人を愛しているでしょう」
 あなたの頭を抱えて困っている表情を見るのも、大好きだと言ったら怒られるかしら?






「本当に行くのか?」
「ええ」
「………」
「大丈夫」
 ――大丈夫。孫が見たいと、笑っていた。あなたが幸せなら嬉しいと、喜んでくれた。―――母は、もういない。
「だが……」
「お願いよ三臥。私は、母との約束を破りたくないの」
「そう、か」
 わかってはいる。だが、その場所へ連れて行きたくなかった。先に雲が覆いかかり、何も見えない。まるで闇。同じ事は国王によく感じていても、今から向かう先で感じたのは初めてだった。




コンコン
「……はい」
「………」
 無言で、扉を開けた五依。
「?」
 不思議だった。いつもなら――

 寝台に横たわる五依の母は、眠っていた。付き添っていた侍女が頭を下げ、部屋をあとにしようと歩き出す。

と、

「あっははははーーー!!」

「「「!!?」」」
 突然起き上がり、叫びだした母親――その顔、知っている。「元」に寄生する老婆の顔。

「はははははっ!! ようやく来たね! 跡継ぎよ!! ――二乃――二架――!!」

 一瞬にして、空気が冷えた。凍りつき、とけることのない氷河。五依の、心に。枷(かせ)となって、檻(おり)となって。

「なっ!!」
 三臥も、絶句していた。

「あっはははーーさあ“第二”の名を持つ双子の娘よ、「元」のもとへ!!」

 意識を、保っていた事のほうが奇跡に等しい。よろめいた五依を支えようと、三臥は抱いていた片割れ―二乃を呆然と立ち止まっている侍女に手渡す。二架を手の中に支える事も困難になりつつある五依を支え、二架を受け取る。

「あーーーははっはっは!! あはははーーー」

 そして、事切れたように、母は寝台に崩れ落ちた。

「お、かあ……さん?」
 今の出来事が信じられないというように、五依は歩き出した。寝台に崩れた母に寄り添うために。
「………?」
 ゆっくりと、目を開く母親。そして、

「―――お姉さんは、誰?」

 もう、どうしようもなかった。無邪気な子どものような顔で問いかけたまま、母は、息を引き取った。


 すべて、現実。


「いやぁぁあああーーーー!!!」
「五依!!」
 それから、どうなったか、知らない―――







「三臥!! いったい!」
「聞いただろう七羽。その通りだ」
「そんな……だって、」
 二人の娘が、“第二”の名を受け継いだの? そして、五依の母は、綾二(あやに)は――
「こんな事になるなんて」
 ギシリと、奥歯を噛み砕くような音がする。
「五依は?」
「目覚めない」
「――こんな所で突っ立ってないで!! 五依を支えて!!」
 母親にすら“誰”と問いかけられた五依だ、何をするかわからない。
「――! あ、ああ」
 走り出した三臥の背を見送りながら、七羽は己の無力さを思い知っている。

「何もできない。何も……何が、“「元」に選ばれた方々”よ……」





「―――さん、が?」
「なんだ?」
「あの子達は……」
「………」
「そう、よね。お母さんは?」
「明日、葬式を」
「三臥」
「……」
「どうしよう」
「五依……」
「どうしたら、どうしたらいいの――?」
 泣き出した五依を支える三臥。二人とも、何も言えなかった――




 はじめのうちはよかった。まだ。




「そうか、引継ぎが行なわれたか」
「王、ですが……」
「なんだ?」
「その……」
 先を促すように興味を失った王の声。大臣は黙った。同じ部屋にいた三臥の拳は震え、開かれる事はない。
「なんの、問題がある?」
 淡々と話す王……一瀬(いちせ)に、誰も、何も言えない。困り果てる大臣。怒りを押さえ込む三臥。ただ、一人四利(しり)だけが、えも言えない不安にかられる。

(一瀬?)
 言葉が、届かない。







「おかあさーーん!」
「二乃」
「やぁーー! わたしがだっこ!」
「二架」
「「わたしなの!!」」
「……」
「こら、お母さんを困らせるなっていつも言っているだろう?」
「おとうさんよりましなの」
「なの!」
「………」
 くすくすと、五依が笑う。三臥と娘のやり取りは、いつもこんな感じだった。

「「………」」
 微笑む五依を、双子は凝視した。
「? どうかしたの?」
 ふと、その視線に気がついた五依は問いかける。
「「なんでもないの!!」」
 そう言って、双子は走ってその場をあとにした。
「どうしたんだ?」
「――さぁ」
 言葉は、届かなくなった。






「おかあさん、笑ってたね」
「うん」
「楽しかったのかな?」
「嬉しかったのかな?」

「「悲しまないのかな?」」

 二乃と、二架がいても―――


 二人は知っていた。自分の存在の理由と、 母親の嘆きの理由を。


「「また、夜が来る」」

 悲しみは、暗闇に消えない。








「……ぁ……い……いやあぁああ!!」
「五依!!?」
「いや……いやぁ……来ないで! お願い!! 連れて行かないで!!」
「五依!」
 びくっと、細い身体が震えた。涙があふれて止まらない目に、三臥が映る。
「……ぁ……」
「大丈夫、大丈夫だ。誰も消えてない。――忘れて、いない」
「だけど……だけど!!」
「五依」
「私は、私はいつか……っ! ひっく……ふ……ぅ」
「お前は、違う」
「どうして! なんでそんなこと言えるの!! 私だって母と同じ「元」の餌なのよ!! ――っ!」
 暗闇に映った三臥の顔を正面に見据えて、五依は絶句した。

「……それでも、生きてゆこう」

「……ぁ」
 二人が、あの日に交わした言葉――

「ごめ、んな、さ」
 謝ろうと言葉をつむぐより先に抱きしめられて、再び寝台に横になる。頭をなでられる。暖かく大きな手。三臥の胸の鼓動を聞きながら、再び五依は眠りに落ちた。


「………」
 再び静かに眠りだした五依を腕の中に見て、三臥はため息を飲み込んだ。
(もう、毎晩、か――)
 日々悪夢にうなされる五依。娘と部屋を分けておいて正解だと思う。こんなにうなされる五依を見せるわけにはいかない。母親に“誰”と問われ続けたのが、一番の傷になっていると思う。

『私も、母のように――』

「………」
 ギリギリと、歯がなる。何もしてやれない、支えてもやれない自分が、とても無力であることに何度、何度憤(いきどお)った事か。

「五依。二乃。二架」
 この世界で愛おしいと思うものを思うことは、そんなにも許されない事なのか?






「「―――あなた、だあれ?」」

「………」
 言葉なく倒れた五依を、支えることが困難であったのは、はじめてだった。



「あーー七羽ねぇ!!」
「あらーー? 二乃……?」
「うん!」
「……五依? 三臥? どう、したの?」
 明るい娘二人と対照的に、まるで暗黒に飲み込まれたかのような親。
「ねぇねぇ七羽ねえ!!?」
「二架?」
「七羽ねえの知り合い?」

「―――三臥!!!!」
「俺が聞きたい!」

 声を荒げた二人に驚いた双子。

「ふ……」
「……ぇ……」
「ぁあ! 泣かないで二人とも、ごめんなさい。ちょっと!」
「――はい七羽様」
「二人は、お茶の時間でしょう? いってらっしゃい」
「「ぇえーー!!」」
「ごめんね、私はこの二人と話があるの」
「おともだち!?」
「だち!」
「――そうなの」

「どうぞ、二乃様。二架様」
「「わーーい!!」」
 侍女の声に誘われて、二人は走り去った。

「………」
 七羽は、震えていた。気を失った五依。支える三臥。沈黙が支配する空間。誰も何も言わない、言えない。現実を、認識したくないというように。
「……さん、が」
 ようやく震える声で、七羽は問いかけた。
「な、に」
 今の?
「見た、通りだろう」
「うそ、でしょう?」
「…………」
「そんなの嘘でしょう!!!」

 悲鳴は、響く、空へ、城へ、人の心へ。……三臥に抱き上げられた五依の目から、涙が流れた。









「お願い七羽」
「冗談よね五依」
「お願い」
「嘘だって言って!!」
「だって、お願い七羽」
「そんな………」
「あなたなら、任せられるもの」

 あなたなら、二乃と二架を。





「さっ」
「叫ぶな、聞こえる」
「五依に言って頂戴!! そんなこと考えるのは止めてって!!」
「無理だ」
「どうして!」
「無理、なんだ七羽」
「そんな」

『ねぇ、三臥。私、ひとつだけお願いがあるの』

「そんなのってないわ」
 ぼろぼろと、泣き出した七羽。

『あの子達はもう、私達を覚えてはいないのね』

「ひどすぎるわ……」

『だから、だからね。もう私――あの子達を見ていられない』

「何をしたって言うの五依が、綾二が」

『もうできない。あの子達の前で笑い続けることは』

「何を……」

『だからね、三臥。もう母だと伝えるのはやめるの。大丈夫、あの子達は七羽のことは忘れていないもの、大丈夫』

「そうじゃない」
「さんが?」
「そうじゃない五依」
「……?」
 まるで独り言。七羽は声をかけるのをやめた。
「大丈夫じゃないのは、お前だ――」




「ねぇ、もうお母さん泣かないかなぁ?」
「悲しまないかなぁ?」

「「これで、いいんだよね」」

「―――何がだ?」

「「――ひっ」」

 暗い廊下の先から現れた王。小さな双子は、その姿を目の前で見たのは数える事しかない。押さえ来る威圧感。言葉を、身体を引きちぎる。

 声にならない声をあげて、二人は震え続ける。

「――まぁ、いい」
 すべてを見透かしたように一瀬は笑って、二人の横を通り過ぎた。事切れて気絶した双子が目覚めた時、何があったか七羽が問いかけた。しかし、二人は何も言わなかった。





 時はすぎる。




「――どうして、二乃ちゃんと二架ちゃんの傍にいないんですか――?」
「「どうしたら、よかったの――?」」
「私は、あの子達を“誰”と呼ぶのよ!」
「これが、――結果、か――?」

 絡まない家族の歯車。


 ―――言葉は、永遠に届かない。




・・終・・

久しぶりに書きました。「狂世」のあの家族。
一瀬と四利の話? 例のごとく保留と言うやつですね♪ …いや、こっち(五依)の話が思いついたので。
暗いですね。すれ違い、そして会えない。
この世界で生きていくことが、こんなにも辛いのか。

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