11

 自分ひとりだけでいられる時間が、まったくなくなったのはそのあとすぐ。シギも侍女達も兵士達も。絶えず、視線を感じる。
 本当にそれは私を見ているのかわからなかったけど、でも私を見ているように感じていた。
 監視されているんだって落ち込んだ。
 本当に誰か一人とでも、目があったわけじゃないのに。



「陛下」
「そういうなルギ」
「ですが、国民はみな待ちわびておりますよ。復興にかかった年月。絶大なる人気を誇ったアジーナイズ様の娘」
「ミネファは、恐れている」
「何に、と申されるのですか?」
「確信があるわけじゃない。そう感じるだけだ。だから、無理はさせたくない」
「しかし、陛下。陛下が王である限り、あの方はこの国の王女で在(あ)らせられるのです」
「忘れるものか――ルギ、ミネファをここへ」
 一礼して退出した友を見て、国王はため息をつく。この前の一件で、ミルファネーゼは自分には何も力がないと実感してしまった。まだ子どもだから当然なのに、それを拒む感情が強く出ている。もう子どもでもない。だがまだ子ども。船の上で暮らしていたと聞いてどれほど驚いたか。あの海域で船を浮かべて暮らせるものなど、海賊くらいだ――



「国王、様? お父様?」
「父と呼んでくれと頼んだぞ?」
「でも、ここは――」
「どこであろうと、私とミネファ、のつながりが変わるわけではない」
“親子”
 いつでも思った。“ミネファ”と呼んだ瞬間に強張る体。話を聞こうにも拒まれる。シギの報告を心待ちにするくらい、日常では構う事がない。三度の食事も一緒に取れない日が続いていた。
「ミルファネーゼ、帰ってきたことを祝して、式典を執り行いたいと思う」
「式、典?」
「知ってはいるだろう? 王(わたし)の娘――王族だと」
 少し前まで“海賊”だったんだけどねと、笑い飛ばせなかった。
「……民に姿を見せてもらう。その後、他国の者達を呼んで舞踏会を――」
「どっちかじゃ駄目ですか……」
 苦肉の策だ。
 お話の中のお姫様に憧れるのは、それが絶対に自分ではないからなのだろうか。
 憧れが憧れですむからだろうか。
「民に会おう」
「――はい」
 穏やかに国王は笑っていた。少しだけ嬉しそうだった。私は喜べないけど。




「ぁーー……」
 ばったりと寝台に突っ伏す。
「どうしよう」
 もう未知の世界だった。
「〜〜〜」
「ミルファネーゼ様!」
「っはい!」
 でた侍女長、シルク、さん。でも気分的には女王様と呼んでも間違いじゃない。
「今日から礼儀作法を徹底させていただきます!」
 え゛? 先生ってシルクさん?




「違いますミルファネーゼ様! それは昨日教えたとおりです!」
 ……忘れた。
「ミルファネーゼ様! 足は右から! その線を踏まない!」
 ……。
 これまでより二段階は苦しくなったコルセット。細いヒールのきつい靴。足に纏(まと)わりついて歩きにくいドレス。片手に持たされた扇の角度ですら直される。
 世界中でお姫様に憧れる人々と、交換したいくらいだ。





「もう一度!」
 遠くで、シルク侍女長が言い放つのが聞こえる。
「違います! 明日までに暗記してください!」
「………」
 その時は、ただ容赦(ようしゃ)がないと感じただけだ。


 それが、いつの間にか。


『……ひっく……ぇ………――い』

“怖い”と。

 見たこともない民への恐れとなっていたと気がついた。


「は? 一日ミルファネーゼ様をお貸ししろと?」
「お願いします。シルク侍女長様」
「この顔見せの式典まで日のないこの日に?」
「はい」
「許可できません」
「お願いします」
「駄目です」
「お願いします」
「帰りなさい!!」
「侍女長? 何かありましたか?」
「ファン軍師」
 突然の父親の登場にシギは顔をしかめた。おそらく、この侍女長は――
「軍師様、あなたのご子息はこの日のない時にミルファネーゼ様をだしに何をしでかすおつもりで?」
 どこか、父親をも侮辱されているようで一歩進み出た。しかし、簡単に制されてしまう。
「それは、それは。また何事でしょうね」
「式典の事もご存じないと?」
「知っておりますよ。あなたが、ミルファネーゼ様の指導を任された事も。――今の彼女に求めるには理想が高めだという事も」
「……おっしゃいます事」
「そうでしょうか」
「あなたは軍の人間ですわ。王女の私生活までは関係ありません」
「それはそうですが。守る側の人の喜びが感じられないと、張り合いがありませんからねぇ。特に、どこか抜け殻のような方に会うと」
「あれくらいではまだ足りません」
「ほぅ」
「他の王族に笑いものになるのはミルファネーゼ様ですよ」
「彼女のため?」
「そうですわ」
「自分のためでしょう?」
「どういう意味ですの?」
「そうですね、あなたも出世した物だ」
「今度は昔話ですか?」
 うんざりとしたようにシルクは言う。
「私もあなたも、同じに日に城仕えになりましたから」
「そうでしたわね」
「覚えておいでですか?」
「忘れました」
「今でも、まるで目の前で起こっているようです」
「忘れなさい!」
 苦いものでも思い出すように、シルクは会話につかまる。まるで、これから言われる事を警戒するように。呆然とシギが立ち尽くす中、ルギは視線を送った。
(――? ……!!)
 その意味を察して、足音を立てずにその場から立ち去った。




「………」
 もう朝で、宿題も課題も覚える事も何もかも真っ白で。ただ瞼(まぶた)を開くのも億劫(おっくう)で。寝台の上に座り頭をひざに乗せる。考え込むように伏せたまま。すぐに、シルクがやってくるだろう。

『シェーネの所で眠る? 何をおっしゃっているのですか?』

 朝からお説教を聴いて、一日。
 あなたのためだと言いながら行なわれる礼儀作法を叩き込まれる。間違えればやり直し。やり直し。

 足下から崩れていくようだ。

 私は、王族なのだと痛感させられる。言葉、振る舞い。すべて。
 これまでいかに、私のことを思っていたのかわかる。これから、王族として人の前に立たなければならない。

 ――怖い。

 ただ怖い。

――っ――こつっ

 かすかな音は、聞こえない。目も耳も体の器官が拒絶する。何もみたくない。聞きたくない。

 怖い怖い怖いこわ、い――

――こつっ――こつっ

 低い音を立てながらあけられる扉の音と違う。かすかな音。窓辺から。
「――?」
 のろのろと起き上がって、カーテンを引く。広いバルコニーの下を見下ろせば、片手で石を遊ばせているシギと目があった。

「――行きましょう」

 気がつけば、伸ばされた腕の中に飛び込んでいた。


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