龍王の花嫁
(1)


 いくつもの月日を、時間を、共にいた。
 例え、それが彼らの中で瞬く間だったとしても、私の一生。
 だから、いいの。
 比べる必要はない。怖れる必要もない。
 ただ心が望むまま、望む時間を。
 ただ一つ心残りなのは、残してしまう、あなた。





 目覚めると、顔を覗き込まれていた。
 互いに名を呼び合うことすらもどかしく、手を伸ばして、その腕に抱きかかえられながら口付けを交わした。


 そして――


「リーファ?」
「心架!」
「リーファ!! 動かないで!!」
 部屋の扉を叩く声に振り返って、その姿を見る暇もなくリトに正面を向かせられる。
 首がなる……
 鏡越しに見えたその姿に、少し、顔を赤くした。それに気がついたのか、リトがはぁとため息をつく。
「まだ、よ」
 ゆっくりと睨まれた心架は、しかしひるむにはもう、遅すぎた。
 つかつかと一直線にあるいて、私の腕をつかむ。逆らわずに、立ち上がった。
「リーファ!」
 もうとむくれながら、大急ぎ手リトがベールをかぶせてくれた。それも半分、走っているような状況で。
 白い、服。
 白い、ドレス。
 ふわりと、舞い上がった。すそ。そのまま抱き上げられた。
 しかも、心架の右の肩に座るかと言うような位置で、その腕に乗っていた。
「心架!」
「きれいだ」
 穏やかとはいえないほど熱っぽく見上げられていて、かっとリーファの顔が朱に染まった。もうと呟いて、顔をそらした。
 それを見ていた心架は、楽しそうに笑っていて、ちらりとリーファは視線を送る。その視線すら、重なって――
 再びリーファが顔をそらそうとした時、心架の左手がそのほほに当てられた。


 入っていた建物はそう広くもなく、あっという間に外に出てしまった。
 ざっと風が舞っていて、ベールとすそを翻した。髪に刺してあった白い花びらが飛ばされて、きれいと思う反面残念だ。
 と、隣の心架の姿が変わる。
 翼龍と呼ばれる種族の名にふさわしく、その翼が大きく広がる。
「心架?」
「乗って」
 なんだろうと不思議に思いながらもその背に乗る。慣れ親しんだその背につかまると、心架が地を離れて飛び立った。

「龍王〜!」
「龍王!!?」
 龍国でも中心となる谷を離れて飛び去る心架の姿に、慌てふためく姿がある。
 彼らは一様に次の王、いや、今まさに王となるべく龍の姿を追う。いや、追おうと……
「まだ、元気があるのか」
 冷ややかな声に遮られた。
「白露!」
「お主! わしらを閉じ込めてどういうつもりだ!?」
「どういうつもり?」
 そこに、華やかであるも灼熱を思わす声が加わった。
「干物になりそこなったのね」
 にっこりと微笑むリトのその手に、炎。その後ろに長老を囲む石牢を作り上げた白露。
「よくも、リーファを苦しめたわね」
「あっあれは試練であって――」
 言い訳が苦しい。
「する必要はないでしょう?」
「いらない」
「心架は龍王なのだぞ!?」
「そんなの、心架が望んだわけじゃないわ」
「勝手に決めた」
「迷惑よ」
「お主らも知っておろう! 心架の力を!」
 はぁと、わざとらしくリトはため息をついた。まるで、聞き分けの悪い子供に対するように。
「それが、なんなの?」
 彼らにとって重要なのは、力ではない。心だ。




 風を切って飛ぶ心架の背につかまっていた。龍国は島で、他の国とは隔離されている。海岸線に向かっているのか、塩の匂いがする。
「わぁ」
 光を反射する、海が見えた。
「リーファ」
「なーに?」
 と、呼ばれた声に答える。それっきり、返事がない。
「心架?」
「………」
「私、心架が好きよ」
 と、ぐらりと視界が揺れた。
「え?」
 そのまま、斜めになる。
「ぇえええーー!?」



「リーファ」
「は、はい?」
 あのまま海岸に下りた心架が、人型に戻ってがしっと両肩をつかんで、真剣な目で見つめてきた。
「あの、怒った、の?」
 がっくりと心架が肩を落とした。しかし肩に置いた手は落ちない。
「リーファ」
「はい」
 顔を上げた心架は、なんとも言いがたい顔をしていた。
「頼むから、俺の理性を失わせないでくれ」
「ぇえっと?」
 これでもずいぶん、待ったんだぞと、心架が言う。
「………?」
 しばらく考えて、リーファは首を傾げた。
 ちょっと、いやかなりかわいかった。
「リーファ」
 何? と答えようと思って、力強く抱きしめられてリーファの声は言葉にならなかった。
「愛してる」
 その言葉に身を任せるまま、リーファは目を閉じた。



 ぱしゃんと、足に打ち付ける波。白いドレスをたくし上げてリーファが波打ち際を歩いていた。
 もちろん、隣に心架も。彼は波のかからない場所を、リーファの白い靴を弄びながら、その後ろ姿を見つめていた。
 ドレスといっても、細長い形のものだ。肩を支える布と、胸元にフリルと刺繍。腰元を少し絞り上げるように細く、そして足元までまっすぐに伸びた、白い布。シンプルだ。
 そういえば、この服どしたのかしらと、リーファが立ち止ったその時、心架の手が伸びた。
「そろそろ行こう、リーファ」
 どこか名残惜しそうに、再び心架がリーファを抱えあげた。
 実は、日焼けすると心配もしていた。
「ん」
 リーファが答えて、そして二人は再び空に舞い上がった。




「わぁ!」
 今度は海岸を離れて、森の上を飛んでいた。途中で目を閉じてと言われて、リーファは目を閉じていた。
 その宙に浮いていた足が大地についた時、背に感じる温かみと声に目を見開いてリーファは笑った。
 白い、花畑。
 それはリーファのベールを飾る花だ。それが当たり一面咲き誇っていた。
 足元から、見渡す限り、白。
 走り出したリーファは、花畑に埋もれていた。
 楽しそうに走り回るリーファを、今度は少し遠めに心架が見つめていた。
 リーファの足元から舞う花びら。風に飛ばされて、舞っている。
 その腕に白い花いっぱい抱えてリーファが戻ってくるまで、心架は静かにその姿を見守っていた。
 また日焼けするとひやひやしていたが。


「見てみて! 心架!」
 考えていた通りにリーファが両手に花を抱えて戻ってくる。その花を見て、そして心架は動いた。
「リーファ」
 重なっているのは、唇で、花束の中なら抜き出された一輪の花がリーファの髪を飾った。
「……もう」
 自由になった唇を尖らせて、リーファがむくれていた。
 楽しそうに心架が笑う、すると急に、その表情が真剣なものになる。見上げた、先。
「行こう」
 花の香りを楽しむリーファの手を取って、心架は歩き出した。その先を、リーファは知っていた。



「お母さん」
 この国でエーナ・西紀と呼ばれたリーファの母親。シェルラ・レント。その昔、この龍国にリーファと共に海岸に流れ着いた、人間。
 海岸の先、海を臨む絶壁の上に立てられた墓標。静かに、リーファは花を置いた。
「エーナ」
 祈るように両手を合わせたリーファの隣に心架がひざをつく。
「幸せに、するから」
 だから、見守っていてくれ、エーナ。
 いつも海を見つめていた。もとの国に戻る事を、本当は彼女は望んでいた。しかし彼女は、娘のためにそれをやめた。
 龍と共に生きる。娘(リーファ)のために。


2011.01.05
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