「母上は、あの通りの人なので、気に病まなくていいよ」
「……」
「あースカットレシュール?」
「はぃ?」
「ごめん、気を悪くさせてしまったね。母上は、ああいう人だから、あまり相手にしないように」
 そう言った第二王子の表情は遠く、どこか別の場所を見ているようだった。
 首を傾げながら見上げる。その視線が合うことはない。
 珍しい事だった。第一王子ならいざ知らず。この第二王子が、まったくこちらを見ようともしない。
「仲悪いんですか?」
 その質問に、第二王子はまた、母上はあの言う人だから、としか答えなかった。
「そういえば、木に登っていたと聞いたけど。高い所が好きなの?」
 その言葉に、舌打ちした。



「王、第一王子、第二王子、第三王子、正妃、王妃」
 朝歩く回廊は明るく、気持ちがいい。
 今ある情報を集めてみる。次に何をしていいのかわからないので、違う事を考えてみる。
 まぁ家族構成がわかったところで、意味はない。
「はぁ……」
 長いため息を何度かついた。もうなんか、やってられない。外を眺める。左手に庭、右手には壁。
 ここら辺は、まだ緑だ。その先は、もう、荒野だ。ぞっとした。
 森がなくなっていく事に恐怖を覚えない、人間に。



 王のいない朝食は静かに終わって、平和だった。その後、お弁当を用意してもらって、森まで来た。――四人で。すでに意味がわからない。
「はらへったー」
「さっき食べたばかりでしょう、リベスト」
「けどさー」
「そうだ。まだ駄目だ」
 先を行く三人が分担してバスケットを持っているので……というか奪われたので、手ぶらだ。なんか、一人分には多すぎたから首を傾げてたところだった。なぜか担ぎ上げられたのは。
 大変そうだなーと思って第三王子の荷物もちを手伝えば、第二王子に持ってかれた。それが廻りめぐって第三王子に戻ってきたりなんだりで、意味がなくなったのでやめた。
 この兄弟は、仲がいいなとぼんやり考える。しばらくしてはっとする。羨ましいのかもしれない。
「スーシュ?」
 心配するように覗きまれて、飛びのく。確かに普段よりおとなしくしているが、心臓に悪い。
「気分でも悪いのか? わかった! ほら! やっぱりスーシュも腹減ったよな! 何か食べれば解決! なぁルゥ兄! ジャン兄!!」
「……人をだしにするなぁ!」
 手が出た。
「〜〜ってーいいじゃんかーほら果物もあるんだし」
「………」
 そういえば果物はある。森の木が枯れていようとお構いなし。他国から輸入しているらしい。
 新鮮な果実は、特においしい。
「って、それは関係ないじゃない」
「ひでぇ」
「なんでよ」
「スーシュ! 俺を助けてくれないのか!?」
 無視して、三人の王子の先頭に立って歩き出した。

 別に、これといって用があったわけじゃない。

 ので、

「何もないと?」
「勝手についてきといて何言ってんの」
 ぱくりと、バスケットの中のパンに噛り付く。城の食堂でこんな事をすれば、すぐさま教育係がやってくるだろう。
 もくもくと食べながら、絶句した第一王子から視線を逸らす。バスケットの中を見てから揚げをつまむ。だって、外だもん。
 もとは水が流れていたはずの小川の横で、昼食を取っている。
 食べるものもあれば飲み物もある。枯れ木の下では光は遮れないので、心なしか暑い。
 運んできたものは昼食のバスケットのはずなのに、いつのまにシートが出てきたのだろうか。
 気がついたら第二王子に席を進められた。そのまま座って、昼食。
 ほけっと一人和む第二王子に、早くも食べ終わりそうな第三王子、それと、片手にパンを持ったまま固まる第一王子。
 なんでピクニック状態なんだろう。
「わざわざ昼食まで用意させるから何事かと思えば……」
 なんか、ぶつぶつ呟きが聞こえる。
「早とちり」
 ぼそっと、言ってやった。第一王子の顔がきつくなった。ちょっとー怖いんですけどー
「まぁまぁ兄上。どうぞ」
 第二王子がお茶を渡してる……よっし、気を逸らしてもらうには完璧。
 つつつとバスケットの中身を見る。あれもこれもおいしそうだ。ゆで卵にしよう。第三王子に食べられる前に。
「リベスト、そんなに食べたら私たちの分がなくなります。あなたの分は、別に届いていつのですから、そちらになさい」
 新しいお弁当が誰によってどこから届けられたのか。考えないようにした。



「……ふ……」
 食べてお茶を飲んでほけっとしていたら、眠くなってきた。あくびをかみ殺していると、視線が突き刺さる。
 ちらりと視線を上げて、逸らした。
 ぼんやり上を見上げる。この木も、周りの木すべてが緑を称えていたら、心地よい日陰になるのだろう。
 木の葉がざわめいて、まるで会話するようにゆれる音が好きだった。
 木々たちも、心地よい風には身を任せてゆられていた。楽しみのひとつだったらしい。
 ジュアのいる所は、ジュアをゆらすほどの風は吹いてこないけど、それでも小さい頃はよくゆられたものだと話してくれた。
 会話の、ひとつ、ひとつ。覚えてる。
 小さな事、大きな事。楽しかったり、嬉しかったり、時々、私が勝手に怒ったり。
 葉が落ちてしまった木も嫌いじゃない。冬は、春を待つ木々が枝の美しさを競い合ったりして。
 ――ぁあ、そうだ。こうやって話をしながらいつの間にか寝てしまうんだ。
 それでも、目が覚めたら。目が、覚めたら―――

 肩に何かがかかってきてその重さにはっとする。目の前には第二王子が苦笑いをかみ殺していた。第三王子がその向こうで……寝ていた。
 一人、足りない。
 うしろは、振り返らないほうがいいのだろう。
「眠いなら休むといいよ。どちらにせよ。リベストも寝てしまったし。そこを使うといい」
 第二王子がそう言い切る前に、背後の気配は消えていた。
 彼らは離れて行って、私は一枚のシートの上にいた。
 今度は、何も考えずに眠ってしまった。



「いつまで寝てるんですか?」
「ぎゃっ!?」
 言葉と口調だけはにこやかに、容赦なく第二王子が第三王子をたたき起こす。あれは、足だ。
「ってー容赦ねぇ」
 第三王子が頭をかきながら体を起こす。真上にあった太陽はかなり傾いていて、影が伸びている。
「当然です――さて」
「あれ? スーシュ?」
 歩き出した第二王子の後ろで、第三王子の言葉が続かない。その視線の先に、シートの上のふくらみが見えた。


 第一王子が手を伸ばしてスカットレシュールに近づく。
 伸ばした手がその体に触れる瞬間、スカットレシュールはまるで逃げるかのようにその身を丸めた。
「――っ」
 はっと第一王子は身を引いた。
「兄上?」
 戻ってきた第一王子に、第二王子が声をかけた。
「いや――」
「ひでぇ、俺が寝てたらたたき起こすくせに」
「当然です」
「当然だ」
「……ひでえ」
「で、どうするんですか? 城に戻らないのなら、早馬を」
「ああ。そうだな」
「帰らないのか!?」
「……嬉しそうですね」
「……嬉しそうだな」
 冷たい視線を浴びた第三王子は、口を閉じた。


 声が聞こえる。何かの流れも。
 誰かが私にしゃべりかけているようで、違う誰かと会話しているようで。
 ひどく、不安定だ。消え入りそうな声と、大きく叫ぶ声と。
 同じ場面だけを何度も繰り返し夢に見るような、そんな感覚。いくども、いくども、結果は同じ。
 そしてまたはじまり。それは、はじまりを嫌うのではなく、その終わりが変わる事を願っているのだと思った。
 突然、目の前が開ける。そして見たのは、自分に襲ってくる、何か。それは、自分を飲み込む寸前で白く消えていった。
 すべても、同じ。
 かすみ消え行く最後に、“名”を呼ばれた――

がばぁ!
 弾かれるように飛び起きた。たまにやって、ハンモックから落ちたりする。
 だけど、今回はだいぶ違った。
 自分にかかっているのは白いマントだし、目の前には二人の王子が焚き火を囲んでいるし、その視線はかなり驚いた様子でこっちを見ているし。
「おはよう」
「よく、眠っていたな」
 最初の言葉は和やかだが、二番目の言葉はむしろ皮肉だ。三人目は、その先で寝ていた。
 その後、沈黙があたりに降りた。ぱちぱちと火のはぜる音に、あれっと視線を向ける。
 枯れ木が、燃えている。
 薪となった木、墨になった木。火を通してしまえば、いや幹から切り離された枝からはもう、命は感じ取れない。
 だけど、燃やされていく同胞を見ることに心を痛める木がいる。
「寒いだろう。こっちにおいで」
 おいでと手招きされても……
「だ、大丈夫です」
 ぎゅっと、マントを引き寄せて握り締める。……これ、洗わないと駄目だ。土ぼこりかかってるし。
 と、遠慮したのだが……
「行きますっ!!」
 言葉で逃げ道をなくすまで語りかける第二王子と違って、第一王子の行動は早い。
 なんか、首根っこをつかまれて運ばれそうだった。
 夕食を簡単な乾物で済ませて、お茶を飲む。言い出しにくいのだが、確認したい事がある。
「あの……帰らなかったんで、す」
 その、ふざけてるのかと言いたげな呆れた視線、やめてくれない? 言い切れなかったじゃない。
「よくもまぁこんな硬い土の上で熟睡できるな」
 呆れてる。というかどう見ても怒ってる。
 確かに土は固かったけど、木に囲まれている安心感がある。いくらふかふかのベッドでも、心穏やかに眠れなければ意味がない。
「ほっとします」
「は?」
「なんでもないです」
「……ほっと?」
「だー!?」
 第二王子の口を塞ごうと動いた。が、ずっこけた。火の傍で危なかった。危なすぎた。
「「!!?」」
 二人が支えてくれたので、焚き火に顔をつっこまなくてすんだ。
「……っ……ごめんなさい」
 焦った二人が本気で助けてくれた、が、さすがに怒られた。


「んー?」
 騒いでいると第三王子が目を覚ました。
「あれ? 何してんの三人で?」
「このバカが暴れるんだ」
「ひどっ!?」
「まぁリベストよりましかと思っていたんですけどね」
「………」
 第二王子にこう言われると……一番痛い。


 そんなわけで、四人で夜空の下。夜の森の中にいる。



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