龍国の人間
(2)


「リーファ」
「何」
「どこまで、行く気だ?」
「どこまでって」
 はっと、回廊の先を見る。勢いで会場を飛び出してきてしまったらしい。
「ここは?」
 振り返っても、振り向いても、同じ回廊。どこまでも続いていて、先に角が見える。
「さぁ? 戻るか?」
「……戻る道はわかっているのよね。心架」
「嫌なのか?」
「だって、また踊るの?」
「そんなに下手じゃなかったぞ」
「そんな事言っても」
 あんなにも、上流階級の人々に囲まれて、見世物になる趣味はない。
「でも、そうね。リトと白露が」
「いつまでそこにいる。誰だ?」
「え?」
 すっと、心架のうしろに回される。目の前に心架の背中が見えて、先が見えない。
「気が回るな。いつ出ればいいのか考える必要もなかったか」
「誰だ?」
「心架? 心架!?」
「おや、そちらのお嬢さんは?」
「白々しい」
 誰が狙いか、わかった物だと心架が呟いた。
「もう、見えないのよ!」
「お前は?」
「申し訳ないねお嬢さん。はじめまして、か。こんな事を言うなど」
「だから、誰だ」
「心架っ!」
 焦った。焦った。だって、ようやく見えたその人は、うしろに何人も従者らしき人を連れているし、兵士もいるし。私にだって、その人が高い地位にいると見てわかる。
「っ」
 うしろの人が、見かねて声を掛けようとするのを、その人は制した。
「まったく、こんな扱いを受けるのも久しぶりか。おしえてやろう」
「知りたくもないがな」
「心架!」
 蹴った。
「り、ファ?」
「ごめんなさい。失礼します!」
 龍は、誰にも従わない。権力にだって、なんだって。
 自分の尊敬する龍に敬意を払い、先龍を重んじる。歳多き大老と呼ばれる龍に敬意を払うのみ。
 だからこそ、人に対する扱いは粗雑だ。
 とにかく必死で、心架の腕を引いた。私の必死さに驚いたのか、心架はそのまま引っ張られていた。
「待て」
「きゃぁっ!?」
 目の前に、剣が交差して音を立てる。驚いて心架にしがみ付いた。
 聞きなれない耳障りな音。自分の顔が映る、その剣。
 低く低く心架がうなる。まずい。
「なんだ、いったい。人間が、どういう意識でこんな事をする?」
 リーファに、と続くはずだった。
「話を聞いてもらっていないのでな」
「聞く必要はないだろう?」
「ほぉ。なぜかな」
「聞きたくないからな」
「心架!」
 その瞳が、険悪な色を深める。獲物を見つけて、捕らえる寸前のような。
「父上? こんな所で何を?」
 また、人が増える。いい加減で心架の怒りを増やすような事はやめてほしい。と、うんざりする。でも聞き覚えのある、その声。
「さっきの」
「――ぁあ、“龍国”の」
 嫌な、言われ方。そこだけまるで、憎しみがこもるような。
「黙っていろ」
「父上?」
「邪魔が入り、邪魔をしてすまなかったな。私は雅国の王、ゼハル・フィル・雅蘭。こっちは息子のセイル」
「こく、おう……様!?」
 驚いて、声が上ずった。
「それがどうした」
「心架! 私はリーファ・西紀です。こっちは心架」
 ぺこりと、頭を下げた。
「これだけの話に、いったいどれだけかかったのか」
 静かに呟いた王様の言葉に、頷いたのは私だけだった。



「で、なんだと?」
 どうやら、王様は気がそがれたらしく、後に会えるだろうとだけ言って去った。
「心架はもう、話を聞かないんだから」
 まったく聞いていなかった心架が、聞いてくる言葉に呆れる。
「リーファ、ここは人の地だ」
 すっと、その視線が私を射抜いた。まるで、憎しみがあるみたいにこの地を厭(いと)う龍。
「でも、私は人よ」
「知っている」
 本当に、君の相手が彼なのか? そう言ったのは、あの会場の男性。
 そう、私は人で、心架は龍。地と空よりも、太陽と月よりも、差がある。そういう存在だ。
 こんな事を、ここにまできて話したいわけじゃないのに、どうして。うまく行かないのだろうか。
 少しだが、心架もイライラしている。いつもそうだ、どこかで、すれ違う。かみ合わない。それが人と龍の差だなんて、言われたくない。
 気まずい沈黙に、何も言えない。こんな所に来てまで、いいえ、来たからこそこんな話をしてしまうのだろうか。ひどく、心が寂しい。まるで、置いていかれるようで。
 うつむいた瞳に、涙が浮かぶ。違う。泣きたいわけじゃないのに。本当は、泣いてしまいたいのに。
 寂しいと、苦しいと心はいつも、泣いている。所詮、人と龍だろうと誰かが笑う。頭から離れない。
「リーファ!?」
 突然のことで、私もなぜだかわからない。
「心架ーーー!!!」
 遠くから、リトの叫び声が聞こえるのに、心架は無視。
「リーファ!? どうした!!?」
 私の様子を見た心架があわてている。ぁあまた、話が大きくなる。だけど潤みだした瞳は、涙を止めようとしない。
「リーファ……すまない」
 苦しそうに心架の指が頬に触れた。今にも零れそうな涙を、ぬぐってくれるかのように。
「ちが……」
 そんな風に、苦しそうにしないで……
「心架! リーファ?」
 私達を見つけたリトが、はっと足を止める。その後ろに、白露が見えた。

 大丈夫だって、言えない。違うの、不満があるわけでも何かされたわけじゃないの。

 許せないのは、ただひどく揺れ動く自分――



「心架」
「すまない」
「いつもいつもいつもいつもいつも」
「何回?」
「黙ってて白露!! とにかく! 何でそうやってリーファを!」
 どうして追い詰めるのだと、リトは嘆く。追い詰めているのかと心架は呆然と呟いた。さらに、リトの苛立ちを刺激する。
「あのねぇ! 繊細なのよ女性は!」
「……繊細?」
 誰が? と、男二人は疑問符を浮かべている。
「怒るわよ? とにかく、特にリーファは、ね」
 どういう意味よと睨みつけるリト。二人は視線を逸らした。
 兵士の呼び声に応じて、リーファは会場に戻った。目頭の涙を拭っていたのをリトは見逃さなかった。
「ぁあもうイライラするわね」
「カルシウム?」
「いちいち話の腰を折るな!! リーファを見てて!!」
 言われるままに回廊を歩いていった白露。怒りをそのまま当てられたのに、けろりとしたものだ。
「すまなかった」
「〜〜あのねぇ」
 再び謝罪する心架に、リトの怒りは頂点に達した。
「だったら、最初からもっとましなことを言え!!!」



「あの?」
「こちらです」
「ぁ、はい」
 今にも泣きそうな時に、呼びかけられた。タイミングの悪い事。
 その場を離れるには良かったのかもしれないけど。心架の顔がひどかった。兵士を睨みつけて。リトも兵士に食いかかりそうだった。
 目の前の大きな扉が、再び開かれる。またあそこに戻るのかと思うと、うんざりする。
「大丈夫?」
「白露?」
 いつもそうだが、白露は突然消えて突然現れる。常にいる心架とは大違いだ。
 心架がいる時は、白露はいない。白露がいる時は、
「リト、心架にひどく怒っているのかしら」
「そうだね」
「心架の、所為(せい)じゃないのに」
「そう」
「そうでしょう?」
 私は、答えられないのだ。怖くて。
「そうだとしても、心を傷つけたらいけないよ」
「白露?」
「さぁ笑ってリーファ。でないと、リトが心架をボロ雑巾にしてしまうよ?」
「それ、冗談に聞こえないわ。白露」
 扉を開けようと待っていた兵士に会釈する。大丈夫、――独りじゃ、ないから。



 むしろ、音も立たずに開いた、と言うほうがあっている。大きく、威圧感のある扉の先。
 先ほどと同じ、パーティの会場。だけど違う。ただ華やかだった会場の雰囲気は、独特の緊張感と重さに溢れていた。
 一国を左右する上層部の会合。警備と警護は厳重に引かれ、隙間も埋め尽くすようだ。
 幾人かの人々が集まって、密やかに会話している。さすがに二十人も集まるとただ会議をしただけではまとまらない。だから、数回はこうやって必要な情報を必要な間でだけ、交換し合うそうだ。
 集まるのは建前。今、この場では、現実ではいくらいがみ合う中の国がいくつあるのだろう。ここでは招待客はもてなさないといけない。その招待は辞退する事もできない。
 私は、完璧に場違いな場所に、放り込まれた。
 国と国の領土争いは関係ない。他にも、奴隷、飢饉、賄賂、税金、継承権。耳の端に入る会話ですら、付いていけそうにない。
 異様な空気の中、ただ立っているわけにも行かず窓際に移動した。すれ違う人々の、まるで値踏みするような視線。

 ほんの少し、聞こえた。
「あれが、龍国の人間?」
 龍と、人間は、相容れない――

「退屈そうですね」
 掛けられた言葉に、はっとする。気がつかぬまに目の前に立っているのは、あの時、ダンスを踊りませんかと言ってきた男。慇懃(いんぎん)な態度は変わらない。
「貴女には、こちらの大陸の話は取るに足らないほど、小さな話なのでしょうね」
「そのような事、思いません」
「ほぉ? ですが、興味があるというにはほど遠いようだ。やはり龍と共にいる貴女は、人間とは違う次元で」
「用件を話したらどうだ?」
「白露」
 後ろにいた、白露が口を挟む。ほっとしてその腕にすがった。
「おやおや、また、違う方ですね」
 男は、面白そうに笑った。楽しそうに。それから、口元を歪ませて言った。
「なぜ籠から出てきたんですか? お姫様」
「――っ」
「言うだけ言って終わりか? 人間」
「やめて、白露」
 その言い方はやめて。
「リーファ?」
 震える手で、白露の腕を握り締めた。
「機嫌を損ねてしまったようだ。私はランドール・グード。よろしく、リーファ・西紀」
「残念だが、次はないな」
「どうでしょうね?」
 楽しそうに言って、男は歩き去る。
「リーファ?」
「あの人、また……」
「消してこようか?」
「駄目よ」
 冗談に聞こえないから。


2010.11.21
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