起きたら、日が暮れていた。

「ぅわぁ」
 寝すぎだ。
 迷ったあげくベルを鳴らして人を呼ぶと、すぐに身体を拭くタオルと飲み物と軽食が来た。食事は甲板に来てくだされば用意いたしますといわれ、部屋に居座られる。気になるので追い出し、追い返し、出て行ってもらい。日記を取り出した。

『一日サボってしまうところ所だったけど。ようやく書けます。ねぇ、御爺様。今日は……昨日は? リングル船長に会ったの、しかも、お守りまでくれて』

 あれを見れば、見る人が見れば誰の物かわかり、それを持つネファを彼と同等に扱ってくれる。必ずドコでも手助けとなり、支えてくれる。自身の手を離れ世界に出る仲間に、送る印だ。自分の代わりに、助けてやってほしいと。
「……」
 船長―グウィーダンに貰った腕輪とあわせて、ふたつ。
 ねぇ、どうして? ……まるでもう、会えないみたい。

『御爺様。本当はね、本当は、“家族”に会いたくても、帰りたいわけじゃなかったんだよ。だって、もう家族はそこにいたから――』

「帰りたい」
 言葉を切って、鍵の閉まる箱に日記をしまう。

 扉を開けると、おそらくそこにいつからいたのか聞いてみたい男がいた。



「……で?」
「何か」
「気になる」
「―――」
 シギにしては当たり前な兵士の数。むしろ、少ないくらいだ。
 甲板の一角に設けられた食事スペース。この船の主のためだけに用意された空間。そして、取り囲む兵士と、侍女。給仕。
 食べるのは一人………ミルファネーゼ。
 水(さすがに、お酒にするのはやめた)と目の前に並ぶ食事(前菜&飾りだの花だの)。食べ始めれば、次が出てくるのだろうが一向にネファは手をつけない。何か気に触るものや嫌いなものをお出ししたのか!? とコックが悩み始めた中、ネファはようやく口を開いた。

 曰く、“気になる”

 人の数と、視線と、ついでに言うならなんで一人こんな所で食べるのかと言う……上げだしたら切がない。
「どうしたら、いいでしょうか」
 食べてもらわないと困るのでここはシギが折れた。
「………」
 どうするって――。
 まずは、気になる兵士とか侍女とかを下がらせてみた。ちなみに、誰か一緒に食べないのかと聞くと、“命令”ならばと答えられた。

 “命令”と言った時、ひどく少女が傷ついたように顔を強張らせた。少し、言い方がきつかったかと思うが、こちら側にもなれてもらわないと困る。結局は、どうするか聞いてはいてもこちらの都合か。
 それは、うすうす少女も感づいてはいるようだった。

 遠巻きに眺めていた兵士がいなくなって、横と後ろに控えていた侍女もいなくなった。給仕は料理を持ってきた時だけにして、飲み物を注ぐのはシギとなった。つまり、彼だけは隣にいる。……それはそれで気まずいものがあるのだが、今日はこれ以上言うのをやめた。どうしたら一番いいのか。わからないから。

 食事を楽しむ才はあるようで、これならばコックも自分で首をくくらなくてすむだろう。確実に皿の中身を食い尽くす少女を見ながら、しかしシギは新たな問題を発見してしまっていた。
 そう、身に着けてもらう“事”は多くありそうだ。
 とにかく、本国に着きさえすればいい。あとは、馬車に乗るだけだから。

 食事はおいしいので、むしろ残す理由が見当たらない。食べたいだけ食べて、部屋に帰り寝た。

 今日は、一日寝ているわね。



「暇」
 それからは、これと言った事は起こらず、ネファは大体海を見てすごした。本人は暇である事を怨んだが、他の船員は何事も起こらないことを願い続けた。




「陛下」
「何かあったのか!?」
「……そうではありません、が」
「だったらなんだ」
「もう少し、落ち着きくださると……」
「無理だ」
「陛下……」
「十九になっている」
「そうでしたね」
「あれ(アジーナイズ)に似ているのだろうか?」
「陛下に似ているのかもしれませんが?」
 側近を睨みつけた国王だった。




「ひーーまーだぁーーー」
(奇跡だ)
「………ちょっと、なんか言わなかった?」
「何も」
 少し前に食事を食べ終わった。魚ばかりではあきるだろうとの配慮か、少し前までは肉も出ていた。ネファにしてみればまったく気にもならないのに。
 海の照り返しで日焼けするーーなど口走ったあと、倉庫にあった(見つけて引きずっているところを運んでくれた。)ハンモックを取りつけてさらに横にはパラソル。ハンモックに寝そべるネファは(いい加減隣に人がいることになれてきている。しかしそれも嫌だったりしている。)シギを睨みつけた。
「見渡す限り海ーーそして暇ぁーー」
「……船の上など、どこでも同じような景色で似たような生活でしたでしょう」
「そんなことないしーーだいたい陸地に行くから。それ以前にこんな生活前にもしたことあったら何者よ自分」
「違いましたか」
「怒るわよ? 誰が! なんで!! ……っ」
 言いかけてやめた。ようだった。
「……暇」
「そうですか」
「あんたさぁ、いちいちつっこまないで少しはほっといてくれない?」
「お一人になりたければ部屋に行くのがよろしいかと」
「ぁあはいはい」
 ばさぁと薄手の毛布を頭から被って、ミルファネーゼはふて寝した。
 揺れる船の上、揺れるハンモック。
 まったくと言っていいほど眠気もなく、むしろ怒りに燃えていたネファであったが。ゆっくりとやって来た眠気に従った。ように見えるようにしておいた。

「………」
 ここ数日間、部屋にいることもあきたらしくよく甲板にいる。陸地の端ですら見えない陸地を避けた海路をあえて進んでいる事は、お見通しのようだった。……だから、どうしたというのだ。
 何かあってからでは遅い。
 ……が、なれない生活にまいりそうなというか、いつか本気で殴られそうだ。
 それか海にでも飛び込みかねな……
ざばっっしゃーーん!!!
「!??」
「何ぃ!!?」
 いや、いくらなんでも、四六時中見張っているわけではないし、眠ったと思っていた、兵士全員。
「きーーもちぃ〜〜」
 いつの間に救命用の浮き具を持って……それよりいつ起きたのか?いや、浮き具は船とつながっているから流れる心配はないにしても。
 見れば、一枚のワンピースがほおってある。乗り出せば、薄着で海にいる女。
「何してらっしゃるんですか!!!?」
 危険極まりない。
「泳ぐの、文句ある?」
「………」
 怒りで声が出なくなったのも初めてだった。
「大丈夫よ、よくアロマと泳いだし」
 そのたびに船長に怒られて、副船長に説教。……コイツからは二人分の怒鳴りと説教を食らった上に、部屋からまる三日も出してもらえなくなったわ。

 なんでよーー気持ちいいのよーー
 目の前に海があるのに泳げないってどうなのよ。……ぁ、もう無理かも、泣いてしまいたい。なんなのよ、なんで私が?―――なんで私なの?

 もういいもんもういいもん。もういいわぁ!



「…………」
 これはこれで、困る。はたして、喜んでおくべきなのだろうか。
 あの海の一見以来、今度は部屋から出てこなくなったミルファネーゼ。侍女に聞けばだいたい寝室に閉じこもっているらしい。何もしていない時もあれば、本を読んでいる事もあるらしい。しかし、とりあえず元気に見えると言った。
「………」
 船も海も静かだ。
 本当に何事もおこらない。兵士の半数は甲板に出なくなり、ほぼ休暇状態だ。
 部屋にいてくれれば楽だと思ったのは事実だ。はじめから、こうであれば。
「………」
 考えてみれば、この命は彼女の手の中にある。例えば陛下に進言すれば、三日目にはこの船は乗員ごと海に沈んでいるだろう。それこそ。
「………」
 つくづく、厄介な事になっている。


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