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「ぬ〜〜ぬ?」
「ですから、あちらだと言いませんでしたか?」
 心底呆れたようにシギが言う。迷った。城の中。シェーネとジュアの部屋……部屋? から部屋に帰れない。ちなみに、口調はまた最初のころと同じだ。
「…………」
 いいんだよ! 迷うのなんて王道だーー!!


 あれから、毎日毎日シェーネとジュアの間にあるハンモックで眠っている。起きてすぐ部屋に帰り、着替え。それから国――お父様と一緒に食事。“お父様”って呼ぶのは、無理かもしれないけど。でも、あの人が父親なんだって思うのはできてきたかも。船長もみんなも、家族だけど。“母親”“父親”は、いなかったから。

 城での生活になれていくたびに、あの船での生活が頭の端に追いやられていく。忘れたわけじゃない忘れるわけもない。
 ただ、思い返す時間がない。

「ミルファネーゼ様?」
「?」
「疲れましたか?」
 結局、歴史の先生や礼儀作法の先生は来なくなった。もとい追い返した。続いているのは侍女長のマナーチェック、語学の勉強。そして、その追い出された先生の代わりにそれらすべてを教えているシギ。何者よ、こいつ。
「ミルファネーゼ様、聞いていませんでしたね」
「……あーーごめんなさい」
「最近、多いですよ」
「………」
 だって。
 だって、なんだというのだろうか。

 ―――怖い。
 もし、本当に、あの船での出来事を忘れてしまったら?
 毎日が忙しくて、起きている時間が長い。夢に見ることもなく朝が来る。――会いたい、会えない。

「今日はもう終わりにしましょう」
 はっとして、顔を上げた。
「課題もなしにします」
 そう言って、早々にシギは机の上を片付けた。
「あのっ」
「何か?」
「ありがとう」
「――いえ」
 なんだか驚いたようなシギは、外から呼ばれて部屋を出て行った。
 私は少しぼんやりとして、そして走った。シェーネとジュアの所まで。
 すれ違った侍女が台車を押していたから、あれはきっとお茶の準備だったのね。





「侵入者が?」
「ぁあ、そうらしい」
「ですが、いったい――!」
 なんの為かと言う言葉は、続けられなかった。突然思い当たったように走り出したシギを、ルギは唖然として見つめて、そして笑った。

 そんなに――大切か?

 それは、自分に課せられた責務だからか、それとも――


「シギのあとを追え! 侵入者はミルファネーゼ様の所だ!!」
 それしか、考えられない。




 足取りは軽くて、人通りが少ない事は気にもとめなかった。

「シェーネ、ジュア!」
 ここまでくるのは、もう迷わない。自分の部屋だという所に帰るまでは迷うけど。
 大樹の一つに抱きついて、ふとそんなことを思った。

――。――。――。

 鼓動と水音が聞こえる。生きている。この樹も、そして、私も―――

「――っ!?」
がきぃーーん!
 愛用している短剣と、私の頭から足下に向かって振り下ろされた斧が重なり合って鈍い音が響く。気配が現れることなく、背後からの攻撃。
ジャァァァ――
 思い一撃を剣の上にすべらせて、右に逃げた。斧がそのまま床に突き刺さる事を期待したが、叶わない。
 叫ぶ暇も避ける暇もないまま、振り下ろされた斧の軌道が変わる。横に向かう。

 体が、二分される―――

 それは一瞬の出来事のようなのに、まるで時間の流れかたが変わってしまったかのように遅い。
だけれども、これ以上避ける事もできなくて。自分の腰に向かって斧が振られるのがわかった瞬間に再び短剣を間に挟むように動かした。

ドガァン! ――ズジャァァァアア――
 容赦のない一撃が短剣を通して体に伝わり、そのまま後方に飛ばされる。斧の攻撃は短剣で防いだものの、衝撃はすべて吸収した。弾き飛ばされるように、一本の木にぶつかる。
「――!!」
 あげた声が、音にならない。……痛い。
 激痛に顔を歪めれば、鈍い痛みと混じってもうわけがわからない。前身を強打して動けない。
「………ぁ……は……」
ズン!
「!!?」
 斧を担いだ男が一歩近づいてくる。確実に、一歩ずつ。
“殺される”
 逃げたい、逃げられない。足が動かない。誰か、ねぇ、誰か。
 いつもなら、船長も、アロマもカンガスもいた。むしろ、私は足手まといだといつも置いていかれていた。
 そこでも、守られていたんだ。

 唐突に、それがわかった。

「……なんでよ」
 声が、震えた。
 ずしゃっと、全身を黒い服で覆った男が近づいてくる。

「なんだって邪魔をするのよ!!」
 叫びながら、短剣を投げつけた。その剣はあっさりと避けられたが、入り口の扉が開け放たれてシギと兵士が入ってくるのが見えた。
 目の前の男が舌打ちするのが聞こえた。その隙を突いて、一歩近づきもう一本の短剣を光らせると……
「ミルファネーゼ様!」
 シギの鋭い声に、その足を止められた。逆に、はっとした男が私をつかもうと手を伸ばしてくる。その手が首を絞める前に、斧が落ちた。そして――
ザンッ!!!
 男は、シギに背中を切りつけられた。ぐらりと男は倒れ掛かり、しかしすぐに持ち直した。切り落とされた右腕を残して、別の入り口に向かって走り出す。
「逃がすな!」
 手負いの男を追い詰めるように、シギが短く命令した。幾人もの兵士の足音が遠のくと、ミルファネーゼはひざをついた。
「ご無事で」
 同じくひざをついてシギが顔を覗き込んでくる。
「……みんな、知ってたんだ」
「は?」
 だからいつも、私は戦前には出してもらえなかったんだ。





「侵入者は口を割ったか?」
「いえ、まだ」
「どうせ、答えは知っているだろう」
「お前もな」
「………しかし、あの国も手が早い」
「牽制の意味を含めたつもりだろうな」
「だから嫌いなんだ、あの国は」
 そう言った国王の耳に、エダリディーガの商人の到着が告げられた。





「大丈夫です」
「何が?」
「侵入者は捕らえましたので」
「で、拷問にでもかけるの?」
「そうですね。自分がエダリディーガから来たと言わない限りは」
「………」

 そのうち、侵入者の話も聞かなくなった。おそらく、口を割らされたんだと思う。と、信じたかった。


 どこに行っても、現実は現実。
 そうやっていつも割り切られる。そしていつも、私の知らない所で終わっている。

 何も知らないまま、ただ守ってもらっていたんだ。


  B a c k   M e n u   N e x t