「――は? 泣き出した?」
「そうなんです! どうしたら……何か、気に入らない事でも……ぁあどうしましょう!」
「お召し物が気に入らなかったのでしょうか?」
「いや、知らないが……」
 そんなことで文句は言わないだろう。また、何か思い出したのか?
「世話の焼ける……」

『眠れないんだもん……』

 言葉が頭をよぎる。ゆれないから眠れないなんてふざけた話だ。そんなもの、慣れでもすればどうとでも……
「………」
 どうにもならないから、苦しんでいるのだろうか。……一人で。
「世話の焼ける!」
 苛立ち紛れに壁を殴りつけて、走った。



「ミネファがどうした!」
「泣いているそうですよ」
「なななな泣く!? なぜだ!!?」
「わかるはずないだろ」
「………」
 ルギの言葉にへこむ国王。



バン!!
「きゃぁ!」
「し、シギ様」
 突然の来訪者に驚く侍女に目もくれず、シギは部屋の中心に泣き崩れるミルファネーゼを見る。
「そんなに、そんなにこの国に来た事が不満か!!」
「!!?」
 ビクリと、肩が震える。
「………ぁ……」
 シギの姿を視界に捉え、ミルファネーゼが息をのむ。
「っ」
 そのあまりの弱々しさに、今度はシギが頭を抱えたくなる。
(だーーー!!!?)
 軍師の息子として鬼隊長と呼ばれ時期軍師となるべく日々励んでいるシギに、一介の海賊の女――もとい王女をやさしく扱えなどどうあっても無理な話だ。と、言う本性が現れだしているシギ。こっちもいい加減限界に近い。
「………来い」
「……?」
「いいから来い!!」
「やっ!」
 腕を強くつかんで立ち上がらせ、廊下に引っ張り出した。
「シギ様!?」
「どちらへ!?」
 うろたえるばかりの侍女を部屋に残して。



「………なっ……ねっ……はなして!!」
 かすれ気味の声は無視。抵抗も押さえつけた。もとより、意味がない。



「ねぇってばぁ! ぅわ!?」
 さすがに、視点が変わるとあわてたような声をあげた。目的地に入り、つかんでいた少女の身体を抱き上げた。
「なに!?」
 ふわっと、そのまま木の枝につるされたハンモックに投げ入れた。
「だからな!!? きゃぁ!」
 ぐらぐらとゆれる、とてもなつかしさを運ぶ、ゆれ。大樹――シェーネと、その子ジュア。この国の象徴である大樹。小さなジュアとシェーネの間に貼られたハンモック。
「………な、に?」
 これ?
「見たままもわからないのか」
 大げさにため息をついた。
「わからないわよ!!」
 一度は驚きに止まった涙がまた流れる――まずい。
「だから、ゆれていればいいのだろうが……」
 と、思ったんだが……。
「はぁ?」
「………」
「……そのために、こんなことしたの?」
「他になぜ俺がこんな面倒な事をするんだ」
「……それが本性?」
「どうでもいい。早く寝ろ」
「寝ろって……」
「いいから。――ゆらして、やるから」
「………」
 言葉と共に横にあった毛布がかけられる。いつ、用意したのだろう。そのままでもゆれるハンモックの上、風は吹かないためか、一定の間隔でゆらしてくれる。――それは、船の波のゆれとは、同じようでまるで違ったけれど――

 いつしか、深く深く眠りについた。白く広い寝台の上で半分しか眠れなかった早朝を、忘れ去るくらい――




「………はぁ」
 すぐに、眠りについた。早いな。つかんでゆらす作業――あきた。しかし、
「――!」
 風がゆれ、木々がざわめく。まるで、呼応するかのようにゆれる枝。鳴る葉。
 ざわめいた木々が、風を運ぶ、絶え間なく動くそのハンモック。

「シェーネ?」
 呼びかけた。

すーー
 もれる寝息。

――よい、眠りと夢を――





きぃ
「?」
 少し離れて、長椅子に座っていた。

「ミネファは?」
「陛下」
「ほら、質問にさっさと答えた答えた」
 立ち上がって礼を取ろうとするのを遮る父親――軍師。
「あちらで、寝ております」
「寝てる!?」
「声がでかい」
 またも側近の一言にあわてる国王。
「しかし、なんでまたこんな所で」
「(俺が聞きたい)――どうも、部屋はゆれないそうで」
「「は?」」
 ここらへん、息ぴったりだと思う。
「船の上と違うそうで」
「………船?」
「彼女は、ずっと船の上で生活していたと」
 父親の補足に頷く。
「そうだと考えていいはずです。陸地では探しても見つからなかった。山の奥地でも、街道沿いの町でも。抜かりはないはずですから」
「見つかったのは船の上、か」
 それは商船、いや、あれはたぶん……
「それでハンモックか、お前の案か?」
「はい陛下」
「………なるほどな」
 何か、考え込んだ国王。
「侍女が泣き泣き訴えてくるから、何をしでかしたのかと思ったぞ」
 そう言って、頭をつかんでくる父親の容赦のないこと。
「眠れなかったのか……」
 それは、いや、それだけではないか。辛く、苦しいのは。きっと――不安。
「アイナ、あの子を」
 愛していると、伝わらないのだろうか。
「「……」」
 静かに王妃様の名を呼ぶ国王に、声をかけることなどできない側近は、いまだに息子を押さえつけていた。

 静かに、時が流れる。過去は振り返る。もう、繰り返さない。多大な、犠牲のもとに。そして、今は動き出す。

「ま、まって御爺様! ――ぇ? きゃぁ!!」
どしゃん!!
「「「!!?」」」
「いったぁーー」
 ほとんど叫ぶように言った寝言に目を覚ましたミルファネーゼは、そのままハンモックから落ちた。幸い、下は芝に埋め尽くされている。それに、毛布に包まったままだ。
「「「………」」」
 いち早く唖然、から脱したシギが近づいていく。
「よく眠れましたか?」
 時間は、そうたっていない。
「は? ――そう、ね」
 一番、安らいだといっても過言でない。夢は見ていたし、あまり面白くもなかった。けれど、安心はした。あの海に、つつまれるようにここで。
「………」
 葉が、一枚降ってくる。タイミングよくつかんで、見上げる。
「この木は?」
「この国の象徴――シェーネです」
「シェーネ……」
 あなたが、
 手を幹につけて、目を閉じる。再び眠りにおちそうなほどの安らぎ――
「おなかすいた」
「………」
「なら、ここに用意させるか」
「――!?」
 間近に来ていた国王に驚く。
「その前に、着替えてこられますように」
 侍女を呼びつけた国王の側近が、静かに言った。



「いただき、ます」
「………」
 無言で食べ始めることのない国王に、いい加減悩まなくなった。最初は、どうしたらいいものか悩んだ。かなり。いつ食べはじめたらいいのかわからない。
 困っていると、あの側近の人が国王に助言していた。「黙っていると食事がはじめられませんよ」と。その言葉に国王は目を見開いたものだ。言う事が「ミルファネーゼが食べはじめないから」だったので。
「おいしー」
 この国はどうやら肉料理が中心みたい。そりゃ、そうか、森の中だし。でも、魚料理も置いてある。ただ、やっぱり。おいしいけれど、比べてしまう。だけど、食べたい。そんな矛盾。いつでも新鮮そのままの果物や野菜に驚いてばかり。保存のために濃く味付けられた塩物や干し物とは違う味。――やわらかい?
「しっかし、豪華よね」
 ボソッとつぶやく。
「ミルファネーゼ様!」
「はい!?」
 また?
「それは、今使うものではありません。こちらです」
「ぁあーーそうなの」
 でた、侍女長のマナーチェック。
「シルク、そう言わんでも……」
「国王陛下、この件には口を挟まないで下さいませ。恥をかくのは陛下でもわたくしでもありません。ミルファネーゼ様なのですから」
「……」
 誰も習いたいと言ってない。と、どうやら表情から伝わったらしい。ゆったりと、睨まれた。
「もう少し、手厳しいのがお好みですか?」
「てきびっ!? このままでお願いします」
 心中を察した侍女たちが隠れて笑っていた。


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