すとっと、石の床に足をつく。こつりと、足音がする。
 待ちわびていたのか、王は心持いらいらしている。リベストはものめずらしげに……というか待て切れないと扉に噛り付いている。
 また扉だ。しかも、浮き彫りが細かい。
 何が彫ってあるって森だ。真ん中に大樹。それを囲むように木々。
 ――ぁあ、泣きたくなってきた。こんなにも森が恋しい。
「で、どこですかここ?」
 だから、四人で哀れみの目で見るのやめてくれる。
「書庫だ。入ればわかる」
「?」
 扉を潜ると、真っ暗。またも次々に松明に火が点る。長い廊下の左右に扉がある。右側の扉の横には、初代―ルゼール、その次は二代目――走り出した。
 制止の声が聞こえた。
 道なりに走る。左側はまた別のようだ。
「二十一、二十六」
 目的地は、四十二。直進かと思えば、突然左右に分かれる。階段もある。だぁとそのたびに急に立ち止まる。
 そして、追いつかれた。
「スーシュ!」
 驚異的な速さで横によける。はでにずっこけた第三王子、は、そのまま階段を転がっていく。痛そうだ。
 危うく私が階段から落ちるところだったわ。ふぅと息をつく。よく見ると、階段の先は違う。
「こっちか」
 左側だった。
 なんか、泣き言が聞こえた。しかも、聞き捨てならない感じ。だれが鬼よ。だれが。
「スカットレシュール?」
 問いかけを無視して進む。見えた数字は、三十四。


「四十二!」
 見つけた! とたん蹴り飛ばした。
「遠すぎるのよ!!!」
 疲れた。ぐったりと体をおる。疲れた。叫ぶだけの体力もつきそうだ。
 ぜーはーと息をつきながら深呼吸する。扉に手をかけるが、開かない。案の定だ。
「鍵!」
 追いついた男達に叫んだ。
「四十二代目?」
 国王が不思議そうに首を傾げる。
 剣幕に押された第一王子は扉の鍵を回す。鈍い音と共に開かれた扉の先は――空だった。


 ぽかんと、口を開けたまま固まる。それは回りも同じなようで。
「どういうこと。この国では歴代の王の墓でもなく所有物でもなく記述書でもなく何もなく空の部屋を進呈する風習でもあるわけ!?」
 かなり、怒った。
「違う。これを見てみろ」
 はぁとため息をついて国王は隣の部屋の扉をあける。
「趣味悪」
 それは王という名のつくものの、権力のあかし。部屋の中まできんぴかだ。
「それを言ったらおしまいですね」
「四十三代目は強欲で、業突く張りだったんだろ」
 なんとなくぼろぼろの末っ子。
「リベスト、どこで覚えたんです?」
「だってそうだろ?」
「否定はできませんが」
 会話を無視して、部屋の中に進んだ。石造りの部屋。だが何もない。ないのだ。それこそ宝石も金も銀も、テーブルも棚もぬいぐるみも食器も。物質として呼ばれるものが、見えるものがない。
 間違えたのかと振り返る。静かに第一王子が首を振った。
「第四十二代目、ファジャル王」
 呟きを聞きとがめた国王がかなりいぶかしんでいることに、気がつかなかった。


 国王は座り込んでしまったスカットレシュールから目を離して、長男を手招きした。
「どういうことだ?」
「知りません」
「なぜ、四十二代目(ファジャル)王なのだ」
「やはり、彼女は救えるのではないですか? われわれが何もせずとも、己の力でたどり着くのですから」
 この、空の部屋だけ残したという歴代の中でもまれな王に。
 ラクルゥはそれだけ言うと、座り込んだスカットレシュールに声をかける。
「四十二代目王は、何も残していないのだ」
 ぴくりと反応を見せる。
「王であったことを示すものはあるが、彼自身が残したものは何もない」
 残されたのは、同じ時代を生きたものの記述。
「変人だったんだよなっ!」
「リベスト」
「リベストがこんなに歴代の王に詳しいと思いませんでした」
「そうだな。もっと学ぶ時間を増やすといいんじゃないか?」
「げっ」
「……だめですよ。興味があるからはかどるのであって、興味がないものは右から左にぬけますよ」
 ふらりと、立ち上がった。変人であったならなおさら、何も残さないなんておかしい。この紙も。
 ポケットから二つ折りの紙を取り出す。広げて、見る。絶対にあるはずだ。上半分が。
 部屋の扉の横まで戻って、壁を見つめる。暗くてよく見えないが、何か模様が見える。それは時の流れでできた亀裂か、汚れなのか。
 目を凝らしていると、突然明るくなった。
「何か見えそうですか?」
「びっくりした」
 ……会話がかみ合わなかった。
「それは?」
 はっとして紙を左右の手で握り締めた。
「誰も取りません。いいですねリベスト」
「俺!?」
 苦笑した第二王子はそう言った。静かに、第一王子が頷いた。
 そうは言われても、信用できない。まして、四人もいるのだ。勝てると思えない。
 ぎゅっと強く、紙を握り締めた。ポケットに戻して、壁の模様を指で追う。
 背伸びしても、身長に限界がある。上と天井は対象外だと信じたい。
 薄暗く、目が疲れる。そんな中必死に探す。一面を終え、右側の壁。
「何を探す気だ?」
「さぁ?」
「スーシュはいつもこうだよな〜あ〜暇だ〜そうだ!」
「リベスト、迷ったら置いていきますよ。それから、一応王の所有物ですからね。三番目であるあなたの所有物にはならないのですよ」
「……わかってるよ」
 べーと、第三王子がむくれる。
「あ〜スカットレシュール」
 頭の上から、声が聞こえる。
「なんですか?」
 視線は、前に向けたままだ。
「何か手伝う事でも」
「ありません」
 こっちはこっちで切羽詰っていたので、よく聞こえなかった。が、かなりばっさり言い切った。
「それで、出かけないのですか?」
「ジャン兄はいつも辛らつだよな」
「弟思いだといってほしいですね」
「無理だって〜!?」
 楽観的な声が突然途切れ、ひぃっという、切羽詰った声が聞こえた。
「お前達、もう少し落ち着けないのか。これでも先の王たちの私室だぞ」
 幾分八つ当たりのような、第一王子の声。
「はい」
「すみません兄上。遊びすぎました」
 じゃれあう三人の王子の目の前には、真剣に壁の模様を追うスカットレシュール、うしろには、腕を組んだままそのスカットレシュールを凝視するルゼ王。
「――なぜ、四十二代目なのだ」
 なぜ、よりにもよって。なぜ、この空の部屋を残した王なのだ。
 松明の炎を近づけて、進む。めぼしいものが見えない。正面の置くの壁を見つめて、しゃがみこむ。何か残すなら、どこだろう。知られたくないもの、だけど、知られたい物。私なら、どこに隠すだろう。
 見つけてほしくないなら、焼き払わなければならない。半分を残して、どうしたのだろう。この、何もない部屋で――
「!?」
 部屋に入って正面、左下にひざを付いたまま。水が流れたような模様の合間に、不自然に途切れたような跡がある。それは、一見すれば模様のひとつとなっている。
 だけど、
 あわただしく紙を取り出して広げる。松明の火を持っているのでうまくいかない。口でくわえた紙と、松明の角度を調節する。すると、火が取られた。
 振り返る余裕もない。すぐさま紙を広げて模様の上に当てる。
 この文字を、ジュアは知っていた――



『スーシュ? また逃げて来たのかい?』
 たたたっとジュアの傍まで走りよる。この頃はまだ、王女としての教養を学ばされていた。でも、つまんないから、いつも抜け出してジュアの木の根まで来ていた。名目はもちろん、
「ちーがーうっわ! 自主学習なの!」
『それは、もちろん、学ぶべき事の予習か、復習なんだよね?』
 ぐっと、言葉につまる。いつもそうだ。
「……ジュア嫌い」
 こういうと、ジュアは弱い。
『……スーシュ』
 ふーんだとそっぽを向きながら、あの木に背を預けて寄りかかる。持ち出した本を広げて、くつろぐ。その瞬間。
「きもちいい……」
『スーシュ、それは?』
「これ?」
 今日書庫から持ち出したのは、分厚くて重たい本。でも大切なもの。
「古語の本!」
 じゃんっと取り出すが、重い。
「ぜんっぜん読めないんだけど、ね」
 ぱらと表紙をめくり、最初に五十個の枡が描かれたページを開く。その中に描かれた文字は一つひとつ違っていて、古語はこの組み合わせによって文字となると解明されている。
『……』
「ジュア?」
 ジュアの沈黙が長い。なんだろうと首を傾げた。
『スーシュ、やっぱりそれは……?』
「?」
『その右から上の……』
 ジュアに言われるがまま、文字を追って紙に書き写す。三文字拾ったところで、シュアが言った。
『“ジュア”だ』
「これが? ジュア! ジュアってこの文字が読めるの!?」
 考古学者と辞書があって初めて文になるのに!
『読めるというより――知っているんだ。これが自身を現すと。表現していると』
「すごい! ねぇねぇ! じゃぁほかの文章は!?」
『わかるだけで理解しているわけじゃないから文章はわからないよ』
「………」
 えー
『なんだ〜って顔をしない』
「はーい」
『でも……』
 そう言って口を閉じたジュアは、その後二つの名前を教えてくれた。ひとつは、ジュアの先代の名前、そして、もう一つは――
『先代の、友達だ』


「―――ダラン」



 記憶と、文字が重なった。



  15.遠い記憶の木   目次   17.木へと続くなら