龍国の人間
(4)


 何がどうなったのか、よくわからないまま一晩が過ぎた。
 傍に心架がいなかったら、もう私はもう、彼の話に出てきたレント国にいたことだろう。
 それぐらい、彼の勢いは強く、激しいものだった。
 混乱したままに寝台に上がって、冴え渡る目をどうにか押さえて、眠る。眠れた。
 だけどまた、朝が来てしまった。否が応でも、私はこの寝台から降りなければならない。
「リーファ? 起きてる?」
 扉の向こうから、声がする。
「ぇえ、リト。起きてるわ」
 非常時でない限り、彼らは私の部屋に無断で入ってはこない。
 私は、扉の前まで、足を向けた。
「――来てるわ」
 誰だか、わかる。誰だったか? レント国の人。
「もう出国の準備は済んでいるのでしょうね。あとは、荷物(お姫様)を乗せるだけ。って?」
「リト」
「あら? でもそうでしょう」
「まだ、会議は続いているはずよ」
「そんなものより、大事なのよ。リーファ」
 自分の存在が、そんなに大事だとは思えない。別に、人一人の命の重さが違うとかそういう意味じゃない。
 崇められたり、尊敬されたりするような立場ではない。まして、王女――?
「嘘でしょう?」
「さぁ? 彼に聞いてみたら?」
 それを確かめるためにも、レント国に来てほしい、と。
 だけど――
 扉に当てていた額が、冷たい。ずるずると、足が崩れる。床に座り込んでしまう。
「リーファ、大丈夫。何があっても、私達が守るから」
 向こう側で、リトは扉に手を当てている。
 私は、一人じゃない。



 がらがらと、馬車に揺られている。なれない揺れに、気持ちが悪くなった。
「大丈夫?」
「リト……」
 途中で、降ろしてもらった。馬車は――気持ちが悪い。龍の背に乗って空を飛んでいるほうが、よっぽどいい。
 降り立った場所は広い高原で、緑の草がどこまでも生い茂っている。
 ラミルさんは、失礼しますと言って席を外した。どこにいるのか、わからない。
 青空を見上げていると、周辺を探索に行った心架が帰ってくる。
「どう?」
「……影はいない」
 リトの問に短く答えて、心架は芝生に仰向けに寝そべるリーファに近づいた。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
「飛んでいったほうが早いが」
「だめよ、だって、ラミルさんは乗せないんでしょう」
「当たり前だ」
「当たり前でしょ」
 二人とも同じことを言うので、笑った。
 そんな中、控えめに声を掛けられた。そう言っても、あと一人かいないが。
「リーファ様?」
「ラミルさん?」
 ひとまず、名に敬称をつけることで落ち着いた。
「もしよろしければ、これを」
 手渡されたのは、よく冷えた水だった。
「あり、が、とうございます」
 伸ばした手よりも先に、心架の手が水筒に伸びる。そのあと渡されて飲む。
 冷たい水が、喉に流れていく。頭もすっきりする。
「白露、大丈夫かしら」
「平気よ」
 呟いた言葉に、突き放すようにリトの声がした。
 そう、白露はあとから追うといってあの場に残ったのだ。
「リーファ様、そろそろ」
「わかりました」
 そうこう言いながら、馬車は進んで言った。

 不穏な影はいない。そう、影じゃない。
 そこにいたのは、実体だから―――



「……おかしいですね」
 会場を見渡して、呟いているのはイド国の王子ランドール。
「あの娘は、どうしました?」
「レント国の使者と共に、帰りました」
「……ふっ。誰が“死者”と共に送り出せと言った?」
 使者は使い、死者となる。
「王子……」
 振り返った王子の表情に、従者の動きが止まる。
「誰ですか? 余計な事をしたのは――」



「ん? 心架は?」
「外にいるって」
「外に? ――何か、あったの?」
「何も」
「リト、嘘をいわ――」
 がたんと、馬車が揺れた。
「リーファ、捕まって!」
 リトの声に答えるだけの余裕がない。必死に窓枠にしがみ付いた。
「やってきた」
「リト」
 嬉しそうなリトの声に、どうにかうめくので精一杯。
「私の出番はまだね。でも、腕を試すには丁度いいわ」
「リト!」
 楽しそうに扉の外に出るリトを追った視線に見えたのは、真っ昼間だというのに黒い服に身を包み顔を隠した、男達だった。

「はっ!」
 心架が、剣を振るう。龍に戻ればこんな小さいもの一瞬で消せるが、一緒に馬車も消してしまう可能性がある。
 それに今は人、だ。彼はあえて自分にハンデを背負わすのが好きだった。
 もう一人、すばやい身のこなしで黒服の男達を叩きのめす彼女と同じで。
 取り残された本当の人間(ノエル)は、彼らの力の強さに甘んじることなく剣を振るっていた。
 問題は、残された馬車の進路だ。
「きゃぁ!?」
 急に進路を変えた馬車が傾く。中にいたリーファが馬車の内側で、側面に体をぶつける。
 驚いた声に反応した心架が、ラミルの胸倉をつかむ。
「――ぉい。お前はいいから馬車の進路に気をくばれ」
 低く、これ以上リーファに何かあったら殺すと暗に言っていた。
 彼は、激しく首を縦にふった。

「ったぁー」
 外には心架とリトがいるんだ。これくらいはありえそうなものだが……
 馬車の中を転がって頭を打った。そしてそこそこにいろいろ擦りむいた。
 怪我をすると心配するくせに、なんでか扱いが雑だ。
「ぅわっ!?」
 ほっと息をつく暇もなく馬車は走り出した。
 だから、なんなのよ!?

「きりないわね〜」
「その割には楽しそうだな」
「どっちが?」
 そういったリトの手から、火が生まれる。心架の手にある剣が光る。
「どうでもいいけど、何が目的なのかしら?」
 二人がすれ違う瞬間に交わされる会話。
「さぁな?」
「時間の無駄よね」
「そうだな……あきたのか?」
「あきたーーー!!!」
「――わかった」
 ぐったりと心架はため息をついた。こんな時相手をするもう一人が今はいない。
「まったく――行くぞ」
「ぇえ!」
 叫んだ心架の手によって、ラミルが馬車の中につっこまれる。
「なにを!?」
「心架!? リト!?」

 そして、二匹の龍が空を飛び去った。――その足につかまれた馬車の中では……

「っだーー!? はじめからそうしたらどうなの!?」
 と叫ぶリーファと、ぶくぶくと泡を吹くラミルがいた。


 ゆれが落ち着いてきたので、一定の高さを飛んでいるのだとわかる。小さな窓から外を覗けば、端に羽ばたく羽と揺れるしっぽが見えた。
 太陽は高く、まぶしい。――いったい、どこに飛んでいるのだろう。そう思った時、嫌な予感がした。
「……心架?」
「リーファ!? だめよ!?」
 リトの言葉にえ? と首を傾げる。体が強い風にあおられて、馬車から滑り落ちたのはそれからすぐの事だった。

「リーファ!!!」

 遠くで、何かが激突する音がする。それが、さっきまで自分の乗っていた馬車で、その馬車が川の中に叩きつけられたのだと理解するのに時間がかかる。
「………ぇ?」
「リーファ、頼むから脅かさないでくれ」
「心架?」
「人には羽はないんだ。あの高さから落ちたら、君は死んでしまう」
 人は、信じられないくらいもろい。
「ごめんなさい、心架」
 そっと、握り締める指の爪に触れる。不思議と、怖いとは思わなかった。
 その爪で、何かを引き裂く姿を見たことがあるのに。
「リーファ」
「はいはーいお二人さん。いいから、とりあえず降りましょう。リーファも、何か言いたかったんでしょう?」
「リトっ」
 からかうようなリトの声にほほを赤く染めた私と、一瞬にして不機嫌になった心架。
「そういえば! ラミルさんは!?」
「リーファ、あの男が心配なのか?」
「私が持ってるから」
 彼は、まだ泡を吹いたままだった。


 冷たい川の水に布を浸して、絞る。そっと木陰に戻って、ラミルさんの額に乗せる。その手をつかまれた。
「ほっておけば気がつく」
「心架、そういう問題じゃないわ」
「あんたも、倒れたらいいじゃない。リーファが看病してくれるわよ?」
「リト……」
 リーファはぐったりと声をあげた。心架は、確かにと呟いている。
「もう、二人とも……どこに行くつもりだったの? レント国の場所は知ってたの?」
「さぁ?」
「知らないわ」
「知らないって……」
 あっさりと言ってのけた龍に呆れた目を送るリーファ。そのリーファの肩をつかんで、心架が向き直る。
「何?」
 突然向けられた真剣な目に怯えるリーファ。引き寄せられるように、その腕の中にいた。
「道は、間違えたら戻ればいい。けれどリーファ、リーファの命は一つしかないんだ。馬車から落ちた時……心臓が止まるかと思った」
「……ごめんなさい……」
 抱き合って会話する二人に、リトはやれやれと首をふった。


2010.12.05
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