龍掟の試練
(4)


「リーファ」
 リーファを置いてきぼりにしたことがある。そのたびに不安そうにしていて、戻ってくるとうれしそうに笑う。
 逆の立場だと、はじめて知った。



「だーから! 放しなさい白露!!」
「リト、放すと危険」
「なによその猛獣扱い!!」
「龍だよ?」
「かわいく首を傾げるな!」
「えー」
「だからはなーせ!」
 と、何かを察したかのように白露がリトを心架から遠ざける。
 それは、おそらく、さっしたのだろう。
 その洞窟の、出口に向かっている、人影を。
「はーくーーろぉぉーー!!?」
 リトの叫びが遠ざかっていく。



 光が、見えた。それと、なぜか、よく聞きなれた叫び声も。
「リト?」
 また白露と争っているのだろうか。
 ということは、外、だ。
「――心架」



 足音が聞こえた。はっきりと、しっかりと。
 駆け出したい気持ちを抑える事ができない。だが、動くわけに行かない。
 ここまで来たリーファの気持ちを、踏みにじるわけにはいかないから。
 だが、抑えられない。
「リーファ」
 だから、呼んだ。
「リーファ!」



 声が聞こえた。
「心架」
 あなたは、そこね。私は、ここよ。
「心架!」
 動いて、私の体。お願い、あそこまで。心架がいるところまで。
 私が、帰る場所まで。



 もどかしく足を運ぶ音を聞いていた。鈍い音に、早くと思いながら、同時に焦る。
 どこか、負傷しているのか?
「リーファ!?」

 ふっと、入り口に姿が現れた。
「しん、か?」
「リーファ」
 ほっとしたように、心架の顔を見たリーファが笑う。うれしそうに、笑った。
「リーファ、……笑わなくていい」
 腕を引いて心架はリーファを抱きしめた。そして言う。
「し……」
 リーファの言葉が、続かなかった。嗚咽が漏れる。口元を押さえた手が意味を成さない。肩が震える。
「心架」
「リーファ」
 震える声で、呼んだ声に答える声。
 だけどもう答えられない。悲しくて、苦しくて、辛くて。
 うれしいのに、うれしいのに。
 この場にいることが、できて――
「ぅわぁぁぁああーー」
 私を抱きしめる心架の腕に力が入っても、気にならなかった。ただ崩れそうでも、支えてくれたから。




「リーファ!!?」
 目が赤いからどうなるかと心配していたが、姿が見えた瞬間それは吹き飛んだ。
「リト……?」
「リーファ!!!」
 突撃されて、抱きつかれた。埋もれるようで、苦しい。
「リト、リーファが苦しむ」
 息もつまるかと言うほどの中で、助け舟が出た。
「は、白露」
 言葉につまると、ようやくリトが体を放した。
「リーファ!!」
「ぇえ、リト」
「リーファ!」
「心配かけてごめんなさい」
「本当よ! 干物ジジイどもを消し炭にしようと思ったわ!!」
「手伝うよ」
「白露! 止めてよ!!」
「いい案だな」
「心架!」
 あわてて叫ぶ、声がかすれた。けほけほと咳き込むと三人があわてた。
 み、水! と心架が呟いた、瞬間。
 ざっぱーんと、頭から水がふってきた。まるで満杯の水瓶をひっくり返したかのような勢いで、私と、あと三匹の龍がずぶぬれになる。
 心架は水の属性は持っていないが、精霊を使役する力はある、動揺が、伝わったのだろう。水を飲ませようと用意しようとしてくれた、その気持ちはわかる。
 それにしても、だ。
 ぽかんと、心架が立ち尽くす。意表を付かれたかのようにリトの目が点になる。白露は、目を見開いていた。
 ぷっと、笑った。あまりに面白くて、噴出した。
 お腹を抱えて笑った。
 安心した。変わらないことに。
 お腹を抱えて笑っていると、三人が苦い顔でこちらを睨んでいる。だから余計に、笑えて――涙が流れた。
「……あれ?」
 私が、一番驚いていた。
「どう……な」
 悲しくなんてないのに、なんで?
「リーファ」
 ぎゅっと、心架に抱きしめられた。
 ぁあ、落ち着く。これが、これに、安心した。変わらない、望んでいた、もの。
 彼らと、共にいる私。
 震える手で心架の服を握り締めた。祈るように、かすかに、呟いた。――消えないで、と。
 力強く答える声を聞きながら、私はただその力に身を任せるまま、意識を手放した。




 意識を失ったリーファを抱き上げて心架が歩き始める。この龍国で、リーファのために用意された部屋に連れて行って休ませるのだろう。
 それを見送って、リトは仁王立ちしていた。
「これで、邪魔は無くなったわね!」
 とても、晴れ晴れと。そして内心でざまあみろと彼女が言うところの干物に下を付き出す。
「リーファ、よかった」
 白露も、続いた。
「当たり前でしょう! リーファなんだから!」
 リトが、ぐるりと振り返る。半分睨まれるような視線にも、白露は動じない。
「認められないなんて、ありえないわ!」
「うん」
 こっくりと、白露も頷く。だがその目に宿ったのは、険悪な光。
「なのに、あれだけリーファを追い詰めるなんて、試練って、なんなの」
「わからない」
「あの干物、丸焼きにしてやるわ」
「石釜の中でね」
 あのリーファが傷つけられたのだ。
 二人には、それだけで十分。




 人のために作られた寝台の上、白いシーツの上にその体を横たえた。力なく寝入るその姿を見つめて、頬にかかる髪を払った。
 掛布をあげて、その吐息が落ち着くまで。
 そう決めて、心架はすぐ傍に座り込んだ。
 もう少しだけ、傍に。
 離れがたい。
 いつも、傍にいなくても存在は感じていたのだから。なのに、あの洞窟に入ってしまってからはわずかにも感じられなかった。その存在。
 今、目の前に。
「リーファ」
 今は、ゆっくりおやすみ。



龍掟の試練 完
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2010.12.30
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