20

「よいしょ」
 考えても考えてもどうしょうもない。だからいっそ、考える事をやめるの。
 乗り越えた窓の高さは、何を表していたのか。
 だって、私の考えに答えなんてないんだもの。
 だから、とりあえず――

「どちらへ」
「ぅわっ!?」
 中庭を突っ切って、角を曲がって、それから裏口に向かう途中。
 走って逃げようかと思ったけど、捕まるし。
 そろそろと振り返ると、なんとも言えず機嫌の悪そうなシギ。
「外、行くの」
「……そうですか」
 止められるかと思った。けど、何も言ってこない。不思議に思って、一歩進ん
 だらシギも進んだ。もしかして。
「ついてくる気?」
「ほかに、何か?」
 そういえば、それが仕事だったんだ。
「大変だよね」
 それこそ人事だった。



「出かけた? 朝から?」
「はい」
「そうか。好都合か」
 あれから届いた、一枚の書状。エダリディーガから。
「陛下」
「わかっている。あれくらいで騒ぎ立てる国だとも」
 再び、炎が燃え上がっている。今度は、止めてみせる。



 朝の空気が、とても澄んでいた。潮風に乗って、人の声といい香りが届く。
 おなかすいた……
「ネファ」
「何」
 後ろからかかった呟きに答える。その呼び名が、ひどくなつかしい。
「朝食にしませんか?」
 それには、賛成だった。


 食欲はあると言うか、ありすぎてこちらを驚かせてくれた。
 そういえば、まともに食事をするのは久しぶりと言う。
「味は、いかがですか?」
「おいしい」
 あの城のほうが、いい食材を使っているはずなのに、こちらで食べるほうがおいしい。あの城の食堂で一人では、落ち着かない。
 周りは騒がしく、人々の声が響き渡る。朝らしい活気が、通り抜けていく。
 こっちが好き。このむしろ騒がしいくらいの喧騒が。人々の声が。そして何より、自分が“今”を楽しめる事が。
 お父様は、好きだ。だけど、あの城で、王女でなければいけないことは、辛い。
 だって、私はそうやって守ってもらえるような子じゃなかったのに。……だめだ、また……
「ネファ?」
「!」
「止まっていますよ」
「い、はい」
 驚いて、目を見開いた。再び、さめ始めた食事に手をつける。
 気まずくなった、きがする。ぼんやりそんなことを考える。気まずくしたのは、私?


 水面下の火種は、徐々に水を蒸発させる。水の底が見えるのは、時間の問題。

「断られたと、」
「はい」
「ずいぶんと、強気に出てきたな」
 それも、終わりか。
「存在できるのは我が国のおかげと、思わせる必要があるな」


 エダリディーガが内密に武器を集め始めたという報告を受けてからは、緊迫した日々が続いた。
 しかし、相変わらず城下に出るミルファネーゼ様はそのことを知らなかった。王が、絶対に悟らせるなときつく言いつけているから。
「何も、知らされない。――いつも」そう、言った呟きを聴いた事がある。だからそれがミルファネーゼ様にとってよいことなのかどうか、私にはわからなかった。

「シギ様!」
「どうした」
 もういつものように、ミルファネーゼ様が城下に降りていくところだ。手短にしてほしい。
「ファン軍師がお呼びです」
「何?」
 軍師(父上)が? いったい何事だ?
 こうしている間にもミルファネーゼ様は行ってしまう。別の兵士達に護衛を言いつけて、足早に会議室に向かった。

「早かったな、もっと渋るかと思っていたが」
「そう思いになるなら、こんな時間に呼び出さないで下さい」
 父親は息子の返答におやっと眉を上げた。少し前なら、絶対に反論してきそうなことを言ってやったのに。
「ルギ、程々にしておいてくれ」
「はいはい。陛下」
 軍師は顔を上座に向けて、シギは席に着いた。
「エダリディーガが本格的に出陣をする――どのルートでくるか」
 国王の言葉が低く響く。負けるわけには、いかない。



「ん〜」
 城下に降りて、伸びる。それから店を見て回ったり、公園に行ったり。
 この前はシギがいるかぎりと言うことで、劇場に入った。やっていたのは古代が舞台で、神に恋をした娘の話だった。途中で、寝たけど。
 あの呆れた感じには何も言えなかった。

「……?」
 よくわからないが、何かが違う。――ぁあそうだ。いつも迷惑そうな顔をしてやってくる男が、城下に入ったというのにまだ来ない。
「……」
 ちらりと振り返ると、場内で見たことのある兵服があわててやってくるのが見えた。
 そして笑って、角を曲がった。

 知らない道を、走った。どこまで行ったのか自分でもわからなくなるが。それでよかった。
 息切れを押さえるために、深呼吸した。ふりかえっても、誰も言ない。細い道。左右には、煉瓦作りの高い民家が立ち並んでいる。いずれも、裏口が見える。正面口は反対。
 よく晴れた日のはずなのに、どこか薄暗く、人もいない。
 今は、一人だ。――うれしかった。

 誰もいない誰もいないと、うかれていた。だって、部屋にいても誰かの視線を感じる。部屋の外にも、窓の外にも誰かいる。
 でも、今は誰もいない。一人だ。
 裏道は薄暗くて誰もいなかったけど、一人でいることがうれしくて気にならなかった。
 角を曲がって、歩き続ける。
 ひとしきりうれしさを楽しんで、今度はこっそり歩く。しずかに、足音をたてずに。
 また、角を曲がった。ふと、遠くから話し声が聞こえる。
(?)

 「――」

 聞こえる。
(なんだろ)
 さらに慎重に足を進める。
 どうやら、次の角を曲がった先。
 船長と副船長の話を盗み聞きしたときのことを思い出して、気配を消す。
 角の端の壁に背中をつけて、進む。

「これで……ジュ国も……」
「――南が」

(二人?)
 そっと、のぞき込む。

「これで、この国を欺けます」
「口を慎め」

(なに?)
“バイアジュ(この)国”が、何?
 ミルファネーゼの背中に、汗が流れた。動けない。

「おっとそうでした。それでは、また期待してますよ」
「嘘をつけ」
 小柄で、茶色いローブに身を包んだ男がひひひと笑いながら去っていく。

(誰!?)
 少しだけ、身を乗り出そうと身を屈める。――背後から伸びてきた手に気が付かずに。
「――!?」
 口をふさがれて、そのまま身を崩した。


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