暗闇に目が慣れた頃、この道が一本道であるかどうか考える。手に付いた壁は切りそろえられた石のようで、ざらざらしている。
 しかし、道の反対側がわからない。すぐ傍に同じ道が続いていると思うが、隣に横道があってもわからない。
 壁伝いに進む。方向感覚がおかしくなりそうだ。けれどまだ、一度も曲がってはいない。
 森の方向と、道の入り口は一直線上にあったのだから、間違っていないはずだ。
 乾いた道なのか、靴音が静かにこだまする。足音を消そうと努力して、時折立つ音に足を止める。
「大樹を」
 なんてことをしたのだろう。この国は、大樹を捨てるなんて、それを地下に葬るなんて。
「ひどい」
 そうやって人々は木々とのつながりを忘れていくんだ。そして、森は荒野に成り果てるんだ。
 絶対に、バイアジュの木々を枯らしたりしない。再び、心に誓う。なのに、今ルゼの大樹に会おうとしている。
 木が嫌いなわけじゃない。何かしたい。けれど。ただ寂しい。
 暗闇が余計に、悲しくさせる。
 しかも、道が長すぎる。森までの距離を考えればもっともだが。日が昇る前に着くだろうか。
 日が昇っても、ここからはわからないが。
 ただひたすら歩いた。足が悲鳴を上げようが靴擦れを起こしていようが。だって、この痛みよりも苦しんでいるのは、この国の木々たちなのだから。
 人間(わたし)の痛みなど比べられない。
「……あれ?」
 遠めに、淡い光が見えた。なぜだろう? 木が灯を焚くわけないし、ルゼの国王の話じゃ人がいるとも思えない。
 ただ、進む先がその場所で、あっているようだ。


「すーっで!?」
「やめてくださいリベスト、私たちがついてきているとばらしてどうする気ですか」
 静かにしゃべるシャジャンの声が冷ややかだ。
「そうだ」
「だけどよぉ。こう暗くちゃスーシュ迷子になるんじゃないか?」
「本人に言う勇気がありますか?」
「……ないです」
「それに、神殿まで続く道は一本道のはずでしょう」
「つーか神殿って、なんだよ」
「先々代が作ったらしい」
 あの日記の、記述の中にあった。
「つまり……神殿じゃないのか?」
「便宜上そう呼んでいるのでしょう」
 大樹を葬ったのだから。
「大樹ってなんだ?」
「「………」」
 二人の兄のいっそう冷ややかな視線に、リベストはひるんだ。
「な、なんですか?」
「兄上。教育係を増やしたほうがいいのでは?」
「お前に頼むか」
「嫌です。そんなに暇ではありません」
「そうだな。リベスト、建国の歴史を学びなおすか」
「ぅげっ!?」
「それがいいですね。この大陸の国々は、大樹を神として崇めていたのですよ」
「そうなのか?」
「大昔の話ですよ。それこそ、この大陸の国々が、できあがった頃の」
「じゃぁなんでスーシュは大樹と叫んだんだ?」
「だから、知りません」
「おい――光だ」
 第一王子が示したその先に、淡い光が見える。
 悲鳴が、聞こえた。



「……っ! ――ぐっ」
 首を絞める木の根に手を当ててもがく。光の中に入る寸前だった。太く長い根に首を取られて引きずられたのは。
 涙の浮かぶ視界の先に見えたのは、一本の木だった。天井を貫くかのように大きな大木。その上に、月が見えた。陥没して大穴の開いた場所だと、頭が回転する。
 あの時、近づくなと腕を引かれた、森の中央のある場所。
――!
 きぃぃ――と、空気が震える。耳障りな音が耳に痛い。
 枯れてどす黒く染まった幹、むき出しの根が縦横無尽にはびこって動き回る。四方に伸びた枝は所々折れて痛々しい。葉は一枚も残っていない。
 枯れているのだ。
 だけどまだ、生きているのだ。
 あちらこちらをおそらくぶつけたのだろう四方に伸びて葉をつけ、実を成す枝の先は折れたまま鋭い。太い幹の表面は荒れ、ささくれ立っている。幹の途中は穴が空く場所もある。
――!
 また、耳に痛い音がする。首をつかまれたまま引きずられる。
 ぁあ、こんなになってまで生きているのだ。こんなになって、人間(わたし)を殺すまで。
 息が苦しい。穴の中を自由に動き回るのは根だけだと見える。その根も動いてはいるが皺がよっている。
 ぼんやりとした月の明かりが余計に際立てるその、姿の苦しさ。
 そんなになってまでまだ、生きているのだ。
「スーシュ!!」
 驚いたような声が、私が入ってきた道から聞こえた。かろうじて視線をまわして見えたのは、剣を抜いた第一王子と、第二王子の姿。
 ――やめてと、声にならなかった。変わりに聞こえたのは、ザンと根を切る音で。
――――!!!!
 悲鳴を上げてのたうつ大樹。私は首に手を当てて空気を求めた。
「スーシュ!」
「……やっ」
「くっ!?」
 やめてと言う間もなく、大樹が動いた。意志を持って動く根が、確実に二人の剣を捕らえる。二本の剣が宙を舞う。いくつもの根が動き出す。
「――!?」
「兄上!?」
「兄貴!」
 根が二人を襲った。体を締め上げるようにまきついて、その切っ先が頭を狙う。
「やめろ!」
 傍にいた第三王子が走り出す。彼もまた、違う根に捕らえられる。
「――っ」
 かすれたのどが悲鳴を上げた。口の中で血の味がする。
「スーシュ!!」
 誰かが、逃げろと叫んだ。
 きらめいたのは剣。根に向かう攻撃、人の皮膚を切り裂く木の根。違うやめて! やめて!!!
「ダラン!!!」
 私の体を貫こうと襲ってきた根が、止まった。



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