「バイアジュの第三王女?」
「はい」
「―――彼女なら、この国を救えると?」
「そう、でました」
「何を愚かな! よりによって奇人と名高い第三王女か!?」
「止めろ」
「………」
「その娘だけなんだな」
「はい……」
「ならば、すぐに書状を送ろう」
「陛下!」
「名目は、わかっているな」
「「「………」」」




「お呼びですか?」
「スカットレシュール」
「……何か?」
 王の間に現れた王女の表情が、途端に厳しくなる。仰々しい本名を呼ばれて、不愉快そうだ。かもし出す雰囲気も、今まさに踵を返して走り出しそうなくらいだ。
「お前に、婚約話がきた」
「………どういうことですか? お父様」
 一段と、王女の声が低くなる。そして小さくなる国王の声。
「わかっている。しかし、それはルゼからの申し出なのだ」
「“その姿は天の見使い、咲き誇った白の花”と呼ばれる第一王女(レン姉さま)でなくて、“その姿は星降る夜空、漆黒の輝き”と呼ばれる第二王女(ティリ姉さま)でなくて、私だというのお父様!」
「そうだ」
「どうして! 私は他国には嫁ぎたくないと言ったでしょう! だからこそ、今までそのために条件もすべてはたしてきたって言うのに! なんで!!?」
「スーシュ、すまない」
「お父様……!?」
「あの国に攻め込まれたら勝てない」
「なんで婚約話を持ちかけてきているはずなのにそんなに物騒なのよ!!!」

 誰もが納得できるだろう。しかし、婚姻を結びたいという書状には、確かに武力行使も厭(いと)わないとの文字があった。



「第三王女……? あの、自国内ですら奇人と歌われる?」
「おや、私はそこにじゃじゃ馬が入っておりましたが?」
「一向に表に出てこない影の王女、二人の姉姫に比べだいぶ見劣りするとか」
「本人自身もだいぶ変わっていると聞いた事がある」
 広まる噂。ルゼにも、バイアジュにも。


「お父様!」
「レイリーンジェリス、ティアノーラリイト」
「ルゼからの婚約話の相手が、スーシュだったというのは嘘ですわよねぇ!?」
「そうでしょうねぇお父様! 私でしょう?」
 金の髪を腰まで伸ばし、青の目、その姿は天の見使いと称されるレイリーンジェリス。第一王女。
 漆黒の髪を結い上げ、翡翠の目、その姿は星降る夜空と称されるティアノーラリイト。第二王女。
 二人が懇願するように国王に詰め寄っている。
「レンジェ……ティアリー……残念だが本当だ」
「なんで!」
「どうして!?」

「―――そんなの私が聞きたいわよ!」

 この国では一番多い亜麻色の髪、黒の目。誰からも奇人と称されるスカットレシュール。第三王女は叫んだ。
「スーシュ!」
 王の間に呼ばれたというのに正装もせず、まるで庭師のような格好のまま、第三王女は走り出した。



「ジュア!」
『スーシュ?』
 王の間を出て、真っ先に走りついた大樹の下。しがみ付いて、ずるりと足の力がぬける。
「…………」
『スーシュ? ……泣いているの?』
「どうして? この国を出なくていいように国内と各国に噂を広めたのに――」
『………』
 悲しみにくれる王女を慰めるように、大樹の葉がざわめいた。

 この城の中心に立つ大樹。この城はそこだけぽっかりと抜けて光を通すように作られている。そこには天井もない。――まるで、木の周りに城を建てたように。
 風が吹きつけ、ゆれる。木の枝が伸びるのに支障のないほどに取られた空間。




『お父様!』
『どうした? スーシュ?』
『お願いがあります』
『スーシュ?』
『この国のためなら何でもします。けれど、――だけど私は、この国を出て他国には嫁ぎたくないの――』

 だから――




「――ん?」
『おきた? スーシュ』
「ジュア……」
『どうしたの?』
「私……」
『うん』
「行きたくない」
『――知ってるよ』
「行きたくないの」

 泣かないで、スーシュ。
 その日、残された大樹が朝日を浴びる、緑の葉を輝かせる。大樹ジュアが、一台の馬車を見送った。



『スーシュ王女様!』
『三の王女!』
「――樫の木?」
『こんにちは!』
「どうしたの?」
 いつもなら、恐れ多いというように木々たちはあまり話しかけては来ない。小さい木々はそうでもないけども。
 白いドレスに身をつつんだスーシュは、身を乗り出して窓の外を覗き込む。ガラガラと馬車が進み視界が動いていく中、木々たちがかわるがわる声をかけてくる。

 ――“木と話す乙女”――

 はじめて、ジュアと話をした時の事はもうよく覚えていない。気がついたら、まるで父親と母親と話すように話をしていた。周りの人々が怪訝そうに、まるで違うものを見るように私のことを見ていたと気がついた時のことだけは鮮明で。

 “木”と話すことは、誰もができるのだと思っていた。当たり前で。当然。でも思い出せば、話している木々の間に立って話を聞いている時も、面白くて笑ってしまった時も、木々たちは驚いていた。

『ねぇジュア? どうしてみんな驚いているの?』
『昔はね、スーシュ。誰もが木々と話をしていたんだよ。でも、長い長い時間を越えて、僕達より長く生きるヒトは、木と話すことを忘れてしまったんだ』
『私は?』
『時々、木の言葉を覚えているヒトが生まれるんだ』
『それが私?』
『そうだね』


『王女様?』
「あ、ごめんなさい」
『あのねあのね!』
「うん」
 今話しかけているのは楡の木だ。こうやって、馬車の中でたった一人という孤独をやわらげてくれる。
 父とも姉達とも、義務的な挨拶をして別れた。話を聞いたのは昨日。出立は次の日の朝。城下を出るまでは、国民が盛大なお見送りをしてくれたが、今はもう、その声も遠い。
 たった一台の馬車に、持ち物すらほとんどない。嫁いだ先では、もう母国の服を着る事すら許されないのかもしれない。――政(まつりごと)の道具――。
「ジュア……」
『……王女様……ジュア様に会いたいの?』
「……ええ」
『あのね! ジュア様も会いたがっていると思うの! だからみんなに王女様にお話しててって言ったと思うの!』
「ジュア、が?」
『ジュア様王女様大好きだもん!』
「そうかしら」
『そうだもん! だから、王女様』
「なあに?」
『また帰ってきてね!』
「―――」

「スーシュ様」
 外からの呼び声にはっとさせられる。楡の木の言葉が頭をぐるぐると回っている。
「な、に?」
「―――これより、国境を越えます」
「国境……」
 焦るように扉を開けて、馬車を降りる。目の前に広がったのは荒野。高い崖の上に立っている。後ろは、小さな楡の木が混じる。森。
 ここを下りて荒野に踏み出せば、そこはもうバイアジュ国ではない。

「ジュア……」
 ゆっくりと森を見渡して、城の方角を見つめる。大樹を愛しむ国(バイアジュ)。

『いってらっしゃい! 王女様!』
「いってきます」

 第三王女は、馬車に乗り込んだ。



  目次   2.しゃべらない木