「ダラン」
 紙の半分に書かれた文字と、壁に描かれた文字が繋いだ言葉。名前。
 それはきっと――確信があった。
 がばぁと立ち上がって人にぶつかりそうになる。三人が、驚いた表情でこちらを見ていた。
 国王が、“ダラン?”と繰り返した。
「先々代」
 大樹を、掘り起こしたバカの部屋はどこだ!
 唖然とする面々を取り残して、数の大きい部屋を目指す。先々代ということは、この先の先の先の……入り口付近だ!
 さらに驚いた顔の何人かとすれ違ったけど、無視した。
「先々代?」
 って、何代目? 今更ながらに疑問だ。まぁ一番数の大きな部屋の隣に入れば――
「鍵がない!!!」
「お前、その突然走り出す癖はどうにかならないのか」
「ぅわぁ!?」
 息を切らしたうしろに、立たないでくれる! しかも、息も乱れていない。詐欺だ。
「スーシュ、止まるのも突然だけど走り出すのも突然だしな」
「リベストに言われたくないと思いますけどね」
「……すみません」
「そうそう。自分の非を認めるのはよいことですよ」
「そっくり返してぇ」
「なんですか?」
「いいえ、何も!?」
「鍵」
 冷ややかに見つめて言い切ると、第一王子が動いた。
 部屋の中は―なんだかよくわからないもので埋め尽くされていた。
「なにこれ」
「先々代は、珍品コレクター!」
「リベスト、ナイスですね」
「だろっ!」
 で、黄金の装飾の本とかあるわけだ。
 無言で部屋の中に進む。趣味がいいのかわからない本を取り出して中を見る。違う。ぽいっと捨てるとうしろであわてたような気配。
「大事に扱え!!!」
 えーやだ。
 ばらばらと本をめくる。どうやら、ただの本棚のようだ。決定的な直筆の日記とかあると便利なんだけどと思いながら端からあさる。
「あった」
 どうやら日記……っぽい?
 ぱらとめくってみると、……城下の花売りの娘の美しさについて語っていた。
「どうでもいい!!」
 本気で怒るわ!?
 やっぱりばんと床に叩きつけて、違う本を手に取る。
 日付と、年代を目で追う。どこに、どこかにないと怒るわ。木と、大樹という文字を探した。
「いつだかわかんないし!」
「これだろう――祖父は黄金の装飾を年毎に変えていた。あの年は、そう、蛇と玉という組み合わせで」
 国王の解説の途中で奪った。
「……時期は年の真ん中だ」
「生き辞書!」
 ほめ言葉よ?
「あった!」
 ――大樹を掘り起こし、森の地下に葬った。これで――
 その先が黒く塗りつぶされていて、読めない。
「森の、地下……森の下?」
 そんな所、どうやって入るのだろう? だけどきっと、大樹はあそこだ。あの、森の中心。
「心当たりは?」
「庭のはずれに、崩れた入り口がある」
 地下神殿へ、通じている。



 それは、城の敷地のはずれにあった。半分崩れかけ、枯れた蔦に覆われた石の下に、階段が見える。
 問答無用で押し入ろうとして、腕をつかまれた。
「なんですか?」
「今から入る気か!?」
「やめておけ、封鎖され長い。扉だって開くとは思えない」
 見れば、階段を下りた先に木の扉が見えた。蝶番の所が腐っているのを、見逃さない。
「もう日も暮れる。夜になれば中は真っ暗だ。日の当たらぬ石造りの神殿道。火の用意が必要だ」
「ついてくる気ですか?」
「言葉に気をつけるのだな、ここはわしの国だ」
 一瞬、腕を振り払って進もうかと考える。時間がない。あれだけの木々が枯れている。確実に、大樹に何か、それこそ、大樹の生に関わる何かが起こっているはずだ。

『スーシュ、慌てている時こそ冷静になって考えるんだ』
「ジュアじゃないもん」
『僕は動けないから、考える事しかできないからね』
「………」
『いいんだよ。でも、取るべき行動を間違えたらいけない』
「間違っていたと、言うの?」
『………』
「私がジュアや木と生きたいから家族を捨てた事が間違っていたというの!?」
『スーシュ……人と、木の生きる時間は違うんだ』
「そんなの!」
『スーシュ。ただ僕は、無限ではない君の有限な時間を精一杯使って、生きてほしいんだ』

「わかりました」
 パンッと腕をはらう。第一王子が驚いたように目を見張った。
 すっと、感情を抑えて前を見る。国王の目を見据えた。落ち着いて、考えるんだ。それを人に悟らせてはいけない。表に出してはいけない。
 取るべき行動を取る。その時まで。



「おかしい」
「そうですね」
「おかしいよジャン兄! スーシュがおとなしいよ!?」
「そうですねぇ――兄上?」
 確かに、一変して父親の言葉に従った行動はそれまでとあわない。そして、あの腕を振り払うしぐさ――
「何を考えている?」
 父は、気がついてない。それは、これまで共にした短い時間の中と比べての、差異。



 言われるがままに侍女に連れて行かれる。入浴と着替えを済ませると夕食だった。
 そう、王と正妃と三人の王子と。
 正妃は歴代の王の部屋まで降りていった事をしつこく聞いていた。驚いた事に、本当にあの場所は王と王位継承者しか入れないという事だった。
 あんなにあっさり入ったのに、その事で正妃に突っかかられる。
 大樹の事を見出したという事実は、確信が出るまで伏せられるらしい。憶測が飛ぶ事を防ぐためであり、信用されていないという事。
 それはそれで、いい。私がここにいたという事実だって、消えてしまっていい。
 しつこい正妃の相手は王がしてくれたので、ほぼ無言で食事をしていた。時折、すさまじい視線の殺気を感じる事があったが。
 正妃の悔しそうな様子なんて始めて見るから、いい気味だと笑ってやった。

 もう一度入浴ができるという話だったので、食事用に結い上げた髪も化粧もすべて落とす。
 鏡に自分の顔が映っている。大丈夫。
 いつものように、時間まで書庫の本を読んで過ごす。悟らせてはいけない。気が付かれてもいけない。
 服は衣装棚の中にある地味な服を見繕う。靴もあるはず。火がいると王は言ったが、それは逆だ。
 大樹がいるなら、火は駄目だ。せめて中の様子がわかるものがあればいいが、そうも言っていられない。大樹がどんな様子かわからないのに、火を焚いて道を進む事なんてできない。
 きつく握り締めていた手に赤い筋が浮かぶ。
 もうすぐ、侍女が眠りの準備を始める。いつもの、ように。



 寝る時は月が出ていたが、数時間後には厚い雲のうしろに隠れていた。音と息を殺して衣装棚の中をあさる。簡単に着替えを済ませて、窓に向かう。
 今からは、迷えない。



「っと」
 ざっと、砂の音がする。神殿への入り口、石の階段。誰もいないことを確認して中に進む。扉に力をかけると、ギィ――と音がした。
 危ないと思いつつ、力を徐々に加える。
 腕が痛くなってきた頃、その扉が開いた。人一人通る分だけ。すっと身を、滑り込ませた。


 それを見る視線が、あったとも知らずに。


「入りましたね」
「入ったな」
「行くぞ」
「お前達が行くか」
「ぅわぁ!?」
「父上――なぜ?」
 背後に現れた国王から逃げるようにリベストはシャジャンのうしろに隠れる。ラクルゥは、意外そうに父親を見た。
「……“火”と言った時、あの娘から表情が消えた。まさかと思ったが、やはり、か」
 国王が、静かに視線を落とす。
「ジャールが言った通りならば、わしらはあの娘の邪魔をすべきではないのだろう。しかし、」
「父上。話が長くなるならスカットレシュールを追いたいのですが」
 ここに来て初めてシャジャンが声をあげた。



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