龍国の人間
(5)


「はぁ!!?」
「あ、おきた?」
「ぅわあぁ!!?」
「失礼ね」
 顔をのぞきこまれたラミルは、リトの顔を見て震え上がった。
「ぇえっと!?」
 少し落ち着いたラミルは、きょろきょろと辺りを見渡して――固まった。
「ぁあ、邪魔すると、空から落とされるわよ?」
「……はははは……」
 あとになって、しゃれにならないと彼はぼやいた。
「ほらほらおふたりさーん? おきたわよ?」
「……ち」
「……きゃぁ!?」
 舌打ちした心架と、ラミルと目があったリーファは心架を突き飛ばした。
「それで、どうするの?」
 彼らの足であったはずの馬車は、川の水にさらされていた。



 青い空を、大きな物体が飛び去る。太陽が隠れる一瞬、地面は影となる。
 ふと、畑を耕していた老人が顔を上げて、首を傾げた。

 方向さえわかれば、空から進む。
「強引すぎる……」
 小さく呟いたリーファの言葉は、風に置いていかれた。



 そして、彼らが国に近づいていく。問題は――

「王! あれは!?」
 突然、現れた影。人をものともしない巨体、広げられた羽。鋭い爪。
 あれは――
「龍?」
 あれが、龍。

「わ」
 すたんと足をつけたのは、どこかの……レントの国の、城の、一番上の塔だった。
 すぐ横で何かが落とされる音がした。
「きゃーー!? ラミルさん!?」
 彼はまた泡を吹いていた。
「弱い」
「弱小ね」
「二人とも!」
 なにしているの!
「せっかく運んでやったのに」
「本当ね。心架がわざわざ運ぶなんて、異例よ」
「それはそうね」
 確かに異例の事で――数年後に語り継がれる。
 確かにと妙に納得したリーファが、今いる場所を振り返る。そして、
バン!
 唯一ある扉が突然開いた時、リーファの姿は心架とリトの後ろに隠された。
「ラミル?!」
 等の真上に現れた男達は、中央に立つ人影と、泡を吹いて気絶したままの男に視線を向けた。
「そういえば、どうするの?」
 ふと、正面に武装した男達がいるにもかかわらずけろりと、リトが問う。
「なにが?」
 いったいなにが問題なのだと? 心架は不思議そうに問いかけた。
「だって、この人、気絶してるじゃない」
 この人、とリトが指差した先。
「おきろ」
 鈍い音。
「きゃー!? 心架! 蹴らないで!?」
 そしてあわてたリーファの声。
「お前達」
 じゃれあう三人に、低い声が響いた。
「なんだ?」
 邪魔をされて不機嫌な心架が、ゆらりと視線をあげる。彼らは凍りついた。それは普段、リーファに向けているものと比べ物にならないほど、冷ややかなものだった。
 一斉に、彼らが身構える。
「心架! 心架!」
 あわてて、リーファがその袖を引く。こぼれた桃色の髪が揺れる。
「だいたい、こいつが言ったから来たんだ。なのになぜ気絶している」
「本当、だらしないわー」
「あのねぇ。ラミルさんは普通の人なの!」
「リーファ、リーファのほうがよっぽどまともだ」
「……」
 そういいながらも、熱っぽく心架がリーファを見つめる。
「って、往来で手を握って口説かないの!」
 リトが、リーファの両手を握って両目を見つめる心架の頭を叩いた。
 やっぱりじゃれあい始めたリーファと、リトと心架を、城の者たちは遠巻きにするしかなかった。
 再び、あの目に射抜かれるのを怖れて。
「なにを固まっている」
「王!? ここは危険です」
「だが、いったい……」
 そう言って、道を空けたその先を見たレント国の王が、息を飲んだ。
「シェルラ?」
 それは、王妃(故人)の――

「まったく、世話が焼けるわねー」
 はぁとため息をついたリトが、心架に声をかける。
「やっぱり、起こすには水じゃない?」
「お前が」
「ふざけないで、私と水の相性を知っているでしょう」
「そうだったな」
 そう言って、心架が短く言葉を唱える。それは人には耳慣れないもので、聞き取れない。
 突然、宙に水の塊が現れ――ラミルの全身を襲った。
「まっ!?」
 なにをする気か思い当たったリーファの制止の声は、遅かった。
「!?」
 ばしゃんと、突然水をかぶったラミルが、がばりと起き上がる。
「気がついたか」
「いい加減にしないと、裂いちゃうわよ?」
「心架! リト!」
 まったく、話が進まないとリーファがうめいた。
「もう、困っているでしょう。ラミルさんも! あっちの人たちも!!」
「こいつが気絶したのが悪い」
「そうよ」
「ちょっと黙ってて!」
 リーファの一括に、しょぼんと、心架とリトがうなだれた。あれだけ大きな巨体を持ち、その羽で空を飛んでいた龍と同じだとはちょっと見ただけでは信じられない。
「ごめんなさい。気分は?」
「雨、が?」
「雨? いいえ? ――! ごめんなさい」
 ずぶぬれのラミルに、リーファがハンカチを差し出した。
「すみません」
「リーファ」
 声をあげた心架を、リーファは無視した。
「ここは」
「すみません、あの、たぶんどこかの塔の上だと思うんですけど」
「……! ぉぉおお王!!?」
 忙しい奴だなと、心架とリトは思った。首を回したラミルが、目を向いて驚いた。
 その視線の先に目を向けたリーファの視線は、自分のことを見つめる。どこか懐かしく、穏やかな視線と絡んだ。
(――だれ?)
 慌てふためいて扉の傍まで走りこみ、ラミルが何か平謝りしている。首を傾げたリーファと、まったく興味を示さない龍二人が、とても対照的だった。
「客人を客間へ」
 響き渡って、聞こえた言葉は、静かなもので、だけど雅国とは違って、どこか、温かみが感じられた。

「質素ね」
「リト」
「ま、雅国と比べるならこっちがいいわ」
 そう言って、柔らかい長椅子に寝転ぶリト、すかさず不審なものがないか探す心架。
 もうと椅子に腰掛けたリーファに、ラミルが声をかけた。
「すみません、王が」
「いいえ……えっと、いったいなんでしたっけ?」
「あなたが、いえ、それは王から話があると思います」
 リーファは、曖昧に笑った。
 答えることを拒否した事を、ラミルがとがめる前に、扉をノックする音が響いた。
 侍女が持ってきたお茶をリーファが飲んだが、三人分あったはずのお菓子の配分は二対一でリトのお腹に収まった。

「彼らは?」
「私の、友達です」
 一人で来るようにといわれたのだが、当然のように部屋の中に入ってくる二人。もちろん私も、それをとがめる気はしない。
「はじめまして、リーファ・西紀と申します」
 ゆっくりとひざを折って挨拶をする。私の目の前に立った男性は、背後に目配せをした。気遣わしそうな視線を強く抑えて、彼らの退室を促している。
「すまない。これで、良いだろうか」
 言葉は、私ではなく、後ろの二人に向けられていた。
「選ぶのはリーファの意思よ。もし違えるなら、許さないわ」
 それだけ言ったリトに、心架が引きずられていく。
「……ぇ?」
 ふっと、影が近づいた。広く、高い天井の部屋の中に、二人。
「シェリーナ」
 聞きなれない言葉と、伸ばされた腕。
 暖かい。


「あら? 話は終わったの?」
「うん」
「リーファ、顔色が悪い」
「大丈夫」
 支えようと伸ばしてきた手を払うも、支えられる。
 もう、だめだ。
「私が、本当に?」
「本当よ」
 流れる“血”が同じだと、龍が教えてくれた。

「我が娘」
「私が?」
「帰ってきては、くれないか?」
 はいと、言えなかった。それを心苦しそうに、見送る影。
「考える時間を、あげよう」
「はい」
 私の答えは、決まっていた。



「ごめんなさい」
「どう、してもか」
「私は、人だけど、でも彼らと共にいたいの」
「生きる時間も、価値も違う」
「知ってます」
 今までなんど苦労したか。でも。
「ごめんなさい」


2010.12.12
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