27

 広い荒野にたくさんの天幕が張られている。間をぬって燃える松明の灯は途絶えることはない。列を成して歩く兵士、時折なく馬。
 荒野はエダリディーガの兵の駐屯地となっていた。並び立つ天幕の中央には、位の高いものの個室の天幕となっている。
 バイアジュ国に向かうエダリディーガの軍を率いるのは第一王子だった。
「バイアジュ国は目前、か」
 天幕の中で杯をあおる王子がくつくつと笑い出す。
「……王子……?」
 側近の一人が心配になるくらい、彼の笑い方は異常だった。いつも、何かを見下すように笑うことはあるが、ここまでおかしくてたまらないという笑いはそうそうない。
「いや、なんでもない」
 そう言って、敷布に座りなおす男。エダリディーガ国第一王子ジェリクス・ファル・ディーガ。
(どう出るかな)
 こちらを睨みつけるあの目が気に喰わなかった。ただの老樹に劣る扱い、こちらに反抗する態度。
 もともと、こちらに屈することない国だ。あの王も意外としぶとい。
 何もかもが気に入らない。
「だが、それももう終わる」
 あの国を滅ぼして、我が王位に就く時の飾りにしてやろう。
 ジェリクスは再び笑い始めた。
(あの瞳に、恐怖を教えてやろう)
 自分の立場をわからせてやらなければいけない。



「できることを、するねぇ」
 再びやってきたミルファネーゼは、そう言った。静かに頭を下げて頼んできた。
 あまりにあっさり承諾したので、逆にいぶかしんでいたが。それはそれだ。
「ずいぶんと可愛がられているんだね。あのお姫様は」
「そうらしいな」
「鷲の船長も」
「黙れ」
「何か知っていたのかい?」
「いや、何も」
 本当に? と、タッドの瞳が光る。
「知るはずないだろう」
「そうだね。時期が一致しないし」
 わかっているならそう言えと、スクリームはぼやいた。
「でも、それなりだね」
「そこまで救いようのない馬鹿じゃないだろ」
「帰ってもらうなんて、甘いね」
 テーブルにひじを付いたタッドの瞳が、暗く暗く深さを増す。そこに映るのは、かすかな嘲り。
「さぁ、案外、やってのけるかもしれないぞ」
 そう言ったスクリームを、タッドは凝視した。
「なんだ」
「ずいぶん、肩を持つよね」
 うるせぇと、スクリームは言った。



「ミルファネーゼ様?」
「単純で悪い?」
 そう、スクリームとタッドは呆れていた。
「突然、何事ですか?」
「ごめんなさい。あの」
「なんですか――なんなりと、どうぞ」
 最近、聞き分けがいいので……何かあったのかと疑う。けれど、機嫌を損ねたくないし。聞かない。
「あの馬鹿王子に会いたいんだけど、ここに呼びつけられる?」
「……いつですか」
「二週間後、月が半分満ちる時」
 間に合うよね。船長。



「書状を送る? 誰が?」
「行きます」
「お前が?」
「陛下、危険です。部屋に二人にするなど」
「その前に承諾するのか?」
 あの相手にするのも面倒なあの王子が。
「ですから、私が」
「シギ、行くのはかまわんが、なんの為だ?」
「陛下!」
「ルギ、少し黙れ」
「いいえ、言わせていただきます。この愚息はまた取るに足り」
「ミルファネーゼ様のためです」
「……もし、王(わたし)の命でそうあるというなら」
 それだけの事を言いつけられる。死んでこいとも。
「自分の意思です」
「よかろう」
「陛下」
「ルギ、シギでなければ、ミルファネーゼは動けないのだよ」
 あの子は、また、強い警戒心を抱いているから。そうさせたのは、自分だったのだ。
 守ろうと遠ざけて、敬遠されてしまった。
「信じてもらおうと思って、信じられなくしてしまった」
「……それは」
 間の空白が、十八年が長すぎる。戻られない、帰れない。変えられない。
「やりたいようにさせると、約束したのだ」
 たったひとつだけ。だからこそ。
 それを守れるかが、これからの鍵。
 静かに頭を下げてシギが部屋を出る。

 その次の日、馬上の人となったシギを見送るのは一人であっても、視線はひとつではなかった。



 城に残ったミルファネーゼは、今まさに首を傾げた所だった。
「ぇっと?」
「こちらがよろしいのではないですか?」
「いえ、こちらが」
「そんな暗い色じゃ駄目よ!」
「それは派手すぎるでしょう!!」
「あの……」
 決戦の日と、決めた。その時の勝負服はどうしようかと悩みつつ衣装部屋に入り浸っていた。
 それを見て、何を勘違いしたのか、初めてドレスに興味を持ったというように瞳を輝かせている侍女達。
「楽しそうよね……」
 感想は、それだ。
 こうしている間にもエダリディーガは来ていて、船長達も向かってきている。
 なのに、この明るさはいったい……
「アロマも、そうだった」
 ふと、思い起こされる。何があろうと、いつも気高さと誇りを失わなかった。姉のようで、姉だった存在。そんな姉(アロマ)。
「何かおっしゃいましたか?」
 呟きをかすかに聞いた侍女が問い、
「それは気に入らないってことよ」
 別の侍女が答えた。
「どういうこと!?」
(あ〜悪化する……)
「あなた達」
 ぴしゃりと、水を打ったように冷える言葉。色とりどりのドレスを広げたまま迫ってくるので、どうしたものかと思っていた。ちょっと天の助け! を期待するには聞きなれた声だった。
「シルク侍女長」
「侍女長様」
 部屋にいた侍女達の声がはもった。あんなに驚いて信じられないという声なのに、きれいに重なった。それは面白かった。
「ミルファネーゼ様のドレスを引っ掻き回すとは、いったい何事ですか」
 シルクは部屋の中を一瞥して言った。ひゃっと、侍女達が首をすくめる。
「違います。私が頼んだんです」
 無難に、言ってみたのが――
「わざわざ、この部屋を荒らして似合うものを持って来いとおっしゃったのですか?」
 ――それではまずい。
「ぇっと、その、何を着たらいいかわからなくて」
「いつ、どのような用事、行事でですか。王妃ほどではなくとも、王女もいくつかの決まりがあります」
「その……」
 いつ、どのようにと言われても。本当のことを言ったら反対されるに決まっている。
 でも、ごまかしても駄目。今の私に、ぴったりの心境は。
「戦うんです。だから、負けないように」
 何を思ったのか、目を細めたシルクはそれ以上何も言ってこなかった。
 沈黙に耐えられなくなった頃、シルクにドレスはこちらで準備しますと宣言されて、話は終わった。



 それから、一日、二日と日々が過ぎてゆく。国境を守る兵士、城内を守る兵士、民が城内ににげる算段。食料、武器、馬。
 何もかもが私のわからないまま。準備は進んでいるらしい。
 私が待っているのは、シギと、スクリームの報告。
 スクリームには、こっそりと城への抜け道を教えておいた。でなけば、私に情報が伝わらないから。
 抜け道については、お父様にみっちり教えれこまれた。大変だった。
 ぼんやりと窓を越えて、テラスに出る。
「大丈夫、かな」
 どうして、シギは反対しなかったんだろう。



「いくらなんでも、無謀だとは思わないのか」
「思いました」
 旅立つ最後にあった時、親父はそう言って止めようとした。母も心配そうにこちらを見ていた。
 だが、やめる気はなかった。
 走り続けてきた馬に水を与え、しばしの休息。息つく暇もなく出てきた。執事の怪訝と困惑の混じった顔。儘ならない息子にいらだった父と、困り顔の母。
 久しぶりに、歯向かった。王から命を受けた時に、まさか自分がここまでするようになると、誰が考えたのだろう。
 ぱしゃりと、泉の水で顔を洗う。これから先は危険だ。いっそう、気を引き締めていかなければならない。
 再び馬を、走らせた。



「失礼します」
「はい――シルク侍女長?」
「シルクで結構だと申しました」
「はぁ……」
 気のない返事をすると、シルクの目が細められる。来る。きっと小言と身構えたが、彼女は何も言わなかった。
「……?」
 沈黙に首を傾げる。部屋の中に入ってきたシルクは、珍しく言いよどんでいた。
「あの?」
 小さく声をかけると、はっとしてこちらを見る。
 失態を払うように咳払いしたシルクは、私を見た。
「服を、用意させていただきました」
 そうだった。じゃぁシルクが持っているそれが――

「アジーナイズ様の、お召し物です」




 切り立った崖の上まで、馬を走らせる。寸前で手綱を引いて、馬を止める。眼下に、たくさんの天幕と武器を持つ兵士達の姿が見えた。
 そして、忘れられない、あの旗。
 黒と赤に、獅子の紋章。
「あそこか」

 あそこに、エダリディーガの王子がいる。


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