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「しかし、お前が手を貸すとは。ずいぶん気に入ったのか?」
「逆ですよ」
「そうか」
 そう言って、ゼロス海賊団の船長ハロウシュは豪快に笑った。
「船長?」
「いや、お前も変わったな」
 タッドは、ほおを引きつらせた。
「それで、もう一人は?」
 きらりと、ハロウシュの瞳が光った。
「さぁ? 来ないつもりかもしれませんね」
 タッドは、さっきまで共に計画に携わっていた友人と呼ぶには何かが気に入らない男を思い出していた。



「ほらほら! この国のお酒よ!」
「酒場あるだけかっぱらってきたぜ!」
 調達してきた飲料と食料をばら撒きながら、アロマとカンガスは人の間をぬって歩いていた。途中、手招きされて向かった先は副船長のところだった。
「どうしました?」
「アロマ、カンガス、何があった?」
 さきほど、船長と何を話していた。
「ぁっと」
 アロマは、口をつぐんだ。それを、カンガスがひじで小突く。
「ちょっと! わかったわよ」
 アロマは、ちょっとため息をついてから口を開いた。
「王城の使いの人がタダでいいって言うから。断ったんだけど」
 最初の一文に、オクギリは眉を細めた。それは、うまい話だと乗っておけと言うようで、それはやめろと言うようで。
「助けていただいたお礼ですって言うから」
 アロマの声のテンションが上がる。
「必要なもの全部準備させたわ!」
「………」
「容赦ねぇよな」
 瞳を輝かせるアロマ、呆れて引きつったオクギリ。ぼそっと、カンガスが呟いた。
「アロマ、あのな」
 疲れたように、オクギリは声を上げた――その時。

カシャーン

 何かが落ちる音がした。酷く場違いで、強く響いた。
 誰もが振り返り、見た。
 意識を失ったかのように眠り込む、ミルファネーゼを抱き上げたグウィーダンの姿を。
「出航だ。準備しろ」
「船長!?」
「オクギリ、小船を一隻用意しろ。送ってくる」
「船長!!」
 アロマと、カンガスの叫びが重なった。オクギリは、絶句していた。
「なんで!」
 船長に向かって手を上げようとしたアロマの腕を、カンガスが掴んだ。
「アロマ私たちは“海賊”だ」
「それがなんなのよ! ネファは――」
「朝になって、港に海賊(わたしたち)がいては、ネファに迷惑がかかる……そうだろう」
 はっと、アロマは口をつぐんだ。
「それ、は」
「わかるだろう?」
「船長、船の準備が出来ました」
 静かに、事を察したオクギリの行動は早かった。
「リングル、そんなわけだ」
「しょうがねぇな」
「リングル船長!」
「野郎共! 撤収だ!」
 ぉおー! と、キリングル海賊団の面々はグリンザの船をあとにする。
「そういうわけだ」
 そう言って、ゼロス海賊団も立ち上がる。
「そんな」
 呆然と、アロマは立ち尽くす。グウィーダンが梯子を降りようと甲板の端に近づく。
 とっさに、走り出そうとしたアロマの肩は掴まれる。
「カンガス!」
「――船長が正しい」
「知ってるわ!」
 腕を振り払って走るアロマ、しかたねぇなぁと言うように、カンガスも続く。
 梯子を降りる船長に続いて、副船長とアロマとカンガスが船に乗り込んだ。



「……なんだ?」
「解散、ですか?」
 国王の呟きに、ルギがありのままを答える。確かに、一隻の船に集まっていた面々が小船で違う船に向かっていく。
「ミルファネーゼっ!」
 一歩国王は踏み出したが、目の前は海だった。
「船を!」
「必要ありません」
「何!?」
「あれを――たぶん」
 次々、この国を去っていく船。しかし、小さな船が一隻、こちらに向かっていた。



「来ない気か」
「もどらねぇって言ったはずだ」
「そうだったな。――元気そうだ」
「あったりまえだろ」
 いくつだと思ってんだと、ぼやく声が聞こえる。
「まだまだ子供だな」
「んだとっ!?」
「……ミルファネーゼに、手を貸してやってくれ」
「頼まれたらな」
 報酬も頂く。今回は、とりあえずチャラにしてやる。
「そうだな」
 ふっと、リングル船長が笑った。
「なんだよ」
「いや、まさかここで会うことになると思わなかった」
「けっさっさと行っまえ」
「そうだな、向こうも――片付きそうだしな」
 そしてまた、笑う。
「なんだよ」
「いや、まだ印を、覚えていると思わなかった。まさか鳥を飛ばしてくるとも」
「うるせぇ」
「だがよかった。グウィーダンは頑固だからな」
「そーかい」
「頼んだよ」
「気が向いたらな」
「それから――」
「まだあるのか」
「せめて命日くらいは顔を出せ」
「嫌だね」
 今度こそ豪快に、リングル船長は笑い出した。
「出航!」
 強い声が響き渡る。海賊船キリングルが動き出す。
 甲板にいる船長のうしろに立ったもの達が、静かに頭を下げる。そして、遠ざかっていく。
「だから、俺は帰らねぇっての!」
 鷲の海賊の放蕩息子は、建物の影から現れた仲間と合流すべく歩き出した。
「頭」
 建物の影から、まるで代表だというように現れたゼルがスクリームに頭を下げて、あげる。
「なんだ。その何か言いたそうな顔は」
「いいんですか?」
「なにがだ」



「船長、何盛ったんですか」
「眠り薬だ」
 ため息をつくというより、息を吐くようにアロマがうめく。
 小船を漕ぐカンガスと、オクギリは何も言わなかった。確実に、陸が近づいている。それに明かりも。あそこにどれだけの人がいて、誰がいるかなんて、想像するのは簡単だった。
「せめて、起きてるうちに」
「離れがたいからな」
「………もう!」
 アロマは、完璧にむくれた。
「まぁまぁ。船長らしいですが」
 オクギリが、小さく言う。
「が?」
「いいえ、何も」
 そう話もできなかったともう嘆くわけにいかない。
「これで、いいんですね」
「そうだ」
 確認するかのように言ったオクギリの言葉。グウィーダンは、迷わなかった。



 港の先端に立っている国王は、今か今かと到着を待ちわびていた。イライラしているのが見て取れる。
「陛下」
「なんだ」
「ミルファネーゼ様が怯えますよ」
「なにっ!?」
 ルギの一言は、絶大だった。


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