25

「いったい、どうした?」
 突然城門を超えてやってきた娘。どういうことだと問いかける暇もない。まして、会議の中にやってくるのだから。
 はっきりとミルファネーゼを支持するものばかりでない所に、こうやってくれば煙たがられる。いったい、シルクは何をして――
「エダリディーガが、くると聞きました」
 なぜ、と思った。誰が、とも。顔を巡らせればシギは絶望的な顔をしていた。奴ではない、城の者にもきつく言いくるめてあったはずなのに、なぜ。
「ミルファネーゼ、心配しなくていい」
 そうだ、知っていようといなかろうと同じことだ。
「……もう、何も知らないと同じようにはできないの!」
 知って、いるのか。
「だが、ミルファネーゼ」
「ひとつ、やりたいことがあるの」
「ミルファネーゼ?」
「ごめんなさい」
「いったい……?」
 この子は、こんなに意志の強い目をする子だっただろうか。
「御爺様が、言ったの」
 誰を信じるのか、決められるように。迷ったら、悩めるように。
「船長も、あの船のみんなも、言ったの」
 何かあれば、帰っておいでと。
「だから、出来ることをするの」
 私には力はないけれど、私に力を貸してくれる。そうだよね? 船長。



「お前は……」
「やぁ。久しぶり。スクリーム」
「今は、お前の相手をしている暇はない」
「つれないねぇ。仕事だよ。梟と鷲の」
「あの娘に会ったのか!?」
「え? 彼女は知り合いかい?」
「どこにいる!?」
「今は、帰ると行って出て行ったままだよ。僕は人手をかき集めることになってね」
「〜〜〜〜」
「どうしたんだい? 突然機嫌を悪くして」
「〜〜なんでもない」
「察するに泣かしたのは君かい?」
「成り行きだ。だれがあんな子供……」
「そうなのか? よくわからないが、あの子は梟の船の子だろう?」
「元、だ」
「海賊(ぼくたち)は繋がりを早々に断ち切ったりはしないよ?」
「ぁあそうだな」
「なんだか投げやりだね。陸に上がってからよい噂は聞かないけど本当だね」
「うるせえ。お前こそ何をしている。鷹(たか)の船長はこんな危険人物を放り出して何をしている」
「梟が、まったく動きがないから調べるように言われてね。調べたら功名にこの国を避けているみたいだから、何かあるのかなと思って」
「……親父の言った通りか」
「どうやら、僕に不足している情報は君に聞くのが一番みたいだね」
 そう言って、目の前の椅子に腰掛ける男―タッドはお茶を要求した。



 狭い路地裏を走る影。その姿は女。いつから走っているのか息は荒く、けれど足取りは確か。
 まっすぐに向かう、目的地。
 今は、海は遠いけれど、船の上じゃないけれど、どこにいても、助けてくれる。つながって、いるから。
 海は陸と、陸は海と。



「ん〜つまり、あの子のせいなのかい?」
 そうタッドが言うと、正面に座っていたスクリームの瞳が剣呑な色を帯びた。
「……嘘だよ。つまり、あの子が利用されたせいなのだろう」
「………」
 あまり、かわらない?
「うかつな娘だね。何も知らないで」
「何も、知らされないで、だ」
「そうかも知れないね。だけど、本当に知ることはできなかったのかな」
「知るか、俺の船じゃねぇ」
「それにしてはずいぶん、待遇がいいねあの子」
「梟の前船長の形見だそうだ」
「は?」
 タッドが驚いたように声を返す。それから信じられないというように手を上げた。
「サイガル船長が、何を残したと?」
「だから、船とあの娘だろ」
「なんで」
「俺が聞きたい」
「そんなに、価値のある娘に見えなかったけど」
「……お前も、対外はっきり言うよな。価値はあるんじゃねぇのか」
「あの娘にかい?」
「あの娘の、肩書きには」
「バイアジュに王女がいたなんて、初めて聞いたね」
「外には、知られていないみたいだな。まして海の上じゃな」
「そんなに奥地でもないんだけど」
「いちいち突っかかるな」
「それで、彼女。どうする気だい?」
「聞いてないのか?」
「力を貸してくれといわれただけだし」
 どうするきだろうねと。のほほんとした声が響いた。
「頭?」
「ゼル、なんだ」
「あの娘が来ました」
「通せ」
「それが――ひとりなんですけど」
「……シギ・ファンはどうしたんだ」
「それを聞きたいのです」
「俺に聞いたところで意味ないだろ。連れてこい」
 ゼルが部屋を出た後、一時の間。階段を上り、この部屋に足音が近づく。冷めつつあるお茶に口をつけた。
「おじゃま、します」
 何か寒々しい空気を感じ取ったのか、こそっと部屋に入ろうとするミルファネーゼ。
「さくっと入れ」
「はい」
 泣いてすっきりしたというように新たな決意を秘めたミルファネーゼの瞳は、曇ってはいなかった。ただ自信がないのかおびえが見える。
 ミルファネーゼは部屋を見渡すまでもなく、正面にいる二人の男に頭を下げた。スクリームは何も言わず、タッドは祝杯をするようにカップを持ち上げた。
「まったく、今時のグリンザの娘はキリングルとゼロスの船まで動かす気か?」
 いつまでも部屋の中に入ってこようとしないミルファネーゼに、スクリームが言った。
「ゼロス?」
「知らないのか!?」
「それはまた、心外ですね」
 にっこりと微笑んだタッドの顔が、怖い。
「ゼロス……鷹の船?」
「知ってるじゃないですか」
「なんか聞いてるだろ」
 すかさず、スクリームが言う。ミルファネーゼはしばらく考えたのち、言った。
「船長が、ろくなもんじゃないって」
「そっくり返しますよ。うちの船長も」
 苦々しさのこもった声に、ミルファネーゼは目を丸くした。
「仲悪いの?」
「ええ」
「そう、なの……」
 知らずに、助けを求めてしまった。船長に迷惑がかかったら――
「気にするな、挨拶が斬り合いですまされる仲なんだから」
 スクリームの言葉に、ミルファネーゼはきょとんと首を傾けた。
「ぇっと?」
「気にしないでください。もちろん、報酬はきっちりと請求しますよ。グウィーダン船長にね」
「ぇっと」
「大丈夫だ。それくらいで傾くような船じゃねぇだろう」
「……うん」
 というか、返り討ちにしそう。
「ほら、座れ」
「うん」
 スクリームが手招く。引かれるように椅子に腰掛けて、冷めたお茶を勧められる。
 一口、飲んだ。
 お茶は、冷たかった。けれど――
「……ふっ……ぇっ」
「?」
「おや?」
(ねぇ御爺様。助けてくれるの――?)
 怖かった、寂しかった。だけど今、彼らが助けてくれるの。ひとりじゃ、ないって。



「お前も、歳を食って腰が重くなったのか?」
「どっちが」
「手放したことですら、驚いたというのに」
「それが、約束だった」
「本人の知らないものだとしてもか?」
「あの子は……」
「わかっているのだろう。あの子はまだ子供だし、海賊であることに変わりない」
「そうだな」
 籠を出て羽ばたいた鳥。空の広さを、高さを、すべてを知るようにと。そしていつか、鍵のない籠に戻ってきてほしいと。
 ここは、家だから。
「それで、さっさと碇を上げたらどうだ」
「もう終わっている」
 驚くキリングル船長の正面で笑ったグウィーダン船長。その肩に止まった鳥が、羽ばたいた。
「オクギリ、出発する」
 静かに、しかし意思を持って。
「遅すぎるのよ!」
 空に響いた、明るいあの声。
「アロマ……」
「補充は多めにしときましたよ」
 ちゃめっ気が勝る声。
「カンガス」
「途中の停泊は、最低ですみます。最短距離を行くと、岩場が多くなりますが、問題ありませんね」
 冷静だった。彼は冷静でいたはずだった。
「……お前たち」
 自然とほころんだ口元。見据えた先は一転。
「バイアジュに向かう」

 海は、つながっているから。心と。



「泣かしたね」
「いつから俺のせいになってるんだ」
「しかも二回も」
「で、俺のせいか」
 飲み交わしていたものがお酒に変わっただけで、スクリームとタッドは同じ部屋にいた。
 ぼろぼろと泣き出したミルファネーゼは、隣室で寝ている。隣の部屋――つまりはこの建物を占拠している彼等の頭のスクリームの部屋なのだが。
「帰さなくていいんですか?」
「知るか」
 スクリームは投げやりだった。まるで、何かを確信するようで。
「お頭!!」
「なんっ――」
 示し合わせたように扉が開く。蹴り開けられたそれを越えて入ってきたのは、かなり不機嫌な人物。
「ミルファネーゼ様は?」
 短い言葉に、さくっと隣の部屋の扉に向けてあごをしゃくった。
 シギ・ファンは無言で部屋に入り、寝ていたミルファネーゼを抱えて戻ってくる。それからまた無言で、歩き出す。
 さすがに、いらだちを感じたスクリームだが、何も言わなかった。
「……シギ……?」
 寝ぼけているのか、揺れに目覚めたのか、かすれた声が聞こえたが、その時にはもう彼は部屋を出ていた。
 一瞬の嵐の去った部屋では、タッドがウイスキーのビンを傾けながら、視線だけ扉に移して言う。
「……あれはお迎えかい?」
「見ての通りだろ」


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