21

 薄暗い室内で、三人の男達が話し合っていた。部屋の中には寝台と、数個の椅子しかない。外に通じる扉は堅く閉じられ、窓はない。
「何者だ?」
「存じ上げませんね」
「始めてみる顔だ」
「まだ子供だ」
「しかし、なんだってあんな所にいるんだ」
「知りません。身なりはよいですが」
「問題は、どこの誰だって事だ。使者に気が付かれなかったからいいものの、こっちの問題だぞ」
「そうなりますねぇ」

 頭の上と、遠くで会話が交わされている。なに? だれ?
 ひどく体が重い。まぶたも。

「面倒なことに……」
 ぴくりと、手が動いたことは見逃さなかった。
「お目覚めか。手っ取り早く行くか」

 な、にが――

 なんとかまぶたを開けて、首を回す。知らない天井。のぞき込んでいるのは――
「!? だれ!」
「ぉやま。ま、逃げようなんて思わないことだなこっちは捕まえる自信があるぞ」
「?」
 なんのことかわからない。逃げる? なんで?
 そう思って体を起こす。ひどく、狭い部屋。見つめる視線。とっさに、走り去ろうと――
「だから、無駄だと言っただろ?」
 扉を塞ぐ、人間。窓はない。しょうがないので寝台に座り直した。
「いい子だな」
 私、そんなに小さな子供じゃないわ。
 幼子に言い聞かせるような口調にいらだつ。
(いったい、なんなの?)
 こちらを観察する視線と同じように相手方を観察する。その視線に気が付いたのか、男の顔がゆがんだ。
「ずいぶん、余裕だな」
 余裕?
 はっとさせられる。ここには、船長も副船長もアロマも、いない。今日シギはいなかったし、兵士もまいてきた。――本当に一人だ。
 急に、怖くなった。


 起きた娘は何も言わない。どこまで話を聞かれたかわからないし、殺してしまうのが早いが。死体が残るので面倒だ。川に流してもいいが、身なりがよすぎる。捜索が出るかもしれない。
 さてどうしたものか。


「まぁいい。何聞いたんだ?」
「――あなた、さっき、いったい何を」
 聞こえたのは国名と、欺く。いったい何から、国王を欺くつもりなの? それだけが、支えだった。
 国王(お父さん)。
「ん〜どうするか」
「口を封じた方が早いでしょう」
 封じる? 殺して?
「そう言うことは、本人に聞こえる所で言うものではないですよ」
 ミルファネーゼの顔が青ざめたのを見て、楽しんでいる。
「悪趣味なのはどっちだ」
「まぁいい。問題はそうではない」
 真後ろにいる男が手をたたいた。話をしていたのは私の正面、扉の前で椅子に座っている男と、そのとなりに立っている男。合計三人。
 逃げ方は、教わったでしょう。
「おっと、おとなしく――」
「放して!」
 一瞬で、いいから。
 短剣を振って、走る――
「――!?」
 後ろの襟が捕まれて、持ち上がる。首が絞まる。
「――っ――ぁっ」
 殺される?
 夢中で、首もとの服をつかんだ。手に触れたのが、なんなのかわからない。足は宙に浮き、腕は首もと。

シャラン

「――……!?」
 無造作にミルファネーゼを持ち上げていた男が目を見開いた。

「――ぁっ……」
 どさりと、下に落とされる。激しくせき込んで空気を求める。口は言葉を紡げない。体は動かない。
 首に当てられた掌の下に残る、赤い線をのぞいて。
「どうされました?」
 ミルファネーゼが首を絞められていても傍観していた男が声をかける。手を離した男は、何とも言えない顔をしていた。
 最初は怒り、また青ざめ。そんなことはないと首を振り、頭を抱えた。今見たものが、信じられない。
 しゃがみこんで、娘の顎に手を伸ばすと――
「いやっ」
 娘が必死になって暴れる。その手首を掴んだ。その手首に光った――腕輪。それは、それは――
「いやぁ!?」
「お前、なぜ、」
 落ち着かせようと、男の声が低く、ゆっくりである。だが焦りが含まれている。
「なぜお前、“鷲(わし)の守り”と“梟(ふくろう)の牙”を持っている!!」
「!? ……ぇ?」
 大声に怯えたミルファネーゼだが、ふっとわれに返る。男の視線は、飛び出てきたお守りと袖から出た腕輪に集中している。はっとして服の中にお守りを戻そうとした手が、つかまれた。
「なんだって?」
「どういうことですか?」
 他の二人も、驚いている。
「――っ放して!!」
 必死だった。すると簡単に手が放される。息を切らせて、でも落ち着いて胸元と手首を見つめる。そっと、右掌を左の手首の腕輪に添える。
「……これ」

『さぁミネファ、お前の物だよ』
『なぁに?』
『お守りだ。いつでも、いつまでも、お前を守ってくれる――』

「船長?」
 そして、御爺様。
 ここに、いてくれるの? 私は一人じゃないの?
「……ふっ……ぇっ……」
 ねぇ御爺様。助けて、くれるの――?

 娘が突然泣き出した。しゃくりあげていたのが、大泣きに変わる。
 なんなんだと驚く暇もなかった。必死に袖を伸ばして、涙を拭っていた。
「どういうことですか? 本物ですか?」
「見間違えるはずないだろう」
 あれは、あの二つは本物だ。本人が常に身に着けているものと言ってもいい。それを手放して、与えるぐらいだ。
「何者だ」
 だが娘は泣いている。当然といえば当然だろうが、どうしたものか。
「つまり、関係者と言う事になるのでしょうか」
「可能性は高いな」
「なら、どうするんですか?」
「口を封じるのはまずいな」
 泣いている娘を横目に、三人は話し合う。するとそこに、扉をノックする音。
「なんだ」
「異変でもあったのか?」
 急用でもない限り、この扉をノックする事は許されない。
「聞いてきましょう」
 男が一人、外に出た。
「どうしますか?」
 いまだ、泣き続ける娘。声は大きくなって、時々引きつるようにしゃくりあげて。――迷惑極まりない。
「しかたない」
 足早に娘に近づく。
「おい、お前――?」
「!? ――ぃや!?」
 恐ろしいのだろう。靴の先が視線に入っただけで娘は飛びのいた。本気で逃げるには御粗末な行動だが。それを占める心は恐怖だ。
「あーー手荒な事をしてすまなかった」
 驚いて涙が止まっている間でないと話が続かない。極力刺激しないように、しゃがみこんで娘と視線を合わせた。
 娘が息を飲む。
「もう、何もしない」
 信じられないのだろう。娘はずるずると後ずさる。背中が壁につくのも時間の問題だが。
「その二つをどこで手に入れた?」
 手を振って、服の下と腕輪を示す。娘はかすかに首を振った。
「それは、大海に名をはせた海賊と、夜の海に名をはせた海賊の印だ」
「……?」
 娘が、きょとんと目を丸くした。
「知らないのか?」
 そんなことも知らずに、それをどこで手に入れた?

“印”? 確か、それって、どこにいてもこの意味がわかる物が手を貸してくれるっていうそれ? 同じ仲間だと知る印の事? 
 これがその、通行証にもなるし、地位や立場を示す場合もあるっていうもの?

「それは海賊の物だ。そして、俺はその意味を知っている……俺はスクリーム。お前は?」
「わた、し……」
 声が、出た。身体は震えていたけど。でも、少なくてもこの人は船長もリングル船長も知っている、みたい。
「私、ミルファネーゼ」
 意外と、言葉はすらすらと出た。その名に違和感を、もう感じない。
「……グウィーダン船長と、リングル船長を知っているの?」
「こちらでは有名な人物だ」
「そう、なんだ」
 何も知らない。海賊の事情も、船長の事も。いつも、中で待っていた。御爺様は自由にしてくれたけど、船長はそうでもなかった。しだいに増えていく小言、規制。禁止という言葉。
 全部、繋がっていたんだ。
「あなた、は?」
「俺は裏で情報を売っている。――そうじゃない、お前は何者だ。ミルファネーゼ」
 ガタンと、大きな音がした。ミルファネーゼとスクリームが振り返ると、先ほど部屋を出た男が帰ってきたところだったのだが……
「なんだ? ゼル?」
 彼らしくもない失敗だった。椅子の足に足をぶつけるなど。しかし、彼はそんな事に構ってはいなかった。驚愕の顔を二人に向け、頭を一度抱えたあと、口を開いた。その言葉は、うめくようだった。

「外では大騒ぎですよ。ミルファネーゼ王女様」


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