12

 さすがに、泣きそうな顔で飛び降りてこられると焦る。高さが三階分はあるのに、躊躇(ちゅうちょ)する様子もない。
 護衛としては、心配になる行動だ。

「? ミルファネーゼ様?」
 しかし、とっさに受け止めたままなのに、その身が震えていた。今は、あの寝台で眠れるのだろうか。シェーネとジュアにつけたままのハンモックがただ一人、音なく揺れる夜。
 すとっと地面に下ろすと、俯(うつむ)いたままの頭を少しあげた。
「走りますよ――シルク侍女長が叫ぶ前に」
「はっ?」っと声にならない疑問はそのまま、風に運ばれてしまった。




「とりあえず、これに着替えて下さい」
「―――」
 いきなり走らされてしまったミルファネーゼは息も絶え絶えだった。そこでふと、そういえば寝巻きのままだったと焦る。しかも、シギはそのまま小屋を出て行ってしまう。
 走りついた小屋は、たぶん炭作りのための場所なのだろう。今は閑散(かんさん)としている。
「?」
 なぜ、そんなことを思ったのだろう。どうして、ここが炭小屋だと?
「ぁあ、そうか」
 この前みっちりと、シギにそんな話を聞かされたんだ。この国の風習。
 着替えた服は少し大きめだった。

「何この服……?」
 小屋を出たら、軍服を着替えてさらに髪の色を変えた男が立っていた。
「気に入りませんか? ならもう少しだけ我慢してくだされば、新しいのを」
「何してんの?」
「これですか、偽装工作を。お気になさらず」
「……(ま、いいか)なんで、こんなの持ってくるのよ。どっから出したのよ」
「……」
 シギは、黙した。
「ちょっと!」
「……背格好の似ていた呉服屋の娘に、同じくらいの歳の妹にあげると言って買ったのですが――」
「はぁ?」
 あんた、自分で買いに行ったの!? しかも自腹?


「とにかく、行きますよ」
 どこにと聞いても無視だ。
「なに、これ?」
「手ですね」
 見りゃわかる。
「頼みますので、はぐれないで下さい。何かあれば私の首は陛下に切られます」
 つながれた手が引っ張られる。……放してくれないかしら。





「陛下!」
「シルク? どうした?」
「今すぐ軍を動かしてください! そしてシギを絞首刑に!」
「いきなりなんだ。いきなり」
 国王は、後から執務室に入ってきてしまった〜と項垂れている護衛を見やった。
「何を暢気(のんき)な! ミルファネーゼ様が連れ出されたのですよ!」
「誰に?」
「あの軍師の息子にです!!」
「ルギ、何事だ?」
「その点に関しては事実ですが」
「陛下!」
「シルク、最近ずいぶんとミネファに対して風当たりが強いそうだな」
「は? しかし陛下! それはミルファネーゼ様のために……」
「わかっている。しかし、何も日長一日――というわけにもいくまい。いつもよくしてくれているんだからな。今日だけは、たまの休みと思ってゆっくりしてきたらどうだ?」
「まぁ、陛下」
 ころっと、態度が一変した。左の頬の端に合わせた手を寄せて、少しだけ首をかしげるシルク。
(なんだ、この扱いの差)
 この三人、実は学園以来の知人、友人。シルクは国王が好きだったらしい?
 意気揚々と、シルクは執務室を出て行った。

「〜〜〜」
「ルギ」
 執務机から立ち上がって、窓に手をついて下を眺める国王が声を掛ける。
「あーーすみません」
 さすがに、な……
 まさか、“外”に行くとは思わなかった。
「いい」
「なにっ?」
 驚いたルギが問い返してしまう。
「もう知っていた。あの子が何をしているか、どこにいるのか。“監視”するのは簡単だが、しない。――難しいものだな。だが城を出るときだけは、」
「……」
「監視も、護衛もつけてしまう――」







「――」
 歩きながら、と言うよりも無理やり手を引きながら。それでも歩いてくる。時折、うしろを振り返っているのに気がついた。
「……気がつかない振りをしていて下さい」
「―――」
 口を開いて、囁いた。隣にいる人だけに聞こえるように。
「さすがに、陛下が、あなたを城の外に出すのに何もしないわけがありません」
「なによそれ」
「陛下は“再び”、あなたを失う事を恐れているから」
 そして、この国の“民”も。
「そんなの」
「信じていませんね」
「っ!」
 急に立ち止まられて、見据えられる。つながったままの手が痛い。そこだけが熱くて、他は冷え切ってしまったよう。
「すみません。別に、あなたを脅すつもりはないのですが」
 一瞬、つながった手を振り払うように引かれて我に返った。何を、言ってしまったのだろう。

 この恐怖に押しつぶされそうな娘に。

「行きましょう。日暮れには戻らないといけませんから」
「………」
 正直、もうどうでもよかった。



 いつの間にか民家が増えてきていた。そして、路地。暗く感じる路地をいくつもすぎて、角を曲がる。途端、風に遮られて聞こえなかった人の声がする。
 活気ある人の声は、どこに行っても同じなんだと安堵した。

 でも、

 顔が上げられない。

 活気あるざわつきと人の波が、まるで私だけを避けているかのよう。ただ手を引かれて歩くだけ。すれ違う人々の顔も姿も、そのうち、見えなくなって――
 いつの間にか入った店の中で、自分の頭の上で交わされる会話がさらに遠ざかっていた。

かららん!
「いらっしゃいませ! ――あら!」
「こんにちは、どうもこの前の服は妹には少し大きくてね。他に、何かあるだろうか」
「まぁこんにちは、妹さん? こんにちは!」
 屈みこんで挨拶をされてはっとする。
「っ!?」
 びっくりして一歩引いてしまう。逃げるようにシギのうしろに回る。
「……嫌われてしまったかしら?」
「ごめん、妹は人見知りが激しくて」
「それじゃぁ、ここまでくるのは大変でしたでしょう?」
「まぁ、な」
「ごめんなさい、驚かせてしまったわね」
「……?」
 謝罪の言葉に、驚いた。だって、まるで――
 はっとしてシギを見上げた。
「とにかく、もっと似合う服を選んでくれるかな? お代はまた払うから」
「はーい!」
 元気に返事をして、店の少女は笑う。
「何色が好き!?」
「………青」
 海の色――


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