「っだー」
 ぽいっと本を投げつけて寝台に仰向けになる。最初こそがんばっていたが、脱線して書庫にあった小説を読んでいた。
 結末が気に入らなくて……そうじゃなくて、結局森について何もわからないままだった。
「なんなの」
 部屋の外に見える木、遠くに見える枯れ木。静かすぎて、時折眠れない。そんな日はずっと本を読んでいた。
 そうすると、すべてを忘れられるから。
「なんで」
 なんで私は、こんな所にいるの。
 なんで、木々は会話をしないのだろう。
 なんで木が枯れて。荒野になったのだろう。
「明日は」
 森に、行こう。



 てくてくと城の中を歩いていたら、つかまった。
「何をしている」
 だからなぜ、私の動きがわかるのだろうか。この国は監視ばかりだ。
「森に行くから」
「森――あの荒野が?」
 びくりと震えた。
「そんなんだから、森が枯れたんでしょう!」
 なぜだか、そう思った。
 ここでも、誰も、木を思いやることはない。
 なぜだか、いらだった。彼らを見ていると。いらいらした。
 たぶん、本当は一番自分にいらだっていた。そう。ここでも何もできないと確信させられるから。
 所詮私は、木と話すことができなければ存在する意味はない。
 それ以外、誰かに望まれたことなど、ない。木々達と、話をする以外。



 スカットレシュールを見ていると、かなり不安定であると思う。機嫌がよいと思えば、こうやって兄に食ってかかる。
 部屋で本を読んでいたかと思えば、森に行くという。
「まぁまぁ兄上。日が暮れてしまいますから」
「シャジャン」
「えっと、スカットレシュール、歩いていく気かい?」
「それでもいいわ」
「送るよ」
「……ありがとう」
 先んじて歩くスカットレシュールのうしろで、馬の用意を急がせる。兄はまだ渋い顔をしていた。


「どうぞ」
 相変わらず、第二王子はまだ親睦的だった。
 馬に乗せられて城を出る。真後ろに第二王子。隣に第一王子。何かの嫌がらせ?



 久しぶりに来たと感じるくらい来ていなかった。一目でわかるのは、枯れていた木々が減っていること。全部、ひび割れた大地に吸い込まれていく。
 止まらない。砂漠になる――
 迷わず中央に向かう。ここにはまだ緑があった。
「んーー」
 久しぶりだと、伸びる。木はしゃべらないままで、私も帰れないままだ。けれど、少しだけほっとした。
 まだ生きてる。から。
 根本的に生きることを放棄したこの木々たちは、いくら水を与えても意味がない。こんなになるまで生気を削ぎ取られた元を断たないと。
 でも、何が?
 何が、彼らの命を奪っているのだろう。
 がばっと振り返った。驚いたように目を見開いた第二王子と、不機嫌なままの第一王子。
 なぜか、こいつらじゃないと確信を持てた。だから何がというほどのものでもない。
「なにか?」
「別に」
 ならなぜだろう。どうしてだろう。
 まだ緑の残る木の幹に手を伸ばした。そっと額を当てて、耳を寄せる。弱い音が聞こえる。
 こうやって、枯れていったのだろうか。すべて。まるで気がついたら消える寸前のろうそくのように。
「――生きて」
 ただ、それだけを願った。



「あ、おかえりルゥ兄、ジャン兄。どうだった?」
「どう……」
「どうということもない」
 珍しく口ごもった第二王子に、そっけなく第一王子は言った。
「そうかー……父上がかなり怒ってるんだ」
「だろうな」
「でしょうね」
「スーシュは、どうしてあんなに森にいきたがるんだろう」
「知るか」
「明日、俺が行くね」
 そう言って、第三王子は自室に戻った。残された二人の王子も、自室に帰っていった。



「生きて」と、彼女はそう言った。あの枯れた木に向かって。彼女にとって、木は何か違う意味合いを持っているんだと感じる。
 だがそれほどの執着が、どこから来たのかわからない。たかが木と放っておいたら、これだ。
 森の木々は枯れて荒野になってしまった。
「しかし、至難の業ですね」
 あの、口を開くことを拒むスカットレシュールから何かを聞き出すことは。

「そんなんだから、森が枯れたんでしょう!」と叫ばれた。あの声は、悲痛なものだった。
 何を知っているのだろう。何をそんなに必死になるのだろう。
 たかが木じゃないか。その一言が、あの娘を一番傷つけている。
 森に行って、あんなに取り乱していた。あの姿。しばらく忘れていた。
「どうしてそうも」
 ぁあも親身になれるものか、森に関しては。



「スーシュ! スーシュ待ってくれ!」
「なに」
「どうしてそうもさくさく進めんるんだ? また地面が陥没したら危ないだろう」
 今日は第三王子が連れてきてくれた。その性格のおかげか従う兵士の数も少なくて、かなり自由だ。かといって撒けるほど、甘くはないが。
「平気よ」
 いいのよ。落ちても。痛い思いをしているのは、森の木々なのだから。
 それにしても、だ。
 天候に目立った変化はなかった。大地の様子も。
「いつ、こんなに木が枯れたの?」
「へっ――ぁあ、えっと」
 突然の質問に戸惑ったのか、リベストが口を閉じた。なによと振り返ると、かなり驚いた顔をしている。だからなに。
「いやっ、めずらしいなぁと思って」
 そんなに、誰かに話しかけることが。
「私は、この国に住んでるわけじゃないの。必要なことは聞かないとわからないわよ」
「ごめん。木が枯れるのはよくあることだろう? そのスピードが速いって事に気がついたのは四、五年前だ。様子見の期間にしては、のんびりしすぎたみたいだけどな。気がついたら、もう森の半分だ」
 徐々に増えていった枯れ木、全体の半分を占めていたと気がついたのはいつ? もう遅い。
「枯れていくのに、気がつかなかった?」
「誰も、重要視してないさ。そんなの」
 ――そんなの。
「そう」
 手に握った木の枝が、乾いた音を立てて折れる。はっとしたが、遅い。
 水分を失って、からからの枝。
「そうだ。スーシュ、今度町に行かないか?」
「は?」
「だって、この国に来て城の中かこの森しか往復しないじゃないか」
 いや、だから、どうしてそういう方向に発想が向くのだろう。この王子が一番謎だ。



「で」
「でって、兄上。怒ってる……?」
「わかってるじゃないか」
「ごめん」
「ほぉ?」
「ごめんなさい」
「確かに、素直に謝っておくのが得策ですね。リベスト」
「ジャン兄! 助けて!」
「嫌です。――嘘です」
 否定して、絶望的な弟の顔を見て二番目の兄は言い直した。
「まぁ兄上。たまにはいいじゃないですか」
「たまには!? そんな状態か!?」
「別の視点というのも……」
「お前達に任せる。私は忙しい!」
 ばんと扉を閉じて、ラクルゥは歩き去った。
「やっべー怒らせた?」
「その割には余裕ですね。リベスト」
「いつ剣を抜かれるかどうか……生き残れてよかったー」
「貸しにしときますよ」
「げっまじで?!」
「当然でしょう」
 そういって、シャジャンも部屋を出て行った。
「まじでー」
 残されたリベストは、天を仰ぐようにうめいた。



「おはようございます!」
「……お早う? 何?」
 朝、こうやって起こされたのも、多々侍女が部屋にいることもはじめてだ。
「本日はリベスト様から、お仕度のお手伝いを言い付かってます」
「……なんで?」
 と、しばらく考える。
「――ぁあ」
 なんか、あったな。なんだっけ? 確か――でかけるとかなんとか。
「本気だったんだ」
 了承した覚え、ないんだけどね。



 味気ない朝食終えて部屋に戻る。食事はおいしいのだろうが、あまりに空気が寒々しすぎておいしさを感じ取って和めない。
 扉を開ける前に、待ってました! と侍女が開いた。
 着るように用意されていたのは、濃い緑色の服だった。ここに来て緑って、皮肉よね。
 緑色が貴重のワンピースに黒の長いベストを重ねる。前を紐で編みこんで止める。長いスカートはたっぷり布が使われているのか、歩くたびに広がる。
 足元はひざ下までの茶色いブーツに赤いリボンが付いている。スカートで見えないけどね。
 袖口はシンプルに手首まで覆う長いもの。
 小さめのポシェットと、鳥がモチーフの木彫りのペンダント。
 髪を緑のリボンで結い上げて、着替えの時間は終わった。
 ――誰の趣味?

「スーシュ! よく似合う!」
 部屋を出ると、待ち構えていた第三王子がいた。
「あんた?」
「へ? さっすが、ジャン兄に用意させただけあるよな!」
 ぼそっと言った私の呟きは、彼の中できれーにするーされた。ぁあ、そうか。第二王子か。
「さぁ行こう!」
 さくっと伸ばされた手を取った。何も違和感を覚えなかったことに驚いた。
 それと、暖かさに。
 ジュアに不満があるわけじゃない。ただ思い出した。
 こうやって人と手を繋いだことは、ほとんどなかった。


 城から町はすぐ傍なので、そのまま――手を繋いだまま歩いていくことになった。
 つーかこの男。聞いてくるだけで二言目には決定している。私に問いかけてくる意味がない。
 今のところ、笑顔で聞き流している。ぇえもちろん、笑顔で。



「でかけていきましたね」
 それはまるで、ひとり言か呟きだったのだが、同じ部屋で書類にサインを書いていたラクルゥの手が一瞬止まる。
 それを見逃す、シャジャンではない。
「それで」
 答える必要はなかったのだ。だがラクルゥはその言葉を聞き流すことはできなかった。
「それで、とは?」
 意地悪く、シャジャンは問い返す。
「………」
 ラクルゥは、口をつぐんだ。奇妙な沈黙。
 再び、シャジャンが口を開く。
「でかけて行ったんですよ」
「それがどうした」
「つけていこうと思うのですが、どうなさいます? 兄上」
「くだらない」
「何かあってからでは、遅いですが。――そうですか、なら僕だけ行きます。ぁあ兄上は、ごゆっくり」
 ことさらゆっくり、シャジャンは部屋の中を突っ切って行く。そして、その手が扉にかかるか、かからないかというところ。
「ちょっとまて」
 その先の言葉を、シャジャンは知っていた。



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