龍掟の試練
(1)


「王にも、困ったものです」
 彼はすでに、王と呼ばれていた。それは、先代の後継が生まれず、長い間混沌としていた彼らの、希望の光だから。か、それとも――
「いくら王といえど、あれだけはなりません」
「そうだ」
 王であり、王であるもの。彼らの望む、王の姿であらねばならないと。
 王、至高、傀儡、人形、なにがちがうのだろう。
「王には、ふさわしきものをあてがうべきです」
「王となった暁には、あのものに身を引いてもらい」
「王の傍を飾るのは」
「そういうのは構わんが、どなたが王に進言されるのじゃ」
 一番奥で、のんびりと言葉を聴いていた長老が言葉をかけた。
「王に伝えるのではなく、あのものに」
「それが王に知れた時、どうなると思うておる」
 からからと、笑う声。
「だが、例外は認められない」
「例外ではあるまい。何、そう悲観したものでもない」
「なんだと?」
「それが古来からの掟だと、王に話すしかあるまい。小細工はあの王にはききはせんよ自身の身が大事ならば、余計な事はせぬべきじゃな」

 どこの世界にもいるものだ。そのためを思って、自ら積を負うことを美徳として、時に迷惑となる存在は――


「どう、して?」
「あなたは、王にふさわしくない」
「だけど」
「お分かりにならないのか?」
「でも」
「時間がないのだ。聡明で、賢明な判断をお願いする」
「そんな――」


「リーファ、リーファ!」
「! ぁ、……しん、か……?」
「リーファ!?」
 ぼんやりと、心ここにあらずといった様子でさ迷い歩いていたリーファに声をかけた心架。振り返ったリーファが、心架を見て震えた。
 耐え切れないと、涙を流した。
「リーファ!?」
 しかし、どんなに問い詰めても、リーファが口を割る事はなかった。


「ちょっと!? リーファが泣いたって」
 荒々しく洞窟に飛び込んできた一匹の龍が、絶句する。凍りつくような瞳、静かで、静かすぎるだけに旋律が走る。怒り。
「なんだ」
「いいえ。なぜ?」
「わからん」
 一向に答えようとしない。誰かをかばっているのか、守っているのか。そして一人で、苦しんでいるのか。
 それが愛しいところであるだけに、リーファの良いところであるだけに、持て余す怒りが大きい。
「リーファ」
 苦しんでいる。苦しませているのは、どいつだ。
「長老」
「白露?」
 呆然と言葉を漏らしたリトと違い、心架は先を促すかのよう一瞬視線を送っただけだ。
「この前、光の長老、来た」
 短い、言葉、それだけで十分だった。


「どういうことだ!」
「王!?」
「まさか、御身自ら!?」
「王!」
「うるさい。質問に答えろ!」
「王……?」
「俺は王じゃない。リーファに何を言った!」
「王、彼女は」
 心架の怒気に負けず、堰を切ったように八人の長老が口を開く。彼女は人間で、王にふさわしくないと。
 王、王、龍、人間。そればかり。
「うるさい!」
 時代の龍王にと望まれるだけある心架の言葉と、怒りと、力。まるで無数の針が突き抜けていくかのような、負荷がかかる。
「よほど殺してほしいらしい」
 一歩でも動けば、その首が落ちるかと思うほどの、殺気。長老達ですら息を飲んだ。
 これが、王と望まれたものの力。彼が王となるのであれば、自信が犠牲になろうとも、構わない。
「王、あなたは一時血迷っているだけです。彼女がいなくなれば、その感情もおさまる事でしょう」
 彼は、知らない。
 心架は、笑った。
 彼は知らないのだ。王と望まれる前の心架を、彼女がどれほど、心架の心をしめているか、を。
 心架が、笑った。
「首を落とされたいか」
 まだ、問いかけるだけの理性はあった。
「私の首一つで、あなたが正気にかえるなら」
「いい度胸だ」
 狂いかかった心架を救ってくれたのは、リーファだ。
 心架が、動いた。
「王、どうぞそこまでにして下さい」
 と、第三の声がした。
「心架!」
 龍の巨体と尾を翻した心架に、リーファが抱きついた。
「リーファ?」
「王、どうぞお怒りを納め下さい。このままでは、九つある長老の八つが消えてしまいます」
「俺は困らない」
「心架!」
「王、どうか」
「リーファ、大丈夫か」
 闇龍の長老の言葉は、聞こえていなかった。
 ため息をついた闇龍の長老は、他の長老を振り返った。
「馬鹿な事を」
「王のためを!」
「王が!」
「それが余計だというのだ! わからぬのか!」
「だが人間など」
「そうだ! 人間など!」
「何度も繰り返すのはやめろ。その首、落とされたいか」
「心架!」
「俺は王になる事を望んではいない」
「それは困ります王。ですから」
「うるさい。お前達がリーファを消すと言うなら、お前達を消してやる」
「王、どうか落ち着いてください」
「俺は落ち着いている」
「心架!」
「リーファ、すぐに」
「心架!」
「リーファ?」
 悲痛な叫びに、心架がふとリーファを見た。
「……いや」
「すまないリーファ、すぐに終わらせて」
「やめて!」
 人の世を捨てて龍の国に住むリーファ。リーファのために龍の道を踏み外す心架。見ていられない。
 相容れない事はない。けれど、どちらかを消す事しか、選べないの?
「もうやめて……」
「王、申し訳ありません」
 闇龍の長老が頭を下げる。
「彼らが先走ってしまう事を、止められませんでした」
「俺を王と崇めておいて、このざまか? 闇龍の長老(玉苑(ぎょくえん))」
 涙を流すリーファを胸に抱きとめて、しかし厳しい表情で心架は睨む。
「どういうことだ、翼龍の長老(高翔(こうしょう))、焔龍の長老(熔(よう))、水龍の長老(流麗(りゅうれい))、地龍の長老(戒(かい))、華龍の長老(樹珠(じゅず))、鋼龍の長老(徹固(てっこ))、雷龍の長老(堂牙(どうが))、光龍の長老(刻(とき))!」
 旋律が、走った。王と崇めた心架の言葉は、彼らを従わせるだけの力があった。
 八匹の長老が、心架のもとに頭を下げた。
「王、お聞き下さい」
 それを見送った玉苑が声をかけた。
「なぜだ」
「王」
「心架」
 拒絶した心架に、リーファが顔をあげた。その、涙の残る表情に、心架が負けた。
「なんだ」
「リーファ・西紀は、人間です」
「それがどうした」
「王、龍の掟に従って、彼女には――」
 王が、王となるべく試練。龍国をまとめたはじまりの龍の、掟。そこにある一説。
「人が、龍王と共になるべく受ける、試練を」
「駄目だ」
「はやっ!?」
 遠巻きに、傍観していたリトがつっこんだ。
「そんな何が起こるかわからないような危険な事リーファにさせられない」
「心架、私、受けるわ」
「リーファ!?」
「だって、心架の横に立つために、必要なのでしょう」
「リーファ、異を唱えるものは消していく」
「だめよ心架。お願い。私にも、私が認めてもらうための機会を、頂戴」


2010.12.30
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