ガラガラガラ――
 波のゆれを離れるのは久しぶりだった。ここはもうバイアジュ国の領地内だそうだ。
 結局、ほとんどを部屋の中ですごす事となった船、ミルファは、この港にいつでも出航できるようにしまわれるらしい。
 理由を問うと、答えは簡単だった。

『あなたが行きたいときに出かけられるようにですが?』

「道楽にお金かけすぎじゃないわけーー」
「何か?」
「うわぁ!! いっきなり出てこないで頂戴!」
「申し訳ありません」
「……」
 この「とりあえず謝っとけ態度」どうにかならないのかしら。

 また仰々しい護衛でもいるのかと思えば、馬車は二台しかなかった。逆に、目立つからだってさ。どちらにせよ、そう変わらないんじゃない?

「「………」」
 おそらく、詰めれば六人は乗れる中。二人。
(気まずいのは私だけ?)
 でも、なかったらしかった。

 海賊船でのいつもの服装で、ネファはあくびをかみ殺した。



「………」
 寝てもいいですよと、言いかけ、やめた。あまり干渉すればまた睨まれるだけだ。寝たいなら寝るだろう。と、思いたい。

 王都までは、馬車でまる一日はかかる。まるで止まる事を許さないように、走り続けた。
 それもすべて、おきることを知らないようにミネファが眠り続けていたから。
「………」
 今のうちだと思った。馬は、疲れてしまうだろうが。
 合理的な考えをしている自分。必要な事だった。
“命令”をこなすだけだ、自分は。
ガララララ――
「……御爺様」
ガン!
 傾いた頭は、壁にぶつかった。
「だぁ!?」
「!?」
 涙ぐんだ瞳は、痛みによるものだと思ってくれたほうが嬉しかった。
「「………」」
 気まずい沈黙に、再び寝た。
 窓の外の景色は緑。森の色。




「陛下、ですから」
「ううううるさいぞ!」
「陛下……」
 いくつですか? 貴方?
 国王が昔、学園に通っていた頃からの親友であり、護衛であり、監視役の側近。
 玉座に座る王と側近が交わす会話は、誰にも聞こえない。
 あれから十八年。戦禍(せんか)は遠ざかった。あの時守れなかった妻(王妃)。その命に守られた娘。
 今度こそ、今度こそ。すべてを守れる力を。
「もう、繰り返さない。だから、ついて来い」
「今更、何を言ってんだ」
 親友の二人は、到着の声を聞いた。




「ミルファネーゼ様」
「ん……?」
「大変不本意ではありますが、起きてください」
「なん、で?」
「到着です」
「なんで、私はここにいられないの……」
「……。起きてくださいミルファネーゼ様!」
「ぎゃぁ!」
「起きましたか?」
「え、まぁ」
「でしたら、降りてください」
「はい」
 差し出された手を取るのは、ちょっと気恥ずかしい。
「………きれい、ね」
「そうですか?」
 物語の本の中のように、大きな大きなお城。

 ―――やっぱり、ここは迷うのか?




「くく来るぞ!?」
「今更」
「本人でなかったらどうする!?」
「息子が、間違わないとも言い切れないな……」
 そんな事になったら、どうしてくれようか。




「っは――」
 お城の中になんて、初めて入った。立ち寄った国の城を眺める事はあっても。
「でかい、広い。長い」
 長い?
「緑」
「緑?」
「青くない」
「青?」
 昔、陸地に住みたいといって叶わなかったこと。引きずって乗り込まされた船。今は、ただ海の青が見たい。

 どうして、今はもう必要ない願いが、叶ってしまったのだろう。


「ミルファネーゼ様?」
「?」
「こちらです」
「あ?」
 顔を上げれば、扉は開かれた。
 閑散とした広い部屋に、玉座があった。人は二人、王と側近。ただ二人。
「………」
「………失礼」
 立ち止まってしまった私の腕を、シギが引っ張った。気がつけば玉座の真下で、私は王に見下ろされていた。どうしていいかわからずに、立ち尽くした。
「………」
 目の前にいる少女。妻に、似ていた。あの時抱き上げた赤子が、もう私の目の前に立っている。出会えた喜びが勝って、止まっていると声をかけられた。
「……王」
 どうしていいか、わからなくなっていた王に、側近が声をかける。

「おかえり」

「………」
 何もいえないでいると、玉座から降りてきた王に抱きしめられた。
 側近とその息子は、静かに部屋をでた。

「おかえり」
 再び、いや何度でも言おう。見た瞬間にわかった。見ている面影(おもかげ)。死した妻。
「わたし……」
「ミネファ? ミルファネーゼ?」
 その呼び方、同じ。――やめて――
 呼んだ言葉に強張った身体。名を呼ぶのは、嫌か?
「わからない」
「………」
「わかんない」
 どうしたら、いいの?

 時は、流れた。残酷にも。十八年。

「「………」」
 沈黙が部屋に降り立って、支配する。再会した父親と娘は、何も言わない。言えない。ただ、戸惑う。

バンっ!!
「陛下! たいへっ」
「お久しぶりですなバイアジュ国王陛下」
 その代わり、しばらく見たくなかった顔が入ってきた。


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