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「あれは……」
 塔の先から、再びランプの光が照らしている。点いて、消えて、また点いた。その、意味は――
 一斉に、海の上から歓声が上がる。持っていたものを振り回して、皆が喜ぶ。
 作戦、成功。
「やったわ!」
「さっきの俺のおかげだろう!?」
 三人に詰め寄られていたカンガスが声をあげた。
「それとこれとは、別問題よ!」
 アロマが、言い切った。
「そうですね」
 オクギリも言い切った。
「なにぃ!?」
「お前達、何をしている。出航の準備を」
「ぇえ!?」
 もう用はないと、バイアジュに背を向けたグウィーダンに、驚愕の声がかかる。
「船長!? ネファに会わないというの!」
「もう、戻るのですか」
「そりゃないだろう」
「……戦火は去ったのだ、海賊はもうお呼びじゃないのさ」
「なんでネファに会わないの!」
「アロマ、聞き分けなさい」
「いや!!」
「出航だ」
「船長!?」
「船長、それは」
「そりゃねぇだろ」
「お前達も早くしろ。それから、周りの船にも伝達を」
「「「船長!」」」
「碇を上げろ!」
 声高く、暗い海に響き渡る出航の合図。――見つけた。聞こえた。

「船長!!」

 待ってと、聞こえた。

 はっと、動きが止まる。
「ネファ!」
 いち早く察した三人が手すりを乗り越える勢いで港を見る。遠めにも、夜目にも、見えた。
 息を切らして、こちらを求めるその姿が。
「船長!」
 二度目の言葉は、行かないでと、言っていた。たぶん、泣いているのだろう。
 静かに首をふって、背を向けた。
「出航する」
「助けに来ておいて、それはないだろう」
 穏やかな波の音を立てて、リングルの船が横につく。まるで進路を阻むかのように。
 その甲板の上から、声が響いた。
「関係ないだろう」
「関係ないと? だとしたら、俺はこの場にいないね。それに、報酬も貰ってないぞ」
「俺は頼んでない。勝手に動いたのだろう」
「〜〜ったく、この馬鹿が!」
 リングルが、海を越えてグリンザの船に移った。甲板に、人の増える音。
 つかつかと歩いてきたリングルは、迷わずグウィーダンを殴りかかった。
「やめて!」
 はっと、二人は振り返った。すると、甲板の上にはもう、ミルファネーゼがいた。
 今にも泣きそうに、息を飲んでいる。
「ネファ、なぜ――オクギリ!」
 小船を動かしたのは、彼に他ならない。
「残念ですが、私はリングル船長に賛成です」
「……船長? 私……」
「戻りなさい、ミルファネーゼ」
 拒絶の言葉に、ミルファネーゼの体が揺れる。震えて、泣くまいと必死だった。
「帰しがたく、なってしまう」
「船長?」
「無事でよかった。怪我はないか?」
「――ぁ」
 こらえ切れないと、ぼろぼろと涙が流れていく。かすれる声に、涙が止まらない。
 船長がすまなそうに視線を落とす。アロマとカンガスと、副船長が笑っているのが見える。
「……ふぇ……」
 ゆっくりと近づいてきた船長に抱きしめられた時、私は声を上げて泣き出した。




「かんぱーい!」
 船の甲板に、たくさんの人が集まっていた。よく見ると違う船の者たちまで乗っている。
 内情をよく知ったものが見れば、さぞや異常な光景に見えただろう。
 甲板を埋め尽くす人々、空高く上げられるお酒の杯。樽が見る間に空になって行く。
 陽気な笑い声と、楽しそうな声。浮かれた人と、すでに酔いつぶれているもの。
 中央の一角に、特に重要なもの達が集まっていた。
「のめのめ!」
 割り込んできたリングル船長にお酒を瓶ごと手渡された。どうやら、キリングルの船から持参したらしい。
「だーから! それは」
 目の前では、たくさんの人が騒いでいる。
「こいつがよぉ」
 適度を越えてお酒の入った海賊達は、多弁に言葉を交し合う。
 視界の端に、船長にアロマとカンガスが何かしゃべっていた。その言葉を聞く船長の顔が厳しい。なんだろう?
「おいっ!?」
「はい!」
 ミルファネーゼは、お酒の杯を持ったまま会話に頷いた。時に笑い、ちゃかし、怒って。
「さ〜ぁネファ、もっと飲みなさい」
「アロマ! でも……もう貯蔵がないんじゃ」
「買ってきたわ」
 先ほどまで席をはずしていたアロマは、陸で補充用品を買いに行っていた。まぁアロマの場合は、買いに行くというより、値切りに。
「こいつ、容赦ねぇからな。ほれ、これも食え」
 間に割って入ってきたカンガスから干し肉が手渡される。
「ありがとう」
 それに噛り付きながら、周りを見渡す。みんな、いつものように元気だった。
 こういう事はたまにある。みんなで集まって朝まで飲むんだ。歌を歌ったり、踊ったり、芸を披露したり、なんでもありだ。
 ぇへっと笑って、相手に席を立たれて一人の船長の隣に向かう。
「どうぞ」
「ぁあ」
 空の杯にお酒をついで、目の前の焼きイカに手を伸ばす。
「うまいか?」
「うん!」
 こうやって、みんなでわいわいと、食事なんだか、乱闘騒ぎなんだかわかんないけど、楽しい。
「船長。ありがとう」
「言っただろう」
「うん……」
「また、いつでも」
「うん」
 なんだか、うまく笑えない。さっきまでアロマやカンガスやリングル船長と笑っていた私は、どこに行ってしまったのだろう。
「船長」
「お前が、この船の仲間であることは一生かわらないよ」
 もう、笑っていられなかった。
 嬉しいのに。どこか寂しい。



「………」
「陛下」
「ルギ」
「物資の調達は、必要なものを提供しました。ですが」
「何かあったのか?」
「タダでは受け取らないと、酒屋に直接乗り込んでましたので……」
「功績を称えて、こちらから送りたいのですと言ったら遠慮なく持って行きました。ついでに食料他多数」
「さすが、抜かりないな」
 見上げた視線の先に、海賊船が見える。ここからでも、あの甲板で何が起こっているか想像するのは簡単だった。
 あんなに、楽しそうに――
「……」
 国王はミルファネーゼの居場所を知ってからずっと、その場所を見つめていた。どこか、辛そうに。
「……シギ」
「はっ」
「あの子は、あんなに楽しそうに笑ったり怒ったりするのだな」
「……はい」
 海を越えて声が、聞こえた。



「船長」
 くしゃりと、頭をなでられる。ぐしゃぐしゃとかき回されて、驚く。
「船長!」
「そうやって、ここと同じように元気でいられないなら。連れて行っちまうぞ」
 グウィーダンの言葉に、きょとんとミルファネーゼは言葉を失う。
 悲しそうに視線を落としたグウィーダンは、表情を変えて静かに笑った。
「大丈夫。一人じゃないだろう」
 この船のみんな。
「はい」
 嬉しくなって、笑った。船長も笑っていた。
 けれど、船長から手渡された杯のお酒を飲み干したら、眠気が襲ってきた。


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