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「……ぅ」
 のろのろと、目が覚める。いったい、なにが起こったのだろう。体の自由を確認する。
 どうやらうつぶせになっているようだ。目を開けて、腕に力を入れて、起き上がる。
 上半身を起こして、部屋の中を見渡す。
 耳はまだおかしい。あの轟音と衝撃の正体は、すぐにわかった。
 砲弾が、この塔を襲ったのだ。
 それも、ミルファネーゼとジェリクスのいる部屋の、隣を。
「嘘みたい」
 ぺたりと床に座り込むと、放心状態のジェリクスが視界に入った。
「……ぁの?」
 なんと声をかけていいのか謎だった。そっと近づいて肩を叩くと、彼は面白いくらい飛び上がった。
「大丈夫?」
「ふっ」
 どうやらまた「ふざけるな」と言いたいらしいが、恐怖が勝るのか何も言わない。
 ミルファネーゼも、足の震えを叱咤していた。それに、砲弾が真横をかすめることは初めてではない。
 しばらく休めば、耳も治ることだろう。
 心配なのはこの塔だ。ずいぶん年代もののはずなのに、こんな風に壊してしまって。
 いったい、どうして。私の立てた予定には、こんな攻撃はない。
「あの」
 先ほどよりはっきり声をかけて手を触れようとすると、彼は無様に床に這いつくばった。
 どうやら、あとずさりたいらしいのだが……腰が抜けているのか? 四つんばいでうめいている。
「……」
 一歩、踏み出してみた。
「ひぃっ!?」
 もう一歩。
「やっやめろ!?」
 もう……
「近づくな! くるな!?」
「………」
 かなり、怯えている。いい気味だと考えることが一番場に合うと、ミルファネーゼは思う。
「もう、何もしないわ……帰ってくれれば」
 それが、最後の忠告になった。



「何事だ!!」
 突然の轟音に驚き、壊れた塔に向かってきた国王。
「そっそれが塔をっ」
 放心したままの兵士と侍女。その中の一人が、あわてて答える。
「ミルファネーゼ!」
 しかし、国王の目には痛ましく穴の開いた塔の最上階しか目に入ってなかった。
「陛下。駄目です」
 入り口に走りこもうとする国王の前に立ちふさがったのは……
「シギ! 邪魔をするな!!」
「誰も入れるなと、ミルファネーゼ様は言い渡しました」
 静かにシギがかみ締めた唇から、血が一筋流れ出ていた。



「この馬鹿!!! 何してんのよ!?」
 この船の上も、しばらく呆然とした空気が流れていた。いち早く立ち直ったアロマが、カンガスの胸倉に掴みかかった。
「いや、合図の通りに……」
「それでネファに傷でもついていたら! 落とすわよ!!?」
 本気の目だった。
「なにぃ!?」
「手伝うぞ、アロマ」
 アロマのうしろから、さらに声がかかる。
「及ばずながら、私も」
「船長……副船長? いつの間に?」
 グリンザの副船長は、救命ボートに乗る者たちの指揮をするはずだった。
「いえ、何事かと思いまして」
「ほんとよ。ホント。信じられる!!? あそこにネファがいるのよ!?」
「合図があったというのは、本当ですか?」
 まくし立てるアロマを制して、オクギリはカンガスに声をかけた。
「ぁあ。あの、塔の上だ」
「本当に、無茶をなさるのは船長譲りで、間違いなさそうですね」



「何しやがる」
「やだなぁ。荒療治だよ」
「ふざけたことを抜かすな!」
「うるさいよ。聞こえたらどうする」
「そんなことはどうでもいい!」
 息荒く、厳しい目つきで睨みつけるスクリームから視線を逸らして、タッドは息を吐く。
 服を掴む腕を手で払ってから、彼は衣服の乱れを直す。
「うるさいなぁ。ちょっとした演出だよ」
 そう言ってタッドは笑ったが、スクリームの表情は険しいままだった。
 何を言っても変わりそうにないその態度に、タッドは頭をかきながらため息をついた。
「勝手をしたことはあやまるよ」
 彼等の間に、亀裂があった。
「でも、判断を間違えたとは思っていないよ」
 スクリームの拳が、タッドの顔に向かった。

「やめて!」

 高い声が、空に響いた。
「……なんだ」
 握り締めた拳を震わせたまま、スクリームは下を見下ろした。
「なんですか、お姫様」
「その呼び方もやめて――ありがとう」
 言葉に、屋根の上にいた二人は部屋に降りる。視線の先に、部屋から必死に逃げ出そうとする男の姿が見えた。
「あれか」
「待って!」
「――なんだ、いったい」
 短剣を手に持ったタッドの顔が、険しい。
「殺さないのか?」
「やめて」
「はいはい、おひめ」
「いい加減にして!」
「はいはい」
「いいのか?」
「帰ってもらうんだって。言ったでしょう」
 必死に逃げる背中を見送って、ミルファネーゼはぺたりと床に座り込んだ。
「つまり、僕のおかげってことだね」
「………」
 静かな目で睨みつけたのはスクリーム、冷ややかに視線を上げたミルファネーゼ。
「なんだい?」
「ありがとう」
 タッドの正面に立ったミルファネーゼはそう言って、走り出した。



「シギ!」
 塔の入り口では、国王と護衛が言い争っていた。
 シギはもう何も言わず、ただ首を振るだけだった。
 さすがに国王が、その身を国外に追放しようと考えた、その時。塔の扉が荒々しく開かれた。
 驚いた視線が、すべて向かう。
「――ひっ!?」
 短く息を飲んだジェリクスが、固まる。それから、塔を背に当てたまま横に移動する。
「……?」
 周りの人間が首を傾げているうちに、ジェリクスは走り出した。
「ぉい!? 待て!!?」
 シギが、声をかけるが、ジェリクスの走り方はまるで何かから逃げるかのように素早いものだった。
「……なんだ?」
 しばらく、塔の周りにいた者たちは呆然としていた。次に我に返った国王が、動く。
「ミルファネーゼ!」
 シギを押しのけて、塔の中に――
「お父様! ごめんなさい!!」
 と、走りこんできたミルファネーゼとすれ違った。
「ミネファ!?」
 同じように兵士と侍女が呆然とする中、ミルファネーゼは走り去った。そのあとを、シギが追っていた。


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