龍国の人間
(6)


「何たそがれているの?」
「リト」
「何よ」
「リーファが」
「わかっているわ。でもリーファは人間なの」
「ぁあ」
「だから、選ぶのはリーファなの」
「わかっている」
「……大丈夫なんでしょうね」
「いや」
 もし、彼女が、自分を捨てたら。その時はこの国を滅ぼしてしまいそうだと、心架はどこか冷静に考えていた。
「やめてよ。リーファが泣くでしょう」
 ひやりとした空気を感じ取ったのか、リトの声が震えていた。
「そうだな」
 泣いても、憎まれても。
「リーファ」
 あの時、手を取ってくれたのは、嘘ではないのだろう?



「彼らは龍だぞ!?」
「そうです!」
「なぜだ!?」
「だって!」
 所変わって、謁見室では、立ち去ろうとしたリーファの腕を取って王が声を荒げていた。それらは、確かに普通の人の龍に対する怖れから来る言葉だったが、リーファにとっては聞くに堪えないほど悲しい言葉だった。
「彼らを悪く言わないで!」
 ついに、リーファが叫んだ。
 国王がはっとして手を引いた。ぼろぼろと涙を流すリーファは、一歩、二歩とあとずさる。
「シェリーナ!」
「いや!」
 望まれて、伸ばされた腕。恐ろしくて、拒絶した。
「リーファが怯える」
「誰だ!?」
「白露……?」
「ごめん、遅くなった」
 いつ、現れたのだろう。感情が先走った国王の腕を取ったのは白露だった。
「王、あなたの娘でも、リーファに選ぶ権利はある」
「ふざけるな! お前も龍なのか!?」
「僕もそうだし、彼も」
 この時、白露の頭に浮かんでいたのは、有り余る力に傷つき、そして少女に救われた一匹の龍の姿。
 だが、自身もまた救われたのだ。彼女が、人であっても。人であるからこそ。
「リーファが嫌がっている。自分に都合のよい感情を押し付けるのはやめろ」
「なにを」
「リーファ、いいの? きっとこれが、人の世に戻る最後の機会になるよ」
「白露。私はもう決めたの」
 その時のリーファの微笑みは深く――国王が息を飲んだ。
「ごめんなさい。ありがとう」
 私は、あの国で生きる人でありたい。ただのリーファ・西紀として。



「心架! 心架!」
「リーファ?」
 飛び込んでくる体を受け止めて、抱きしめた。このぬくもりを手放す事など、できない。
「リーファ」
 そっと、あごに手を当てて、視線を合わせる。だんだんと近づく、距離――
「あ〜私もいるから」
「リト!?」
「もう、リーファも意外に二人の世界に入るときれいさっぱり忘れてくれるのよね」
「ごめんなさい……」
「リト、邪魔だ」
「心架!」
「はいはい。白露?」
「リーファ、王が呼んでいる」
 きゅっと、リーファが心架の服を握り締めた。その手に手を重ねて、心架が言う。
「お別れだ、リーファ」
「うん」


 三匹の龍に囲まれて、塔の上にいた。彼らは人と同じ形であっても、中身は違う。遠巻きにする人が、畏怖の念を抱いて近づいてこない。
「シェリーナ」
「ごめんなさい」
 最初に見た時の国王の印象が、変わっていた。いっきに歳をとったかのように見える。だけど。
「私は、戻ります」
 ここは、帰る場所じゃない。
「シェリーナ!」
 突然、引き寄せられた。国王に抱きしめられたのだとわかるのに時間がかかった。
「……すまない。だがまた、顔を見せてくれ」
 どこかで、響いた。ぁあ拒絶されてはいないのだと、うれしくなった。
「ごめんなさい」
 だけど距離をとった。
(また、いつか)
 母の愛した人、私の父。
「さようなら」
「シェリーナ!」
 龍の背に乗って空へ。迎えるように伸ばされた手を、振り払う。
 ごめんなさい。だけど、私の取った手は、もうここにある。
「リーファ、泣いている」
 言われて、はじめて気がついた。ゆっくりと空を進む心架の言葉に。
 泣いている、私。
「……ど、して」
 必死で、袖でぬぐう。
 どうしてだろう。悲しいのだろう? 苦しいのだろう?
 いつの間にか心架は地上に降り立って、羽がリーファを包み込む。次の瞬間、リーファは心架の腕の中にいた。
「リーファ」
 やわらかく、心地よい声に身を任せる。でも止まらない。
 後悔はしていない。だけど――
「わかって、もらえなかった」
 しゃくりあげた声はかすれて、いた。
 私が、どんなに、龍といて幸せか、きっと誰にも、わかってもらえていない。
 大きな声で龍を罵った王、泡を吹いて気絶したラミルさん。誰もが、龍を誤解している。
 その、架け渡しにもならない。自分。
「リーファ」
 心架の舌が涙をぬぐう。少しだけ上向きで、でも目が開けられない。されるがままに任せて、体が震える。
 彷徨う手に、指が絡まれた。
「リーファ」
 心地よい声、迎えられる言葉。どうしてこんなにも、落ち着くのだろう。
「心架」
 待っていたといわんばかりに、微笑んだ顔を見てしまう。熱い。かぁと、血が上ったのを自覚する。
「リーファ」
 どんどん、甘くなるように響く声。
 絡み付く腕、指、体。縛られる名、存在。それすらも心地よいと、任せる。

 私の、居場所――




龍国の人間 完
二.龍掟の試練(1)へ


2010.12.18
龍国の人間(5)   /  目次   /  龍掟の試練(1)