何人かがやってきて、騒がしく騒いでいた。遠い事のようにすべて聞き流していたら、静かな声が聞こえた。
 見ると国王だった。この男はこんなに老けていたのかとはじめてまじまじと見た顔に思った。
 驚いた事は、その国王が一緒に穴を掘り出した事だった。
 深く広く掘り起こした土が真横に積みあがる。せめて、大樹が小さいうちに伸びることを邪魔しないようにと土を掘り起こす。
 だけど確かに、道具がいる作業だった。

 森の申し子は、木と話ができるのだとジャールは言った。そんな人間がいたという証拠などないと、その昔から否定していた。だがこの娘は、大樹を埋めると言った。
 この国に、必要な事は、なんだ。
「ぜんぶ掘り起こすのか?」
 返ってきた言葉は、これまでの剣幕と違っていた。

「そう、したい……です」
 微妙に敬語だ。国王も苦笑した。
「なら、違う人間に任せてみてはどうだ。半日時間をもらえれば終わらせる。他にすることもあるのだろう。先に体を洗え」
 どろどろになった指を見つめた。それから服を。確かにどろどろだ。
 しばらく自分の姿を見つめたあと。頷いた。そして侍女に引っ張られた。行き先は、お風呂だ。
 ぽーいと投げ込まれるようにお風呂に入る。人を拒んだおかげで、一人だ。ごしごしと髪を洗って体を洗って、お湯をかける。七日もすれば取り替えられる石鹸の香りが、薔薇であったものが百合に変わっているとぼんやり思った。
 そしてお風呂につかって、あがった。
 侍女が用意した服に着替えたら、食事だといわれた。そういえば、おきてから何も食べていない。
 暖かい料理でおなかを満たす頃には、はっきりとした思考を取り戻していた。



「父上、何を考えているのですか?」
「わしにもわからん」
「父上!」
「結局、スーシュがこの国を救ったんだろう?」
「それは、まだわかりませんよ」
「ジャン兄、辛らつ」
「事実ですから」
「……あんなに、泣いていたのに?」
 悲しいと泣いていたのだ。枯れた木を見て、涙を流していたじゃないか。
「あの怒りはこの国の人間に対してでしょうね。そしてあの嘆きは、」
 あのはじまりの日、馬車から転がり降りてきた彼女の、驚きの大きさ。
「折れた大樹に」
 だから、木が枯れると、彼女は言った。
「そうです」
「スーシュ、」
「失礼します。姫君が――」
 兵士が、スカットレシュールの訪問を告げた。



「お返しします」
 部屋の中には、王と三人の王子がいた。壁際は、見なかった。すたすたと進んで、手に持つ物を国王に付き返す。国王が目を見張った。そんなに、大事なものだったのかと思う。
「これは……」
 正妃に受け継がれてきたティアラ、しかし、そのティアラは祖母の代で行方知らずになった物だ。
 紛失させたと怒り狂ったレアラの八つ当たりが、どれほどであったか。
「大樹が持っていました」
「……そうか」
「それと、お願いがあります」
「聞こう」
「婚約の話を、白紙に戻してください」
 たったひとつ、決めた事。
「訳を聞こうか」
 国王の心も、決まっていた。
「この国の木が枯れている事の対処に私が呼ばれたのでしょう」
「そうだ」
「原因は大樹を捨てたからです。昔、人間を守ってくれた大樹の心を忘れて、彼らを蔑ろにしたから」
「そうなのか」
「そうです。だけど、その大樹は……な、亡くなりました。新しい大樹が育てば、森も、木々もとに戻る。そのために私はここに呼ばれたのなら、問題が解決すれば必要ないでしょう!」
 だから、私を、バイアジュ国に帰して!
 一息で言い切った。言葉が途切れる。沈黙をあけて、国王は口を開いた。
「いつまで、この国にいる」
「大樹が育つまではいます。本来なら跡継ぎは大樹が自分で育てるんです。その代わりを、途中まではします」
 せめて大樹が、一人で生きる事ができるまで育つまで。
 それが、約束。一生この国にいることを、ダランは約束しなかった。
 ただ限りある生の時間の中で、ジュアと共にいられる時間が減る事を心配した。
「そうか」
 誰も止めはしないと、国王は言った。



 ぱたりと、葉の一枚から雫が落ちる。あの長雨のあとの晴れた空。青く、広く。心なしか、緑が深まる。
 掘り起こされた土を見て、驚いた。土の色が違う。湿ってやわらかい上を進む。ここが、中央。
 取り出した種は茶色で、握り締めると鼓動が聞こえてきそうな気がするくらい、大切で。
 しゃがみこんで手を伸ばす。深く掘り起こされた中に穴を掘る。どれくらい掘ったものかわからないが、ひじが埋まるほど穴を掘って種を取る。
「ティーリス」
 目覚めて、ここで。大樹を育む国(ルぜ)で。
 穴を埋めて、水を探す。首をきょろきょろさせていると、端に水がめが置いてあった。でかいなと思いつつ近づくと、隠れるように小さな水入れが置いてあった。
 呆れるように水がめの水をすくって、大樹を植えた場所に近づく。手で水をまいて、傍に座り込んだ。
「おきて、ティーリス」
 外は、辛いけど。でもきっと、大丈夫。



 スカットレシュールはあれから、ずっとあの場所にいる。食事や着替え、その他諸事情で移動する意外は、ずっと、あの大樹があった場所に、大樹の種を植えて佇んでいる。
 昨日も、今日も、あさっても。いつまで――
 そう姿を見ていると、歌が聞こえてきた。


 スカットレシュールは外にずっといると聞き、数日。ふと外を見ると雨が降り始めていた。
 窓際によって、思いがけず冷たい雨に驚いてしまう。
 まさかと思い、しかしふとよぎった嫌な予感に執務室をあとにした。

「スカットレシュール!!」
 大きな声に顔を上げると、第二王子だった。なんだろうとぼんやり考える。
 しとしとと、雨の音が耳に入る。

 あわててやってくると、スカットレシュールは傘を持って地面に座り込んでいた。しかも、その傘は種を埋めた場所を守るように傾けていて、本人はずぶぬれだ。土の上に座っている時点で意味がない。
「スカットレシュール、風邪を引きます」
「でも大樹が」
「あなたが、寝込んでしまえば同じ事です」
「でも大樹は」
「いったい、何をしているのですか」
 埒が明かないと思いながら、マントを羽織らせる。冷たい体には、ほとんど意味がない。駆け込んできた兵士に大きめの傘を用意するようにいい、スカットレシュールを抱えあげる。
「大樹に」
「?」
 やはり寒く、雨に体力奪われたのか細い声で話を続ける。耳を傾けた。
「声を」
「声?」
「一人じゃ、寂しいから」
 本当ならダランが、隣にいたのだ。その代わりだ。
「――なら、誰かに本でも朗読させましょう」
 驚いたようにこちらを見上げたスカットレシュールに笑いかけると、彼女は少し安心したのか、体の疲れに逆らわずに寝入った。


「スーシュ!」
 風邪を引いて寝込んだと聞いたので見舞いにいくと、いなかった。いく場所はひとつだと駆け込むと、咳をしながら土の上に座り込んでいた。
「スーシュ!?」
「だ、大丈夫」
「大丈夫じゃないよ!? 寒くない?」
 無理やり引きずる事が最良なのかもしれない。最善でなくても。
「ほら」
「……?」
 見舞いのつもりで持ってきた果実を差し出す。不思議そうに受け取ったスーシュが首を傾げた。
「食べよう」
「……ぇっと?」
 リベストは、その赤い皮の中に白い身を持つ果実の皮を自分でむいた事はない。切ってあるものか、そのまま噛り付くかどちらかだ。
 だが噛り付いたほうが早いと、彼は早くも食べ始めた。
 仮に深遠の姫なら、どうした事か戸惑ったものだろう。スカットレシュールにはそんな心配は要らず。彼女も噛り付き始めた。
「おいしい」


 どうあがいてもあの場所から離れそうもないので、こちらが折れるしかない。
 しかし、土の上にじかに座り込まれても困る。なので敷布を差し出した。驚いたようだったが、素直に受け取った。
 しばらくして様子を見に行くと、種の傍に手を伸ばすように眠りについていた。
「………」
 怒っていいのか、呆れたものか区別が付かなかった。


 兄が敷布を用意したようで、よくその場で眠っていることが多くなった。時折聞こえるのは子守唄なのか、静かだ。
 しかし、今日は日差しが暑い。ぁあそうだと、大きめの傘を持っていった。
「ここでいいね」
 種を植えた場所をさけて、しかしスカットレシュールに日陰となる場所。いくつかに差し込む場所を用意して、時間ごとに兵士が差し替えるようにして、今日みたいに日差しの強い日は日陰になるようにした。


 気がつくとどんどん居心地のいい場所になっていく。二人の兄が公然と活躍してるなと思いつつ、かごいっぱいに持参したものに口元が緩む。
「スーシュ!」
 よいしょと、座り込む。本を読んでいたスーシュはしおりを挟んで、本を隣に置いた。
「また来たの……」
 どいつもこいつも、暇なのか? いや、来る回数が多いのは第三王子で、次が第二王子で、最後が第一王子か。
 本当は、第一王子がこられる時間帯は大体昼寝しているのだが、それはスーシュにはわからない。
「じゃーん! 今日はアップルパイです!」
「人の話聞けよ」
「え!? スーシュパイ嫌い!?」
「……好きよ」



 寒い夜も暖かい夜もある。けれど、この場所を離れる気はなかった。それは譲らないとわかったのか、もう誰も何も言わない。
 ただ敷布や、傘や、寒い夜は毛布が。
 火は、断った。
 柱の影に護衛の兵士がいることも、気がついている。
 今日は月夜で、ショールを握り締める。大きな月の光に目を細める。ジュアも、見ているかな。
 ジュアと別れた日からもう、半年近い。
「ジュア」
 どうしても、震えてしまう。考えてしまう。泣くなと、心を叱咤する。
「ティーリス」
 手を伸ばして土に触れる。
 大地は暖かい。
「大地は、繋がっている」
 そう、ダランが言った。



 その日は、来た。

 しとしとと雨の降った日の朝。朝露に草木がきらめく、その中。
 傘の下で体を震わす寒さに目を覚ました。だけどそれはたぶん、呼ばれていたのだと思う。
 ふっと目が覚めて目をぱちくりと見開く。がばっと起き上がって、ごしごしと目をこすって、もう一度。
 小さな双葉が、ゆれた。

「ティーリス」

 おはよう。ティーリス。



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