龍国の人間
(1)


「あれだ……」
 群集はざわめいた。空の一点を見て。

 南の空の端からは、小さな影が近づいていた。



「リーファ。本当に行くのか?」
「やっぱり帰りましょうよ」
「くだらない」
「あのねぇ。ここまで来てなにを言うの!」
 三人の気の乗らない声がする。それでも、問われた少女は意思を新たに否定した。
 風が少女の髪をなびかせる。羽の羽ばたきが、いっそう強くなる。目的地の上空に到着し、旋回していた三匹の翼龍。一番大きな羽を持ち、一番大きな体型の龍の上にいる少女。といっても、先日十八の誕生日を迎えたばかりだ。
 リーファ・西紀(にしき)。龍国に住む唯一の人間は、まっすぐに下を見下ろした。



 世界は、六つに分かれる。別れた大陸には、それぞれいくつかの国がある。
 しかし、その六つに分かれたもののどれにも当てはまらない国。世界の端に位置し、どことも交流も関係すらもない国、人間ではないものの住む国、「龍国」。人間との関係は持たない龍族が、唯一住む国、安息の場所。世界中の龍が集まる。翼龍。焔龍。水龍。地龍。他にも、華龍や、鋼龍。絶滅の危機にあった龍は、一箇所で共に助け合い暮らすようになった。場所は、南の離れ島。一つの島を大陸として。そこは、モル大陸の龍国。
 力を欲する人間がほしがる龍の住む国。近づく人間は容赦なく殺される。――彼女、リーファを除いて。なぜ彼女が龍と共にいるか、それは、またの機会のお話にすることにしよう。



バサァァッ!!
 地上に、三匹の龍が降り立った。
スタ!
 身の軽さを証明するかのように、しずかな音と共にリィーファは地に足をついた。
 風と共に見上げるは城。目の前にあるタス大陸雅(が)国城。
「ようこそ」
 声に向き合えばこの国の兵士であろう、小さく一礼した。
「部屋へ案内します。龍の方々はあちらへ」
 視線を向けると、心配はないというように三人の目は言った。だから、「心架(しんか)」「リト」「白露(はくろ)」と離れても、大丈夫だと思った。


「「ようこそ雅(が)国へ!!」」
「え!? あの〜?」
 案内された部屋で突然湯殿に連れられて、洗うという侍女をなんとか追い払い。出てきたところでまたも数人の侍女に捕まった。
「きれいな御髪ですわね〜」
「肌もひどく焼けておりませんし」
(それは、なんだか知らないけど。)
 心架が、日焼けを嫌うからだった。だから今日も、その背の上で何枚もベールを被る事になっていた。
「っあの そうではなく!!」
 目の前で私の衣装であろうドレスを選び出している侍女に少しきつめに声をかける。
「“会議”はいつ始まるのですか?」
 そう、ここに来た目的。それがなければ来るはずもない。
 “会議”そう、世界会議。六つに分かれる大陸の、さらに分かれて二十国。各国の代表の集まる会議。十年一度行われ、格大陸の状況、近状、環境、経済、問題など、さまざまなことが話される場である。当然、この世界の国の代表は、無条件で集まる必要がある。それがこの世界の掟だった。世界の創世にかかわった者が、定めたものとして。

 龍国が立ち上がってから早一万年。それまでは世界中にいた龍が集まったのは、最近の話である。

 リーファがここに来たのも、その会議に出るためである。止めようとする龍を押し切ってこの場に参加する条件を満たした。――いくら、龍国内が安全とはいえ、リーファは世界の状況を知りたかった。例え、もし、ただの建前のみのものだったとしても、だ。

「聞かれてないのですか?」
 侍女は不思議そうに言った。
「なにか?」
「今回の会議はまず先にダンスパーティーを行うんですって!」
「……はぁ?」
 金持ちの考えることは理解不能。
「どうでしょうこのドレス!!」
「まぁ素敵!!」
(どう? って言われても……)
 自分の身長よりはるかに高く、テラスに続く窓よりはるかに大きな鏡の前で、私は途方にくれていた。
 伸ばし始めた髪がウィッグと共に高い位置で結われ、左側から流れる。
 少し胸元の開いたドレスの袖は長く広く。幾重にも重なったスカートが足に絡んでいる。
 ヒールのある靴は私の背を高くして、いつもより目線の位置が高い。
 あいた首筋に細いパールのネックレスがかかり、中心には別のネックレスがかかっている。
 瞳と同じ紫の宝石。薄い桃色の髪にあわせたのか淡い色合いのドレス。基調は緑で、うっすらと白と桃色が混ざる。
「……」
「水色がいい」
 突然の声に驚いた侍女たちは振り返ったが、私は声のした方向の窓を見た。
「白露」
 白い銀髪に透明な目で、限りなく色素が薄そうな男は言った。
「水色」
「こんのあほがーー!!」
ドガァ!
 リトの跳び蹴りがあたった。
「イタイ」
「だったらもっと痛そうな態度をとれ!」
 まったく痛くなさそうにけろっと起き上がった白露は、左のほおを押さえながら言った。そして、リトは仁王立ちしている。
「なにあんたリーファの着替え最中に部屋にいるのよ!」
「………」
 何を見ているのかわからないほど定まらない視線を前に、リトはイライラと怒りをつのらせた。
「あんたも少しは心架を見習え!!」
 彼も彼で軽く事情があるのだが、今のリトには関係ないようだ。
「……水色」
 思い出したかのように、白露は言った。
「私の話を聞きやがれーー!!」
「リト!」
 グーの拳骨が飛びそうになって、私はあわてた。
 ピタッ! っと止まる行動。
「ごめんなさいリーファ。すぐに捨ててくるから」
「え?」
「ほら落ちろ」
 窓を指差す。いや、平気ではあるだろう。しかし、
「待ってリト。ここは一応雅国だし」
「だからって、着替え中に入って来ていい問題ではないわぁ!!」
「……え〜と、水色の服はあるのかしら」
 呆然と、そしてうっとりと白露を眺めていた侍女はわれにかえって言った。
「ええもちろん。服でしたらこちらに」
 しまっていたカーテンを開けると、ずらっと並んでいる服服服……
 誰が着るんだよ……ってかなんで?
「この国には私と歳の近い王女様がいらっしゃるので?」
「いいえ。王子様方なら三人ほどおりますが」
 だとしたらだ、なぜに?こんなにもドレスが並んでいるのだろうか?
「………」
「え? 何?」
 無言で一枚のドレスを私にかける白露。
「そうね、ネックレスはそれでもいいとして……でも、靴のヒールが高すぎるわ」
 さっきまで騒いでいたのが嘘のように、リトは私の装飾品を選んでいる。

 さすがに、目の前で着替えるのは躊躇(ちゅうちょ)していたら、リトが白露に目隠しをしたうえで、後ろを向かせてさらにカーテンの中に押し込んでいた。

 自分で選んだものに文句はないようで、それから白露は何も言わなかった。でも、今度はリトがいくつもの靴と装飾品を持ってくるので、結局、数時間をその部屋で過ごした。



「なんだったのかしら」
 部屋の中から見送られて、廊下に出る。
「よく似合う」
「――っ心架。ありがとう」
 立ち止まれば、すぐその体にぶつかってしまうほど、距離が近い。
「白露が、選んで」
「白露?」
 はっと口を閉じた。しまった“白露”が私の服を選べるとしたら、それは、
「邪魔しにきたの!?」
 と、そこに攻撃的で、物騒で、穏やかでない声が響き渡る。
 大きな音と共に部屋の扉は限界まで開かれられて、さらにぎしぎしと音を立てる。その扉と一緒に吹き飛ばされたのは、白露。
「イタイ」
「だから! だったら痛そうな態度をとれ!!!」
 叩きつけられたはずなのに、背をさすりながら立ち上がる白露。その前に仁王立ちする女性。それは――
「リト……」
「また派手にやっているな」
 いつものことだ、と心架はあくびをしている。大体の状況は見て取ったらしい。
 案内をするはずの兵士が固まっている。まるで、信じられない物でも見るような光景。
「リト! 白露! 行こう」
 三回呼びかけて、ようやく二人は一緒に来た。そろそろ、何かが壊れる所だった。



 広く、清潔で、長い回廊を歩く。本当に綺麗にされていて、まるで、誰もいないみたい。静かで、その中に響く自分の足音。
 少しだけヒールがあって、でも歩き辛くない。リトのおかげだ。
 ちらりと、横の壁にかかる絵を見る。無機質な瞳が、こちらを見つめる。そんな絵。
 なれない大きな城の中、とてつもない威圧感。そして、影から覗く、鋭い視線。先ほどから、震えが止まらない。
「リーファ」
「……何?」
 はっとして、その手を離そうとする。いつから、心架の手を握り締めたままだったのだろう。
「平気だ」
 つながれた手は、再び強く握られた。
「心配しないで!」
 言葉が続かない心架のうしろから、リトの声がする。
「リーファ、平気?」
「へい、き」
 そうよ。大丈夫。私は、一人じゃない。
 前を進む兵士を見た。進む先の扉は、もうすぐそこに。



 一気に、光が目に飛び込んでくる。輝くダンス会場。色とりどりの衣装が舞うその姿。
 ぽかんと、口をあけて止まってしまう。
「おいしそう!」
 いち早く、料理の香りをかぎつけたのかリトが走り去っていく。そのうしろには、早々とお酒のグラスを片手にした白露。
「あっけないな」
「早い……」
 呆然と呟いた言葉が、心架と重なる。
「踊ろうか?」
「踊れるの!?」
 驚いて、声が上ずった。
「当たり前だろう?」
 何を言うんだと、言う顔。
「だ、だって私踊れないわ」
「平気だ」
「何が平気……ぇ?」
 気がつけば手を引かれて、ひらりとスカートの裾が舞い上がるホールの中央に進み出ていた。

 そして、曲が変わる。

「いち、に……」
「そうそう、」
「いきなりすぎるわ」
 必死に教えられたように足を動かす。なか悪態をつく。すると集中力は切れて、
「っと」
「ごめんなさいっ」
 足を踏みつけている。この繰り返し。
「さっきよりうまいぞ」
「そんなの、変わらないわ」
 見ればわかる。周りを囲む男女の身分も、地位も、育ちも。明らかに違いすぎる。
 そして絶えず注がれる視線。――気持ちが悪い。
 よく見ると、やはり会議があるだけあって、服装は多様だ。いろんな国の、民族衣装だろうか。
 ふくらみを持たせた格好。自身の体を見せ付けるような薄着。長いスカート、短いスカート。いろいろ。
 自分の着るドレスは水色。ほとんど装飾もなくとても簡素に見える。それでよかったのかもしれないが。

 なんども、何度も踊る。まったく放してくれない。

「ねぇ、いつまで……?」
「そうだな、もういいか」
 心架の目が、一瞬、会場を見渡した。
「もう、踊れないわ」
 いくら靴が良くても足が疲れてしまった。導かれるままに壁際のソファに座り込む。
「どうぞ」
 うつむいて足をさすっていると、声を掛けられる。顔を上げると、目の前には赤い液体。
「これは?」
「石榴(ざくろ)だと」
「ざくろ?」
 知らない、ものだ。
「果実だろう」
「そうでしょうね」
 喉が渇いていたので、口をつける。甘みの中に、かなり酸味が強い。
「おいしい」
「そうか」
 ただ、ひどく喉が渇いていただけだとしても、だ。

「こんばんは」

「ぇ?」
 右側から、声を掛けられる。黒い服に身を包んだ男の人が立っていた。
「踊っていただけませんか?」
「相手がいる人を誘うのはルール違反じゃないのか?」
「……っと。これは失礼。まさか、貴方がお相手だと思えずに――使用人ではないのですか?」
 くすりと、男の顔が笑う。
「いきなりそんな事を言うなんて、失礼だわ。――行きましょう」
 痛む足を忘れて、立ち上がる。さっと心架の腕を取って、歩き出した。
「これは、失礼。お嬢様の気分を害してしまいましたか」
 男は改まって、でも楽しそうにそんなことを言う。そして私の前に立ちはだかる。
「………」
 無言で、睨んだ。
「綺麗な瞳で、そう睨んでも効果はありませんよ。そう、こんな夜に」
「貴方とは踊りません」
 はっきり言って、リーファは歩き出した。自分の腕にリーファの腕が絡んでいる心架の顔が緩む。
「あら、あららら?」
 うしろで手を伸ばしたままの男は、二人で無視した。
「でもその方は本当に、貴女の相手になるのですかね?」
 意味深な言葉が、胸に突き刺さった。


2010.11.15
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