馬車が荒野を走っている。この国は荒野が多いのかと思っていた。そう、城の近くまで。

ガラガラ――……
 響いていた馬車の音が止まる。それは、到着の合図。

 だったのに。

「……ぇ? 着いた、の?」
 ふっと目覚めて、感じる違和感。

“静かすぎる”

「―――うそ」
「おぅっ」
バァン!!!
 どこかから聞こえた呼び声はもう耳に入らない。
 馬車から飛び降りて、絶句した。

ざぁァァアアあ―――
 広がった景色は、見たままに現実を伝えてくる。続く並木道。目の前を囲むもの、それは“木”。
 なのに、
「なんで?」
 木々たちの会話が聞こえない。たとえ人の話が聞こえなくても、いつも聞こえる。そんな木々の囁(ささや)きが聞こえない。

 緑の木々が、沈黙している。それは、まるで木々と話すことを忘れて、自分達だけで話す言葉を考えて、今では違う大陸の人とは話も通じなくなった。そんな人間の象徴。
 木々は沈黙する。
 目の前の木から声が聞こえない。私に声が聞こえるはずもないと囁く木々の言葉が聞こえない。私が言葉を知ると、大樹と話すと知って礼を取る木々たちの挨拶も聞こえない。
 向こうの木々と、こちらの木々がこそこそと噂話をするのも聞こえない。

 異様なほど、音のない世界。

 さっきまで馬車の外から聞こえていた木々の話し声は遠ざかって久しい。

 どこまで行っても、変わることないと思った。あの連なる木々の楽しそうな声。笑い声。
 それよりもなによりも、あのジュアとの――

「バイアジュ国第三王女?」
 はっとして、木の幹に伸ばしていた手を引っ込める。振り返れば、思った以上に人がいて驚いた。そして、その人々がいちように見せる、不信感。
 徹底しておいたおかげか、この国にも噂は広まっているようだった。
「―――何か?」
 ここまでくればもう、取り繕っても同じだ。
「こちらより、この馬車にてお送りします」
「そう」
 黙って乗り込んだ王女のことを、後になって同行していた王子はこういったという。

「まるで、迷子になってしまったかのような、顔をしていた」と。




「本当に、その第三王女ならこの国を救えると?」
「婆の占いを信じてもらえないなら、もうなんとも言えますまい」
「いや、ジャール。お前の腕前を疑うわけではない。しかし」
「奇人と名高い王女を王家に迎え入れるのは抵抗がある、と」
「………」
「では、このまま滅びるのを待つばかり。でしょうな」
「そういうわけにはいかない」
「それはそうでしょう。ですが王、あなた方が手を尽くしても自体は悪化するばかり。いずれすべての森は荒野になり、この国は一本の木も生えない砂漠となりましょう」
「……シャジャンは大丈夫だろうか」
「第二王子様はその王女様のお迎えに同行したらしいですな」
「ああ」
「ならば、何かしら情報を拾ってくるでしょう」



「――ようこそ」
「はじめまして」
 馬車を降りると、うしろから声をかけられた。城の回りにある木々ですら何も言わない。そのことに呆然としていた時だったから、むしろよかったのかも知れない。
 私の手を取って先を歩く男。すぐあとで、彼は第二王子で私の婚約者、になるかもしれないと話を聞いた。


「はじめまして、スカットレシュール・ファー・バイアジュと申します」
 国王のいる謁見の間に入った時の人々の反応があまりに想像通りで、笑い出しそうだった。
 細く長い絨毯の引かれた謁見の間、王は玉座に座っていた。その横に重臣達、かしら? それに壁際の兵士が……?
 壁際の兵士達は、スーシュが中に入ったのを確認すると、出て行った。その、王に背を向けた兵士達の表情。
 扉が閉じられて、兵士達が全員出て行ったのを確認するまでもない。

「――何を笑っている」
 国王の苛立った声に驚きもしない。だって、
「いえ、この国にも噂が轟いているようなので、安心しました」
 そういうと、国王はばつが悪そうに咳払いした。
「ごほっ……そんなことはない」
「はっきりとおっしゃって下さればいいのです。自国の民にですらまるで厭(いと)われているのに、なぜこの場にいることができるのか?」
 それは、ここに来るまでの人々の思い。この場の人々の思い。

 相応しくない。

 そう言いたいのでしょう?


 国王は苦々しく舌打ちをするのを押さえた。まさかこの城の中でそのようにあからさまだったとは。
「気分を害されたのなら、謝罪を――」
「いりません」
「何?」
「その代わり、私をバイアジュ国に帰らせてください」
「それはできん」
「ならば、なぜ”“三番目の奇人、国の不穏(わたし)”を? 城内で本人(わたし)に聞こえる所で噂するぐらいでしたが?」
「………」
「それから、ほとんど公式な場に出ていないので私を見たこともなかったのでは?」
 国王様の沈黙が深い。本当に、何を考えているのかしら。
「失礼します」
「お前を、我が息子達の婚約者に迎えいれる」
「ですから、なぜ?」
「今にわかる」
「………知りたくないで、帰ります」
 さくさくと帰ろうと、くるりと振り返る。
「攻め入れるぞ」
「……ですから、」
 苛立ったままだった、木々が沈黙する(こんなに恐ろしい)場所にこれ以上留まりたくなかったのに。
 振り返って、王を見つめた。父親とは違う威圧感。だけど、負けるわけにはいかない。

 そんなことを上回る恐怖に襲われているから。

「奇人と名高い私を王家に迎え入れるなんて、何を考えているのですか?」
 だから、そうなるように仕向けたのに。
「それでなくとも奇人の王女に振られたからと言って攻め込んできたら、むしろ同情を買えますが?」
 ってか、いい笑いもの?

 少しだけ、国王様が舌打ちしたように見えた。見えただけだけど。



 さすがと言えばさすがというか、やはり奇人と名高い王女とだけあると言うか。
 どうあっても普通ではない。だいたい、着ている服ですら似合っていない。
 もう少し着飾れば見栄えはまだよくなるのではないかと思った。
 しかし、本人は帰りたくて仕方がないらしい。質問してくる事がすべて正論だ。私だって、そんなことはよくわかっている。問われるまでもない。
 しかし、だ。

 それではこの国が消える――

 現状を知られずに、この王女に現状を回復させるなど、できるのだろうか?



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