『前略 御爺様(おじいさま)
 お元気ですか? ミネファは元気です。今日は晴れ。天気がいいです。見晴台に登って海を眺めています。船長は、私がここに上がるのにあまりいい顔をしませんが、無視しました。雲の流れが速いので、もしかしたら一雨来るかもしれません。―――もうすぐお昼です。』

「ネファ!!!」
 下から、呼び声が上がった。

『また、来ます。』

「はーーい!」
 持っていた日記に書くのをやめて、呼ばれた少女は立ち上がった。
 少女と呼ぶには、少し成長している。――十九歳。
 船の見張り台から下に続く網のようにかけられたロープを、ぎしぎしと言わせながら甲板に降り立った。


「「「「いただきます」」」」
 目の前に並んだ食事。どうやら今日は、
「いっぱい釣れたのね」
 嬉しそうに言いながら、ネファは焼き魚に噛り付いた。
「ネファ。少し、見張り台に上がるのを控えないか?」
 一番奥の上座に座す船長――グウィーダンが言う。
「いやよ」
 あっさりと言って、今度はマリネに手を伸ばした。
「また何かしてんだろ」
 からかうように声がしたが、ネファは顔を上げただけだ。
「なんだい?」
「やめろカンガス。飯が不味くなる」
「へいへい」
「だけどねネファ、皆心配しているんだよ」
 船長の左に座る男。副船長――オクギリが言う。
「……はーい」
 口に運びかけたリゾットの盛られたフォークを置いて、ネファはやれやれという風に言った。



『ただいま、御爺様。みんながここに来るなって言うの。なぜだと思う?』
 また、見晴台に登ってネファは日記を書き綴(つづ)っている。最近では一日1ページが目標だ。
パタン
 続かないのか、一度日記を閉じて空を仰ぐ。あまり、広くない円状の見晴台は、それでも壁に背中をつけたネファが足を伸ばすことはできる。ひざに当てるように書いていた日記を隣において、足を伸ばした。白い雲が流れるたび、影と光をネファにおくる。
「まぶしいーー」
 ちょうど顔を上げた瞬間に隙間から顔を覗かせる太陽。ネファは、そのまま寝付いてしまった。

 幾分か、時間がたったころ――

「おきろ」
 揺さぶられて目を覚ました。
「……? 何?」
「速く下りろ!」
「!?」
 カンガスの有無(うむ)を言わさぬ口調に、ネファはいぶかしみながらも立ち上がって、淵(ふち)を乗り越えようと手をついた。――そして、見た。
 バイアジュ国の国旗を掲げた軍艦が数隻。こちらに向かっていることを。
「何?」
「いいから、早く!」
「はい」
 ただならぬ事態に、あせって下りた。ロープをぎしぎし言わせていると、船長(グウィーダン)と副船長(オクギリ)が甲板に現れていた。
「部屋に行け」
「でも、」
「すぐに。アロマ、連れて行け」
「ほら、ネファ」
 私より二つ上。アロマは私の腕を引いて行った。
「………」
 なんだろう。
 見える海の向こうの船は、確実にこちらに向かっている。

「船長!!」
「数が違いすぎる。まさか、こちらに用はあるまい。……このまま進め。やりすごす。」
「はい」
(だが、もしや――まさか)
 思いついた答えを、振り払った。

 そのまま、回路を西にとっている。軍艦は南から、確実にこちらに向かっていた。


パタン……ガチャ!
ばたばたバタンがちゃがちゃ
ザァァァァ――
 部屋のドアに鍵をかけ、窓を閉め鍵をかけカーテンを閉める。
 その、厳重さに驚いた。
「アロマ。どうしたのよ」
「物事は、念入りに」
 それ、入れすぎ。
 はぁ、っとため息をついて。ネファはハンモックにねっころがった。



「………」
 予想に反して、船は迷わずこちらに向かってくる。
「船長」
「なんだ」
「船長は中へ、まずは私が応対しますから」
「――そうだな」
 言葉に、操縦室に戻った。


 近づいてきた船は、もう、甲板の上の人影が確認できるほどだった。


ザァァァァァ
 波がかき分けられて、ゆれる。
「こちらは、バイアジュ国王に仕える者だ。そこの商船。止まりなさい」
(――商船。ね)
 まさか、海賊船だとは言えまい。ゆっくりと落とした速度にあわせて、軍艦が横づけする。もちろん、今は海賊旗を取り払っている。時に海賊、時に商船。でも、本来は海賊。一隻二役のおいしい役どころである。

「バイアジュ国の軍艦が、このような商船に何の御用で?」
「……お前が船長か?」
「いえ、私は副船長を務めております」
「船長を呼べ」
「かしこまりました」


 こちらの甲板に、その代表らしき男と、数人の兵士がいる。後は、周りを軍艦が取り囲んでいて、逃げるのも抵抗するのも得策ではなかった。


「何か、ございましたか」
「“人”を探している」
 呼ばれ甲板に上がって、端。代表の男はシギ・ファンと名乗った。
 二人きりで話したいといわれ、先端で話し始めた。この世で姓を名乗れるものは王族、貴族、それに、いくつかの例外。人に授かる。つけてもらうなどがあるが、基本的には姓などもっていないのが普通である。
 だが、その男と二人きりで話をすることに、皆は反対した。が、姓を持っているということでしぶしぶと承諾した。
「人、ですか?」
「そうだ」

 予感が、確信に変わったのを、悟られるわけにはいかなかった。

「何方(どなた)を?」
「………」
 一時、男は黙した。よほど、大っぴらにできない事情でもあるのだろう。話の前に渡された袋は、だいぶ重い。
「十八年前、わが国で戦争が起こった時、消息を立った正妃、アジーナイズ様のお子、です」

 『お願い!! 私はもう死んでしまうでしょう。でも! でもこの子だけは!』

「名は、」

「「ミルファネーゼ」」

「っな!!!」
 重なった言葉に、男は絶句した。
「まさか!! 左腕の焼印の意味は!」
「“この地に戻れ”。オクギリ、ネファをここへ」
「――はい」
 絶句した男から目を離して、こちらに傾けた耳を研ぎ澄ましていた信頼する副船長に声をかけた。




「なんなのかな〜〜?」
「知らないわ」
「ね〜〜アロマ〜〜」
「ダメ」
「ちょっとだけだから〜〜」
「ネファ。船長の言いつけなのよ」
「それは、そうだけど。ほら、ばれなきゃいいし」
「あのねぇ」
「ね〜〜お願いアロマ。だって、気にならない?」
「……」
 ふと、視線を向けると、この状況を楽しんでいるとしか思えない表情がネファの顔に広がっている。
 はぁっと、アロマはため息をついた。でも、確かに。
「気にはなるわよね」
 なんとなく、船長の船を見る目はきつかったし。
「ね!!」
 意を得たというようにネファの顔が輝く。
「いいわ。そのかわり、誰にもばれないように」
 にやりと、アロマが笑った。

「ネファ!!」

「「きゃぁあ!!!」」
 何の前触れもなく部屋に入ってきたオクギリに、予期するどころか悪巧みをしていた二人は驚いた。
「? どうした?」
「い、いきなり入ってこないでよ!!」
 焦ったように叫ぶネファ。驚いて、でも、どこか目線をそらしたアロマ。
「――………」
 何を考えていたか、なんとなく予想はつく。
「ネファ」
 ゆっくりとついたため息は、波の音にのせよう。
「?」
「船長がお呼びだ」
「? 何で?」
 首をかしげたネファ。






「………」
 男は、苛々と船の縁を後ろ手の爪で叩いていた。
「………」
 オクギリだとは言え、人間だ。そんなに早く往復できるはずもない。それに、ネファを連れてくるだけだとしても、時間はかかるだろう。

カンッカン! カン!!!
 軽い足取りで階段を上がる足音に、その場にいた者は全て視線を向けた。


  M e n u   N e x t