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 ぷかぷかと、救命ボートが浮かぶ。その一つに陣取ったオクギリは、腕のいい射撃者の高笑いを聞いた気がした。
 とにかく人数をということで、ありったけの船に人が乗り海に浮いている。手には松明。
 この暗さだ。上から見下ろせばさぞかし異常な光景に見えるだろう。
 しかし、いくら本物がいるからと言って、このようなにわか仕込みでは危ないのではないだろうか。
 だから、先ほどの射撃があったのだろうが。
「無茶をするのは船長譲りなんでしょうね」
 はぁと、オクギリはため息をついた。

「よーし! 第二弾はまだかー!!」
「この大ばか者!!」
「で!? なにしやがる強力女!?」
「危ないでしょうが!? リングル船長の船を吹き飛ばす気!?」
「はっはっは。俺に不可能はない」
ゴスッ!
「……カンガス、」
「せ、船長……」
「あとで覚えていろ」
「げ」
「いい気味」

「あの若造……やってくれる」
「まぁまぁ、落ち着きましょう船長」
 キリングル海賊団の母船ぎりぎりをかすめて飛んで行った、砲弾。
「お前、楽しそうだな」
「もちろん、慰謝料をたっぷりふんだくるんでっせ」
 にやりと、片目を瞑る船員に視線を送って、リングルは陸の先を見上げた。あそこに、いるはずだった。



「………」
 立ち尽くしたまま、ジェリクスは動かなかった。その目は、見たものが信じられないというように見開かれたまま。
「うそだ」
 声は、か細く、絞り出されたものだった。
 ミルファネーゼは、感情のこもらない目でジェリクスを振り返る。その口が、動いた。
「――もう一度?」
「やめろ!」
 拒絶は、早かった。
「エダリディーガ(あなた)が来るというなら、私は彼らをぶつけるわ」
 静かに、ミルファネーゼはこぶしを握り締めていた。まだ、震えるわけにいかない。背を伝う冷や汗を悟らせてはいけない。
「なん、だと」
「互角以上で、戦えるわね」
 たぶん、互角よりしただろう。でも、現状よりましなはずだ。だって彼らは、やるときはなんでもやってのける海賊だから。
 少なくとも船長とあの船のみんなは、手段を選んだりしないと思う。それで海を赤く染めても、気にしない。
 ジェリクスは舌打ちを隠した。圧勝であると考えていた。だが――勝機は?
「ねずみはねずみなりに、知恵を働かせたということか」
 それは、皮肉や揶揄(やゆ)と取るには、あまりに口調が弱かった。
 ジェリクスの眼下に、眩く点る光の点。多数の船が見える。すべてがこの娘の指揮下であると、誰が信じよう。
 だが実際、バイアジュ国の国力は調べ上げたではないか。あの国王の用意できる軍の数。中でも海兵は、微々たる物ではなかったか。
 それがどうだ、地平線を埋め尽くさんとする。あの船の数は。
「いったい、お前は」
「帰って」
 月と海を背にしたミルファネーゼは、質問に答えなかった。




 塔の先の屋根の上に、黒い影が二つ動いた。先ほどまで空とどうかしていて、そこに人がいるなど予想もしない。
 彼らは、状態を起こして、真下の様子を伺っていた。
 先ほどまでテラスにいたミルファネーゼは、あとずさったエダリディーガの王子を追って部屋の中に戻っている。
 二人の男達は視線だけで会話していたが、それも一瞬。
 中の様子が見えないだけに、彼等に出来ることは少ない。
 黒い布かぶったランプが長身の男の手に渡る。高い塔の光が――合図。遠い海の先からでも、見えるように。届くように。
 手ぶらになった一人が、もう一人の肩を叩く。その手が、動いた。
(どうするんだい?)
(様子を見るだけだ)
(さっきからそればっかりでつまらないよ。あの王子を殺してしまえばいいのに)
(それはないだろ)
(あのお姫様は、いつまでがんばれるかね)
(さぁな)
 海を見れば、見慣れた旗がはためいている。いくら遠めで見えないからといって、そのままって言うのはどうかと思うが。それらしいとも思う。
 こうやって、横の繋がりを断ち切らない海賊団が、ひとつの船の一人の仲間の危機に集まったのだ。
 それだけで、すべてが――すべてが味方してくれている。

「信じられるか!」

 真下の部屋から、絶叫が聞こえた。


「帰れだと、俺に?」
 唇をきゅっと結んで、はっきりとミルファネーゼは頷いた。
「ふざけるな!」
「なら、戦うの?」
 それだけを、避けたいと思ったのに、私に出来ることはこれだけ。
「彼ら、と――?」
 一歩テラスに踏み出して、真横に伸びたミルファネーゼの腕が、振り下ろされた。
 再び、轟音が響いた。狙われたのは、陸地。エダリディーガの駐屯地に近い所。
「……!」
 お前! と、ジェリクスの口が動いた。
「あなたが兵を引き連れてこの国を襲うなら、私は彼らにあなたを狙わせる。絶対に、外さない」



「シギ! いったい何事だ!?」
「それが、港を船が――海賊船が占領しています」
「海賊だと。なぜ?」
 国王はわけがわからないと思案する。かわって、シギの表情は厳しいままだった。その表情になにを思ったのか、国王の顔が見る間に青くなる。
「まさか」
「はい」
 彼らが、ミルファネーゼ様の。
「保護者です」
 適当な言葉が、これ以外思いつかなかった。
「海から突き出していた岩と、向こうは空き地だな。狙いは正確と言わざるを得ません」
「そういう問題ではない。いったいなにをしに、なんのために」
「ミルファネーゼ様の保護者というならば、すべてミルファネーゼ様の」
「そんなのはわかっている! だが! なぜ今なのだ」
 まさに、今。あの子を再び失うかも知れない。それどころか、この国の存続も。
「せめて」
 あの子が安心して暮らせるような国であるようになってから。
「陛下。諦めてください」
 やはり友人は非情だ。
「こんな時だから、来たのでしょう。こんな状態では、連れ戻されても文句も言えませんね」
 国王は、それを怖れていた。
「ミルファネーゼ」
 国王はうめくように名を呼んだ。
 そんなに、帰りたいか?
「陛下、とりあえずそんなことはどうでもいいでしょう」
「ルギ……」
「エダリディーガも、来ています」
 国王ははっと表情を引き締めた。彼らは、指揮官の帰りを待っているのだから。



 爆発して地形の変わった土地を、ジェリクスとミルファネーゼは見つめていた。ジェリクスの唇がなんどかあわさって、ぱくぱくと音がする。それを冷ややかに見つめたミルファネーゼは、口を開いた。
「彼らを、吹き飛ばすことも簡単だわ」
「どういう、意味だ」
「見たでしょう? あの砲台の、飛距離を」
 確かに、本国にあるものよりも遠くまで飛んでいるように見える。
「この城に入る前に、返り討ちにしてくれるわ」
「そんなことが、出来ると思っているのか!」
 激高したジェリクスの腕が伸びて、ミルファネーゼの首を締め上げた。
「……ぁ……」
 のどがつぶれるかと思うほど、強く強く掴まれる。流れる呼吸は止まり、か細い空気の流れもやがて止まる。
 必死で足をばたつかせて、腕を掴んだ。抵抗すればするほど増す締め付け。
 ミルファネーゼは薄れ行く視界に、最後の力を振り絞ってジェリクスの顎を蹴り飛ばした。
ガッ どっ
 うしろに倒れこんだジェリクスと、床に落ちたミルファネーゼ。
 沈黙に、息の荒さだけが響き渡る。
 呪いの言葉を吐きながら立ち上がるジェリクスと、のどを押さえたまま激しく咳き込むミルファネーゼ。
「してやる」
 体をふらふらさせながら、一歩、一歩ジェリクスがミルファネーゼに近づく。
「殺してやる!」
 吐き出された言葉は、憎しみがこもりすぎていた。
「……って」
 その勢いに、ミルファネーゼはひるむことなかった。近づいてくるジェリクスに、言う。
 のどを押さえていた手を下ろす。近づいてくるジェリクスを見上げて、しっかりその目を睨みつけた。

「帰って!!!」

 三度目の轟音が、鳴った。衝撃が、ミルファネーゼとジェリクスのいる塔を襲った。


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