長い廊下を歩いた先、開かれた扉。質問をはぐらかすかのように、強引に案内された部屋に閉じ込められる。
 鍵のかかる音に、振り返っても誰もいない。
 どうでもいいか、と窓に向かう。
 知らず、追いかけていた。あの緑の木々の色を。

「――え?」

 広い広い土地だった。それは知っている。だけど――
 遠く、城下の町の先には、森の隣に荒野が、荒野の真ん中に森があった。
 緑はなくなって、ひび割れた大地。吹き付ける風が砂嵐を巻き起こす。

「そんな馬鹿な事……」

 木々が、枯れている――



「どうなさるおつもりですか?」
「どうもこうも、あったものか!」
 あのやる気のない娘に、何ができるというのだ。
「そう苛立つ事もありますまい」
「ではどうしろと言うのだ」
 あんな小娘に、この国の未来が掛かっているのか!?
「兄上」
「シャジャン」
 王子達の談話室――密会所とでも言うべきか。
「リベストが、監視に――誰だ?」
「失礼いたします」
 そこに、入ってきたのは第三王子の従者。
「なんだ」
「それが、姫君が部屋を出ました」



 部屋を出ようとして鍵がかかっていたので、窓を伝って隣の部屋から抜け出した。そして迷った。いらだつ気持ちを押さえながら、これなら窓の下に下りるのだったと舌打ちする。
 しかも、誰もいない。いっそ不自然なくらいにいない。あえて、人を減らしたとしか思えない。なんのために? ――私が来たから?
 警戒して監視を増やすならまだしも、減らした?
 変だ。木々が枯れているのも、私を指名した事も。
 角を曲がったが、出口に通じているとは思えない廊下。こんな時、ジュアなら……
 まるで心地よい音楽のように響いていた木々の声が聞こえない。おそわれる不安。
 とにかく外に出よう。階段を下りてきた限り、ここが一階であることは確かなのだから。
 バンッと目の前の扉を叩き開けた。客室らしい部屋を通り抜けて、窓を乗り越えた。



「どこに行ったんだ!?」
 まったく、手間をかけさせてくれる――
「リベスト様が追っております」
「見失いでもしたら許さん」
 ばたばたと人気のない廊下に足音が響いた。



「……?」
 今度は、どうやら中庭にでたらしい。目的地から遠ざかってゆく。
「いらいらするわね」
 ここまで来ても、庭の切りそろえられた木々の声は聞こえない。城の木々は、いつも、庭師の切りそろえ方に文句を――
「まずい」
 あ、と思う間もない。泣きそうだ。空に向かって延びる森の木々も好きだが、城の中にいることを少しだけ誇らしげにして、少しだけおませの庭の木々も好きだ。
 はあっとため息を付く。とにかく道案内がいないと、私はここでは動けない。それだけは事実。
 置いてあった長いすに座って、バラの花壇を眺めていた。バタバタと数人の足音が聞こえ始めたのはその時だった。
「確か、こっちに――どぅわっ!?」
 私の目の前を、通り過ぎそうになった青年があわてて立ち止まる。
 何この、偉そうな奴ら。
「リベスト! いったいどこまで、」
 少し前、私を運ぶ馬車を迎えに来た青年も来た。もしかして兄弟? 似てないわね。
 謁見の間で、王の横にいた三人の青年がずらっと私の前に並んだ。そういえば、私の質問のあと謁見はうやむやになって、私は誰の名も聞いていなかった。
 さて、どうするか――


 彼らの目前でスーシュは、猫をどこまで被るべきか考えていたのだが、それを三人は三者三様の解釈で理解していた。
 一人は驚いて声がでないものだと思っていたし、一人はしゃべる気のない娘だと思っていたし、一人はおびえているのかと思っていた。
 なので、三人の王子のスーシュへの声がけは全く違うものになった。
「驚かせて申し訳ないが――」
「何か言ったらどうだ、娘」
「こんな所で何を?」
「………」
 やっぱり、スーシュは沈黙した。
 三人も、何かがおかしいと沈黙した。汗をだらだら流しているのは第三王子で、第二王子と第一王子はにらみ合った。
 しかし、このままではいけないと第三王子は口を開いた。
「ぇえと、バイアジュ国の王女様――」
「スカットレシュール」
「へ!?」
 間髪入れずスーシュは名乗った。お国の王女様扱いは嫌いだった。その扱いは、第一王女と第二王女と比べて劣るという意味合いしかなかったから。
「スカットレシュール?」
 意外だと、スーシュは息をのんだ。一度で私の名を繰り返す事が出来る人は、そういないから。
「スカットレシュール?」
 もう一度、問いかけられる。息をのんだスーシュの様子がおかしいと思ったのだろう。
 それより、あんた誰だという視線を投げかけると、ようやく気が付いたのか名乗ってきた。
「ぁ、俺――でなくて私はリベスト=ルゼ。あっちは兄上。左がシャジャン兄上で。右がラクルゥ兄上」
「――こんにちは」
 少しだけ、頭を下げた。猫はティリ姉様風にしてみた。つまり、もとがなんなのかわかりもしないほど盛大に猫かぶり。ということになる。
 さて、互いに紹介が終わったくらいでは、なんにもならない。とりあえず名前がわかっただけだ。呼ぶきもないし。
「どこに行くつもりだ? もう逃げるのか?」
「逃げてほしそうなもの言いね」
 はっと思ったが、もう遅い。どこまで猫をかぶれたものか。逃げてほしそうだと聞こえたのは、私が逃げたいから?
 問いつめてきたのはラクルゥと言う名の男で、おそらく彼が第一王子なのだろう。一番歳を取っている。
「噂の王女達とはずいぶん違うみたいだな」
 もう、猫被りがばれてる。ぁあ、一瞬しか持たなかったわね。そのための訓練をさぼっていたのだから、当然だけど。
「そう思うなら、今からでも遅くないと思います」
 そうしてほしい。こんな所、あと一時間だっていたくない。
「――」
 ふと王子の顔が曇った。――なんで?
 なんで、みんな私がいなくなってほしそうなことを言いながら私がいなくなることを恐れているの?
「どこに、行くつもりだったのだ」
 質問と言うより、尋問されている気分だ。関係ないじゃない。
 不満そうにしているのが、ばれたのだろう。言っておくが、猫を被らない私はすぐに顔にでる癖を直せと言われる。
 大げさにため息を付かれたけど、無視。
「――案内する」
 案内は、ないと、私はここではどこにも行けないの! しかたないでしょ!?


 あわてる第三王子の声は無視して、第一王子は従者に馬を引かせた。やってきた馬は漆黒で、とても大きい。そう言えば、レン姉様とティリ姉様は馬に乗る講義があったけど、私は嫌と言った。
 さっき、第一王子に馬に乗れるかと聞かれ乗れないと言った。そうしたら、馬にも乗れないのか意外――哀れみ? に近い目で見られた。
 文句、あるの?
 私、馬に乗って草原をかけるよりジュアに登る方が好き。


 馬にも乗れないらしい王女は、自分の愛馬を見つめていた。それはありふれた馬の中でも名馬に出会った喜び、というよりは単純に馬が珍しげな視線だ。なんなんだ。いったい。
 とにかく先を急ぎたいので抱き上げて馬の背に座らせた。「ぎゃっ」はないだろう「ぎゃっ」は。
 後ろに座って、いまだ物珍しげに高さと馬の背の感触を楽しんでいる、娘。
「噛むなよ」
 娘が振り返って何が? と、問いかける暇は与えなかった。


 突然(スーシュにはそう感じられた)走り出した馬の早さに驚いてとにかくしがみつけそうなものにしがみついた。背に乗っただけでも高いのに、さらに早い。
 あっと言う間にすぎてゆく景色。
「ちょっちょっと待って!!」
 風に飛ばされる声を張り上げた。
「……そんなに叫ばなくても聞こえている」
 やっぱり、迷惑そうよね。
「どこに行くの?」
「………」
 勝手に飛び出しただけかいっ!
「――ぁあ、そうだ。どこに行きたかったのだ?」
「今更!? だいたい、ここどこ!?」
「ここは城下の東だ」
 あーそうですか。
 どうやら、後ろが付いてこないらしい。そのためだけに速度を落としている。人の話を聞くときは、むしろ速度をあげてるくせに!
 だけど、どんどん森から遠ざかっていく気がする。どんどん、どんどんジュアから。――離れて。
 どうして、私は、乗りたくもない馬の背にいるのだろう。


「――おい?」
 なんだ、突然おとなしく――!?
「何を泣く!?」
 そりゃ確かに、気に入らなくて態度が厳しくなっているのは自覚していたが。そのせいか?
 ぁあ、これだから子供は面倒でならん。
「兄上!?」
「丁度よいシャジャン、どうにかしろ」
「は? ……兄上!? 何をしたのですか」
 ただ静かに泣く娘を見て、シャジャンが青くなる。
「何もしていない」
 ぁあ、そんなことはないか。案内するとだけ言って、勝手に連れ回した。
「え〜申し訳ないスカットレシュール。兄上にいじめられたんだよね。悲しまなくていい」
「ぉい」
「兄上、話がこじれそうなので黙っていて下さい」
「………」
「どこに行きたい? きちんと案内するから」
『スーシュ、どこに行くの?』『三の王女様! お出かけ?』――声が、聞こえない。
「部屋の、窓、……っ……」
「窓?」
「外の……森」
 あの枯れ果てた木々しかない場所は、森と呼べるのだろうか。
「南の森? あの枯れ木の?」
 今追いついたリベストが口を開いた。そして、状況が読めていない。
「あれ? 兄貴? スカットレシュール!? どうしたんだ!?」
「ややこしくなるねぇ……」
 ぽつりと第二王子が呟いた。乾き始めた涙を拭いながら、その通りだと思っていた。


 今度は、第二王子の白い馬の背に乗っていた。荷物のように移動されたのは、さっき。
 近づいてくるのは大きな、大きな森。昔は緑あふれ、輝いていた森の名残。
 誘うような入り口が、怖い。
「止まって!!」
「ぉっと。どうしたんだい? ぇ?」
 止まりきる前に、馬の背から飛び降りた。なれてみれば、このぐらいの高さはなんてことない。
 ふらつく足を前に、進ませる。転けそうになっても、走った。
 むき出しの地面には、一枚の枯れ葉もない。やせ細った木は枝が折れていた。
「ひ、どい」
 ここまで傷ついた木は――はじめて見た。
「スカットレシュール」
 頭の上から声がしたかと思うと、影。ついで目の前におりてくる第二王子。
「何かあったのかい? その木が何か?」
「なんでも、ない」
 なんと、言えとでも? 不満そうな、第一王子の表情が伺えた。彼は馬上にいるのに。
「この前、雨が降ったのはいつ?」
「雨?」
「最近ふってないよな。一週間以上前になるだろうし」
「そう」
 なら、もう水が必要であるわけでもない。もっと、根本的なもの。
 そっと、枯れ木に手を当てた。表面はざらざらで――
「いたっ」
 荒々しい木の表皮に指の皮が裂ける。
 血がぷっくりと集まってゆれる。流れるのは時間の問題。血があふれるのを黙って見つめていた。それから、自分の血で赤く染まった幹を眺める。
 もっと、生きたかったよね。こんなになって、人を攻撃するまでに――
 ぐいっと腕を引かれて、驚いて振り返る。またまた不機嫌そうな第一王子が布を裂いて指に巻こうとしていた。
「すぐ止まるわ」
 あわてて、腕を引こうとしても力が強くて動かせない。
 結局、血が流れていないかすり傷の指まで布を巻かれた。
「――ありがとう」
 されるがままで、終わった。もう興味は失せたというように、第一王子は立ち去る。
 ふと周りを見れば、従者達が馬を木につないでいる。どうやら、馬から下りた私にあわせて歩くことになったらしく、馬は置いていくらしい。
 何も言われない、から、いいや。待っていられない。
 森の中を進むのが、こんなにも恐ろしいものだと思ったのははじめてだ。森は、いつも、私を包んで守ってくれる――
「きゃぁ!?」
 唐突に、手が触れた。驚いて振り返ると同じく驚いた顔が見える。
「ぁあ。ごめん。呼んでも気が付かないようだったから――」
「ごめんなさい」
 何度呼ばれていたのか、わからない。
「何か?」
「どこまで行くんだ?」
「え?」
 言われてみればもっともな質問に、ふと我に返る。迷いなくここまで進んできたが――どこに、行く?
「どこまでと言われても……」
「もうすぐ日が暮れてしまう、あまり奥まで行くと帰れなくなってしまう」
「そう、ですね」
 こんな沈黙した森で、眠りたくない。だけど――
「急ぎでないから、出直さないかい? また。明日にでも案内するから」
 確かに、その方がいいかもしれない。私も、今は平常じゃないから。そう思って、歩き出した。
「どこに行く?」
 また、不機嫌な第一王子に声をかけられた。
「? 帰るんでしょう?」
「そっちは、逆だ」
「………」
「方向音痴か」
 うるさい。さらに迷子だけど。――森で、迷うことなんてなかった。
 また馬の背に乗せられた。なんだか知らないけど今度は第三王子だった。別に誰でもいいけど。なんで、そっちで深刻に悩んだ結果なのよ。



 帰ったあとは大変だった。なんだかいきなり増えた侍女につれられて、服を着替えさせられた。あと化粧だなんだと引っ張られる。
 なんでも、夕食のためって、ここまでする夕食? 食べた気がしなそうね。

 と、思った通りだった。王と、傍に王妃――正妃? 王子は三人いるのに、妃は正妃しか出席できないのだとあとで知った。あと何人いるのかは知らない。
「外をうろついていたそうだが、」
「―――は?」
 正直おなかが空いていたので、むかーし昔に教え込まれた行儀作法を遠くにやった。ので、沈黙の中味の感じない料理を取りあえずいろいろ考えながら胃に押し込んでいたので、聞いていなかった。
 今も妙な沈黙を感じたから顔を上げたときに視線を感じて声を上げてしまったにすぎない。
「――外をうろついていたようだが」
「はい。そうですね」
 連れ出されたんですけどね。まぁでも行きたいところでもあったし。
「王家の名を汚すな」
「この国から追いだした方が早いとはお考えにならないのですか?」

 そして睨まれた……それ以上口を挟むなと言われて、沈黙したまま食事は終わった。
 お世辞にもおいしくいただけたとは思えない食事。あとでおなか空きそう。

「ん〜」
 ひとまず、部屋に帰って伸びる。そうそうに重苦しいドレスを脱ぎ捨てたが、ほかの服はどこだ? 下着姿のまま寝台に寝そべっていたら、侍女が来た。
 湯の準備ができた、と。

 ぱしゃんと、お湯を跳ねさせる。飛び散る水しぶきと、立ち上る湯気。
 花の香りのする石鹸を泡立てた後だからか、香りが漂っている。
「……」
 世話をする侍女達には出て行ってもらった。彼女たちの仕事を奪うことになるが、私はいつもそうしていた。レン姉様とティリ姉様は逆。湯の時間にはたくさんの侍女とともに入り、なかなか出てこない。
 たまにふやけるんじゃないかと心配になる。
「窮屈」
 たくさん侍女を控えさせることが、王族のつとめだと誰かが言っていたことを思い出した。



「なんだ、あの小娘は」
 ガシャーンと、今スーシュが使っている湯殿に置いてある石鹸おきより遙かに高価な壷が床に叩きつけられる。
「同感です」
 飛び散った破片を避けもせず、片づけもせず、男が一歩踏み出す。
「まぁまぁ父上、兄上、落ち着いて」
 もう一人が、破片を拾う従者を避けながら近づいてきた。
「これが落ち着いていられるか! この私があんな小娘になぜ足下を見られなければならない!!」
「そう申されましても」
 夕食でのスカットレシュールの言葉、的を射ているだけに何も言えない。そう、あんな常識の外れた小娘、この王家に迎えいれる必要はない。ないはず、だった。
 だったのだが――
「ぇえい! 何か対策は取れたのか!?」
「いえ、残念ながら、何も」
 見るからに、事態は悪化している。最初は、枯れ木が目に付くくらいだった。
 いつの間に、森は荒野になり果てたのか。もうそれすら、わからない。



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