龍達の恋心


 この世界で龍は、二つの属性を持って生まれる。
 そしてその属性の強いほうが、その龍の種族となって現れる。
 例えば、風と光の属性を持った翼龍(心架)。
 鋼と地の属性を持った鋼龍(白露)。
 そして、焔龍のリトは――


 この力が嫌いだった。認められるものと、認められない力。それぞれは問題ないのに。それが、私の中に二つ、あるという事実が邪魔をした。
 何よりも、強さが求められる世界だ。
 一番は父だった。強い焔龍から王が生まれることを、彼は望んでいた。
 母も、焔龍の仲間も。いや仲間と呼べるものなど、いない。
 だけどリーファは違った。リーファだけは違った。知らなかった、世界があった。
 彼女の周りは、暖かかった。一番にはなれないと、知っていた。けれどそれでよかった。
 リーファが幸せになるために。
 だから、私は――


「暇ねー」
「リト、おとなしい」
「何が言いたいの」
「別に」
 うーんと、伸びをしたリトの真横にいた白露が数歩下がる。
「なんで逃げるの」
「当たりそうだから」
「当てようと思ったのに」
 がたんと、リトが立ち上がる。この龍国では必要ないのに、二人は人型のままだった。
 もうなれてしまった。この姿でいることのほうが。
 何よりもリーファに、あわせるこの姿が。
「暇だわ」
 窓を乗り越えたリトが、龍となって風に乗った。



 きまぐれが、はたらいた。
 羽音をたたんで、地に下りる。龍国の中心を飾る場所から離れ、焔龍の里。
「なーんできたのかしら」
 いつものように人型になって、腰に手を当てて考える。
 遠めに見える、焔龍の姿。遠巻きにしている。
「何をしている」
 苦々しい呼び声に、ゆっくりと振り返った。
「何をしにきた。里を去って消えたと思えば」
 歓迎してもらえるなんて、考えてもいない。期待してもいない。つもりだった。
 だが帰ってきてしまった。
 きっと唇を噛んで前を見据えた。その行動は予想外だったのか、父親が一瞬言葉を止めた。
「関係ないでしょう」
「リーティア!」
 違うと、心が反論した。叫びとどめる声を無視して、走った。逃げるように走り去った。
 目指す場所はひとつで、まっすぐに向かっていた。途中。
 飛来したものに、反応するのが遅れた。
がっ
「……っ」
 人の、皮膚は弱い。額に当たった場所から、血が流れた。
 囲むように向かってくるのは、焔龍。
「なんの用?」
 長い髪を払って、まったく、意に介さぬように。涼しげに。
「なぜ戻った! 出来損ない!」
「さっさと出て行け!」
 ずきりと、鈍く痛んだ。
 私は、“焔龍”ではない。火と花の属性を持つ、火龍であり、華龍。花の属性は、龍の持つ属性の中で一番弱く。また、ほとんど生まれない力だ。
 本来、火の力が強ければ焔龍、花の力が強ければ緑龍に。しかし私は、どちらにもなれない。
 相反する属性を身に持った、どちらにもなれない存在――
 飛来し続ける石を避けるのも、億劫でならない。だからそのままにしていた。
 と、
がっ
「白露!?」
 目の前に飛来した影も同じく人型で、リトをかばうようにすべての石を受け止めていた。
「鋼龍……」
 石を投げていた焔龍達は、しかし岩や石をつかさどりさらに堅さを誇る鋼に対抗するのを怖れて攻撃を止めた。
 そそくさと逃げていく。
「なにしてるの」
 低く、冷ややかな声だった。
「痛い」
 相手は相変わらず、とぼけた様子で額をさすっている。鋼龍の名はだてじゃなく、皮膚も堅いのかもしれない。……そうじゃない。
「白露!」
「リト、泣かない」
「殴るわよ」
「いたい……」
 断ってから、殴った。
「何しにきたのよ!」
 感情が、抑えられない。高ぶるままに上がる、熱。
「リト、落ち着いて」
「これが落ち着いていられ!?」
 途中で、噛んだ。しまった、せりふが長すぎた。地味に痛い。
「大丈夫?」
「うるさーい!!」
「リト、泣かないの?」
「はぁ?」
「行こう」
 と、ぐっとひっぱられた。かなり強い力だった。普段、容赦なく窓から叩き落している人物と同一とは思えないほど。


 連れてこられた場所は、焔龍の里から離れた、森の中だった。私を連れてきて満足そうな白露が、振り返った。
「よく、頑張ったね」
「どういう意味よ」
「悲しまないで」
「なんなのよ」
「リト」
「うるさい」
 うるさい。うるさい。うるさい!
 なんなのだろう。どうして、かき乱すのだろう。
 いらいら、する。
 抵抗らしい抵抗を、ここに来てありったけの力をこめて抵抗した。
「放してよ! ほっといてよ!」
「嫌だ」
 いつものらりくらりとつかみどころのない白露とは思えないほど、はっきりした言葉だった。
 驚いて、相手を凝視した。その視線に気がついたのか白露は照れくさそうに笑った。
 いつも空気と同化する事を、彼がなぜ願うのか誰も知らない。ただリーファだけは、誰の目にも心にも残らないように振舞う白露も、リトの前で彼女の心を傷つけないように振舞う白露も、知っていた。
 前者は、狂気的な母の手から逃れるため。後者は、ただ緊張しているのだと。
 白露は知らないのだ。閉じ込める以外の、方法を。ただ歯止めのきかないこの瞬間に溢れた思いの、伝えかたを。
 知らないと、思い込んでいた。
 だが違った。一言でいい。それでいい。この思いを、口にすれば、それでいい。


「リト、大好きだよ」
 しまった、とリトは辺りを見渡したが、リーファがいない。心架もいない。
「信じてないね」
 心なしか傷ついた白露の声。
「信じられない」
「リト、他の事は考えないで」
「無理だから」
「でなければすべて消してくるら」
「リーファに何かしたら刺すわよ」
「刺す時は、ここを、間違えないで」
「……冗談よ」
「愛してる」
 と、突然だった。
「だから、泣いて」
 火龍でも、華龍でも、リトは、リトだから。
「……勝手よ」
「うん」
 絞り出した声に、答えた。
「嫌い」
「うん」
 目を見開いた白露は、次に笑った。
「嫌いよ」
「そうだね」
「話聞いてるの!?」
「耳痛い……」
 少しだけ爪先立ちになって、耳に噛み付くかというほどの距離で叫ぶ。
「痛いよ。リト――だから泣こう」
「……勝手よ」
 その、皮肉でも打算でも拒絶でも虚偽でもない、心を傾けてくれる言葉。
 あるのは、心配と、それと、少しの――
「勝手よ」
 火龍で、華龍だと、はっきりと境界線をしかれていた。立ち入れない。弾かれる。
 そんな、日々。
 でもリーファは違った。だから。
 そして――
「わっ」
 懐近くに相手がいることを許す距離、それよりももっと近く。心音が触れるかというほど、近い距離に引き寄せられる。
「白露!」
 ぽんぽんと、頭を叩かれる。
「なに」
「泣いて、リト」
「だから、なんで」
「リトは、リトだよ」
 ぁあ母も父も焔龍の里の龍たちも、認めてくれなかった、たった一言。
 食いしばった歯と歯の間から、嗚咽が漏れた。泣き崩れは、しない。けれど――
 しがみ、ついた。
 悲しくて、苦しくて、暖かくて、羨ましくて。
「リト」
 本当に泣かれて、いや望んでいたにも関わらず、どうしたらいいのかわからない。ただその体を、包み込むことしか。
「リト」
 流れる涙を、なめとった。

「――っ」
 されるがままに、少しだけ顔をあげた。途端にふってくるものに逆らわずに、いた。
 震える手、暖かい手。
 火龍でも華龍でも、認めてくれる。
 嗚咽が、耐え切れなくなってきた。口元にもっていく手はつかまれて、その口はふさがれて。
 苦しい。もう泣いているのが、どうしてだったのかよくわからない。息が苦しくて。
 そして――
「なにしてるの」
「いたい」
 明らかな意思を持って動き始めた腕をひねり上げた。
 とても残念そうに白露が嘆く。笑った。
「大好きよ、白露」
 その首に腕を回して抱きついた。開放した手が背に回る。
 きつくきつく、息が出来なくなるくらい。

 戻ってきたリーファが驚くわねと、どこかで冷静に考えている。そこまで熱に浮かされていくのは、すぐあとの事。



―おしまい―


2011.01.06
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