「帰ります」
「そうか」
 それからは、早いものだった。もとより持ち込んだものなどほとんどない。簡単に荷物をまとめて、国王と三人の王子に挨拶をした。その場にいた正妃は鋭い目でこちらを見ているし、第二妃は何か言いたそうで、言えずにいるようだった。
 今日が、出発。
 思えば、こんな事になるなんて思いもしなかった。はじめから、心は決まっていたのに。
「大樹を、二度とこんな事にならないように」
 ダランの眠る地には、新しく看板がかけられた。大樹が眠ることを、忘れないように。
 この国を嘆いて、そして救った、大樹がいたことを。
「わかっておる。世話をかけた」
「ティーリスは、大樹は人を嫌うかもしれません」
 私の、せいで。私が、彼を置いてバイアジュに帰ったせいで。
「もとより、承知の上だ」
「大樹ティーリスを、よろしくお願いします」
 頭を下げて、お願いした。ティーリスが、一人きりにならないように。
「ああ」
 国王は、静かに頷きを返した。

 周りを見渡すとそれぞれがそれぞれの表情で立っていた。思い起こされるのは、最初にこの国に来た瞬間だ。

 あの時、恐怖を感じた木は、今では――
『行ってしまうのですか』
「ごめんなさい」
 木の幹に頭を乗せて言葉を返した。それきり、何も言わない。ティーリスに言われているのかもしれない。
 ダラン、あなたとの約束――私、守れたのかな。あなたも、私がジュアに会いたいと願っている事、気がついていたんだよね。

 三人の王子が国王のうしろに立っていた。それぞれと昨夜会っている。

 第一王子とは静かなもので……
「帰るのか」
「はい。お世話になりました」
「――そうだな」
 何その、含みがありすぎる言い方。
「それでは」
 さくっと、部屋をあとにしようと動き出した。
「スー」
 うしろで、手を伸ばしかけた第一王子は立ち尽くした。
 彼は覚えているのだ。スカットレシュールと呼ばれる事を嫌うと言った、彼女の言葉を。
 だけど今の彼は、スカットレシュールと呼ぶことしか、できなかった。

 第二王子も、そこそこ冷静だった。
「帰るんだね」
「お世話になりました」
「君は――」
「はい?」
「いや……」
 珍しく、歯切れが悪い。本当に珍しいなと思う。そうは思いつつ、部屋をあとにしようと歩き始めた。
「スカットレシュール」
 少し立ち止まり、はい? と答えた。
「また会える日を、楽しみにしているよ」
 驚いて、笑った。

 そして最後は騒がしかった。
「スーシューーー! 帰るのか!!」
「え? ええ」
「なんでだよ!? いいじゃん!」
 なにが。
「せっかく……森ももとに戻ったし、大樹と話もできるんだし、楽しかったし」
 確かに、楽しかった。
「ありがとうございました」
「いーやーだー! 俺一人また兄貴にいじめられるんだぜ!?」
 ……どういうこったい。
「なぁスーシュ、ここにいてくれよ」
「私にはすぎた言葉ね」
「スーシュ」
 名残惜しそうな第三王子の表情は、朝も同じだった。

「さようなら」
 馬車の中に入りこむ。静かに、確実に進む馬車。もう、振り返れなかった。
 馬車ですぎる途中聞こえるのは、大樹の復活を喜ぶ、木々たちの声だった。
 王都から離れれば、王都の様子は他の木々から噂で聞く程度しかないらしい。
 ティーリス、ダラン、二つの大樹の話が、木々達の間で喜びとなって交わされる。
 いつか、また、この荒野も森に変わるのかもしれない。
 そして、いつかきっと、ジュアとティーリスが言葉を交わすことを、私は願った。
 ほほに流れる涙が、熱い。
 ぁあ、大地は、繋がっているんだ。








「ジュア!」
『スーシュ』
 あれから数ヶ月。私はバイアジュの城内にいた。ジュアは変わらずそこにいて私を迎えてくれた。
 楡の木も樫の木も嬉しそうに私を迎えてくれた。
 国王(おとうさま)は驚いていたし、ティリ姉さまとレン姉さまなんて今にも発狂しそうな感じで叫んでくれたわ。
 なんて贅沢なと。自分にふってこなかった幸運を置いてきた私が、そんなに許せないみたい。
 まぁすれ違うたび小言を聞かされたけど、無視してる。いい加減で飽きないのかしら、そろそろ。
 ゆれるジュアの木漏れ日の下に身を預ける。安心する。忘れたわけじゃない。涙が溢れるほど思い出す。
 二つに割れて泉に沈んだ大樹と、私に名を呼ばれる事を喜んだ大樹を。
 ジュアは、静かに話を聞いてくれる。
 私を攻める事もなく。悲しみにくれるなとも、言わず。ただひとつしか選べない事実を、嘆いてくれる。
 帰って間もない頃は、泣き続けた。
 それも、最近は収まってきた。忘れはしない。あの大樹の事を。忘れはしない。




 今日も、大樹の下で過ごしていた。相変わらず、私が奇人であるという噂は健在らしく、その事についてジュアとおかしく話したあとの事。葉の間から漏れる光が暖かい。
 うとうと、うとうと。眠気に逆らわず眠る――
『スーシュ、スーシュ。おきて』
 呼び声に、意識が浮上する。
「ん……ジュア?」
『お迎えだよ、スーシュ』
 寝ぼけ眼で、前を見た。誰か、いる。
「だれ……?」
 近づいてくる。目をこすってから顔を上げると、彼はもう目の前にいた。
「スーシュ」
「……」
 ぽかんと、口を開けた。
「正式に、申し込んだ」
 今頃、お父様と二人の姉が慌てふためき、本当に発狂しているかもしれない。
「大樹を育む国(ルゼ)に、来てはくれないだろうか」

 一陣の風が舞い降りる。二人を祝福するように、大樹―ジュアがゆれていた。




お わ り


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