大きな叫び声が聞こえた。まるで泣き声だと思う間もなく、突然大木が二つに裂けた。
 倒れこむ音と、スカットレシュールの叫び声が、ひどく遠い。
 まるで生きている事が不思議だと思える、あの大木。
 どうした事だろう。あのティアラを、見たことがある。代々正妃に伝えられていたものだ。


 驚くべき事は、“ダラン”という名と、スカットレシュールの態度だった。
 まるでこちらなど存在していないかのように木に向かって言葉をかけている。独り言か? と思ったが、そうではないらしい。
 ジャールが彼女といった理由は、ここにあるのかもしれない。あの、自分から見れば一見異常な光景。
「木と……?」
 彼女は、言葉が交わせるのだろうか? そうとしか、考えられない。


「ダラン!」
 大樹が二つに裂けた。もう、言葉は返ってこない。どこかで、理解していた。認めたくなかった。
「ダラン!!」
 再び涙を流しながら二つに倒れた木にすがりつく。
「どうして」
 どうして、ダランが死ななければならなかったの?


 異変に最初に気がついたのは、彼だった。
「……あれ?」
 ぱらぱらと振る、土。それは彼の背後がとても多かった。そして、静かな振動。
 だんだんと近づいてくる。――来る。
「スーシュ!?」
 大きな揺れが、襲った。
 あの大きな大樹が枯れながらも支えていた地盤が、落ちてくる。
 それを察した二人がスカットレシュールに走りよる。泣きながら大樹にすがりついたままのスカットレシュールは、周りの状況の変化に目もくれていなかったから。
「――いやっ!?」
 突然大樹から引き剥がされて、スカットレシュールが暴れる。その頃には、揺れはひどくなっていた。
 ばらばらと落ちる土。時折、塊と岩が落ちてくる。大きな音と共に道を塞いでいく。
「ルゥ兄! ジャン兄!」
 リベストが手を招く。彼は脱出口を探していた。
「いや! 放して!! ダランが!」
「死にたいのか!?」
 大きな叱咤の声にスカットレシュールが震えた。
 彼女は知っている。あの大樹はもう、最後の力を使い切ったのだと。そして、自分に託されたものを。
 首を回した彼女の目に映ったのは、落ちてくる土に埋もれていく、枯れて二つに裂けた大木の姿だった。



 遠くで地鳴りのように大きな音がする。それが息子とあの娘の向かった方向だと確信していた。
「なにが」
 何が起こっている?
「国王」
 手を上げて制した。今からでは遅い。二の舞になるだけだ。
「陛下!!」
 兵士の声が響いた。何事だと視線を向けて、道から足音が聞こえると報告を聞いた。


 光が見えた。この道は本当に一直線であった事に感謝する。なぜか、あの場所を離れても道が崩れてくるのだ。
 まるで、すべてを拒むかのように。
 最後だと力を振り絞って、駆け出した。

 外は、あの場所であった事が嘘のように晴れていた。日が昇っている。
「っだーっ死ぬかと……思った」
「本当に、っ逃げ足だけは、速いんですから」
 息も切れ切れに、二人は会話を続ける。
「……っ」
 はぁと長く息をついて、抱えていたものをおろした。
「――なんで!!」
 途端上がった叫び声に、その場にいたみなの視線がスカットレシュールに向かった。
「なんで!」
「……そんなに死にたかったのか?」
 ただ言葉を繰り返す彼女に声をかけたのはラクルゥだ。彼女がそう嘆く理由は、彼らにはわからない。
「だってダランが!」
「スーシュ?」
「さわらないで!」
 リベストが手を伸ばして、彼女は拒絶した。距離を取るようにあとずさる。
「あそこにはダランが……」
 叫ぶような声が痛々しい。だが誰も、わかりえない。
「スーシュ?」
「なんで!? なんでダランが死ななければならなかったの!?」
「あの、二つに裂けた大木の事か?」
 ラクルゥの言葉に、彼女は相手をぎろりと睨みつける。
「どうして!? どうしてこの国は救われて、ダランは地に埋もれて――死んでしまったの!?」
 怒りと悲しみが、制御できないのか、彼女は「どうして?」と問いかけ、「どうして!!!」と嘆き続ける。
 そのティアラを握り締める手から、血がにじんでいる。握りすぎてその先を刺してしまったのだろう。本人は、気がついてもいない。
 突然、あたりが暗くなった。はっと顔を、みなが上げた。その時、ぱたっと、一粒の雨が落ちた。それはだんだん増えて、しまいには豪雨となる。
 雨が、ふる。
「……ぁ」
 雨を喜ぶ喜びの声に混じって、スカットレシュールの声が漏れた。
 彼女だけ、雨の中泣き崩れた。



 雨は降り続いた。
 嘆きの涙の代わりだと言わんばかりだった。そんなに泣いては枯れてしまうと、言わんばかりだった。
 降り続いた雨は多くのものをもたらした。何より大きな変化は、森の中央にできた。泉なのだろう。
 その深さと、底に沈んだ多くのものを背負ったのは、森の申し子なのだ。



 数日間降り続いた雨が止んで、彼女が動き出した。朝起こしに来た侍女があわてて、姿が見えないと走る先は、一つだ。



 降り続いた雨でぬかるんだ土の上を進む。中央まで来てしゃがみこむ。やわらかくなった土を手で掘り起こす。
 少し、難儀な作業だった。だけど、彼女はただ掘り続けた。その手で。



「木と、話をしていた?」
「そうとしか見えませんでした」
「そうだよなー」
「本当なのか」
「おそらく」
「どういう事だ」
 国王は、占い師を振り返った。
「……まさか」
 はじめから信じていない国王と違って、占い師の態度は違っていた。
「ジャール?」
「彼女は、“森の申し子”なのですか?」
「なんだそれは」
 それは、古い昔のお話――
 しばらくして、侍女が走りこんできた。


 捜索をせずとも、居場所はわかっていた。確信があったと三人の王子は進む。あとを追うように国王が続いた。
 その娘は、ただ静かに、手で土に穴を掘っていた。
「スカットレシュール」
 彼女は、一瞬手を止めた。しかし、作業を再開した。
「スカットレシュー」
「スーシュ!!」
 いち早く走りよったリベストがその手を取った。スカットレシュールは、迷惑そうに顔をしかめた。
「ぅわっ!? 爪の中まで泥だらけだよスーシュ!? っていうかここの土固いんだよ!? せめて何か道具を」
「いらない」
「スーシュ!?」
「放して」
 ぱしっと、手を払い作業に戻る。それは、人の事など目に入っていない証拠。
「スカットレシュール」
 もう、彼女は反応しなかった。国王ははじめて、彼女の傍に腰を折った。それは、座り込んで穴を掘る彼女と、視線をあわせるために。
「――何を、している」
 静かに、スカットレシュールが顔を上げて国王を見る。
「大樹を、埋めるの」
 国王は「木の言葉がわかる人の事です」と言ったジャールの言葉を、確信した。



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