「ふんふ〜〜ん!!」
 楽しげに上った階段。
「よっと!!」
 最後の二段を一度に上がって、つかんでいた手すりから手を離した。
「………え……と?」
 ぐるりと視線を見渡して、船長を探した。
「あ!」
 先端に二つの影を見つけて、これから起こることも何も考えもせず、早足で向かった。


「お呼び?」
 急ぎ足できたので、少し上がった息を抑えつつ船長の目の前までやってきた。
「………」
 隣にいた男が呆然と驚きと絶句と。とにかくあいた口が塞がらない状態でいるのは無視だ。
「お迎えだ、ミルファネーゼ」
「――!?」

『ミネファ、これから話すことは、誰にも言わなくていいけど、覚えておかなければならないよ。』

 ゆっくり、ゆっくり、御爺様の言葉が頭に反芻(はんすう)する。

「誰?」
 呆然と私を見ていた男に、低い声で問いかけた。
「申し訳ありません。お初お目にかかります。私は、シギ・ファンと申します。貴方様の護衛をさせて頂く者です」
「はぃ?」
「父の話は覚えているだろう。荷をまとめて来い」
「船長!!!?」
「早くしろ」
「で、でも、人違いかも……」
「それは、ありません」
 うるさい! ネファは男を睨んだ。
「手間を取らせるな」
「だけど、」
「なんだ」
「………」
 ねぇ、私はもういらないの?



『お前には親がいる』
『?』
『お前は、私の子でもこの船の子でもない』
『………』
『お前には本当の親がいる。その親からお前を預かっているにすぎないのだ。きっと、本当の親はいつかお前を迎えに来る。もし、迎えが着たら、お前はその親の元に帰らなければならない』
『……御爺様……』
『どうした?』
『何をすればいいの?』
 どうしたら、ここにていいの?
『……ミネファ』
『ミネファはいらないの?』
『そうじゃないよ』
 泣き出したネファとあまり語らない老人。

 どこか二人は食い違ったまま。数日後、前船長サイガル。グウィーダンの父親は他界した。



「船長! それどういう事ですか!」
「!? アロマ……」
 呼んだはずのない者の登場に、オクギリを見た。
「無理ですよ」
 連れてこないようにするのは。
「………」
 まぁ、確かに。
「アロマ、ネファを手伝え」
 ため息をついてから、言った。
「何を言い出すんですか!!」
「大丈夫」
 一人で。
 カンカンカンカン!!!
 それだけ言って、いきなりネファが走り去った。
「まってネファ!!」
 アロマは、見送るしかなかった。

「追っても?」
「好きにしろ」
 シギと名乗った男の声に、答えた。用があるのはネファだ、他に何か問題を起こすはずもない。




バタバタバタバタン!!!
「はっ、はっ、は………」
 少ない荷物をまとめるのはあっという間で、悲しむ暇も何もない。



「船長! それでいいのですか!?」
「仕方ない」
 それが、ネファの母親の望みだ。
「〜〜あれじゃまるで! ネファを追い出すみたいじゃないですか!!」
「………」
 そう、取れるのか。




キィーー
「お持ちします」
「うわ!!」
 横からかけられた聞きなれない声に飛び上がった。
「え!?」
 呆気にとられた間に持っていた荷物は奪われた。
「…………」
 なんなのよ。
 苛立ちを隠しもせず、ネファは甲板に向かった。



「船長」
「終わったか」
「はい……」
 無言で、視線が合わさっていた。
「行きましょう。ミルファネーゼ様」

『もし、迎えがきたら、お前は行かなければならない』
 どうして?
 うつむいて、私はその言葉を聞き流した。
「……?」
 動こうとしないネファに、男はいぶかしんだ。

 行きたくない。

「ネファ」
 その、いつも安心する声に顔を上げた。
 いつも、首を上げないと視線の合わない船長が、珍しく自分の膝を折ってうつむく私と目を合わせた。
「お前の、家はここだろう。……いつでも、帰ってきていいんだ」
「そうよ!! 血のつながりだかなんだか知らないけれど」
「もし、いじめてくるようなら、私たちも応戦する」
「そうだぞ、ネファ。もし、親が気に入らなければ帰ってくればいいんだ。――いつでも」
 そう言って、船長は右手で私の腕をとった。その左手が、腕にはまった腕輪をなぞる。
「………本当に?」
「誰が、仲間を……娘を手放したいと思うものか」
「あら、それって私も?」
 アロマが、ほほに手を当てて言う。
「はっ!」
 やってきたカンガスが馬鹿にしたように笑う。
ドガ!!
 鈍い音には、皆目を逸らした。
「何しやがる!」
「お黙りこの原始人!」
「んだとこの男女!」
「なんですってぇ!!」
「「………」」
 突然の事態に、ネファと船長はあっけにとられた。
「……あはははは……」
 ぎゃあぎゃあと、わめきたてる二人を見ていたら、なんだか涙がこみ上げてきて、笑いたくなってきて。
 皆が、明るく送り出してくれようとしているのがわかって。
「あははっははは!!」
 こらえきれなくなりそうな涙を、大笑いでごまかした。
「――もう、おなか痛いわ!」
 そう言って、目頭の涙をぬぐうと、ゆっくりと周りを見渡した。一人一人。……皆、大好き。
 最後に船長に向かい合った。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 シギ、という男を振り返ると、持っていた荷物はすでに隣の船の中らしく、恭しく私のことを待っていた。バイアジュ国の軍艦と、この船をつないでいた橋を渡る。
スタっ
 隣の船の甲板に降り立つと、いつの間にか兵士がいっぱいいて焦った。
「………はっ……い?」
 頼むから、そんなに集中してみないでほしい。
「出航!!」
「!?」
 響いた声に振り返ると、船との距離が見る見る開いていった。
「あ……」
 反射的に伸ばした手を、届くはずがないとわかって下ろした。
「………」
 届かない手は、握り締められた。

「ネファーーーーぁ!!!」
「ぅわ!!?」
 距離的には絶対に声が届くと思わないが、聞こえた声。
 顔を上げて見ると、ぶんぶんと大きく手が振られていた。アロマと、アロマに手をつかまれたカンガスだ。思いっきり振っている。左腕、つまり、カンガスの腕を。
「……えと?」
 そのうち、腕がもげそうだ。――あ! さっきの仕返しか。
「じゃーねーー!!」
 どうやら、無視してネファは手を振ることに決めたようだ。
 しかし、風が強かった。はためく帆は風をいっぱいに受けている。見る見る船の距離は離れて、見えなくなった。


 行ってきます、御爺様。


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