15

 この国がなければ、もっと違う未来があっただろうか。

 この国の王でなければ、もっと。

 ――違う。この国の王であったからこそ、我妻と出会えた。――娘も。

 だがもし、この国が消え去り自分独りだけが生き残っていれば――

 ミルファネーゼ(娘)に会えただろうか?


「陛下、少しはお休みになりませんと」
「シルク」
「今日は昼食も飯上がりになっておりませんわ! 料理長が嘆(なげ)いております!!」
「お前、今日はミネファの所ではなかったか?」
 結局、“ミネファ”と呼ぶ事も叶わない。
 一つため息をついて、シルクは答えた。
「陛下がお昼も頂かないし、部屋に閉じこもりっぱなしで出てこないし、あんなに嫌いな書類整理をただまるで操り人形のようにおこなっている所など見たくない。というのが、城中の者達の希望です。借り出されました」
「ルギにか」
「……彼に頭を下げられるのは最初で最後ですわ」
 苦々しくシルクは言った。
「そうだな――本当はもっと簡単だと思っていた」
「……?」
「本当の“親”だと言えば」
「――っ」
「だがあの子は、例え血のつながりがなくても、親子と言う関係を超えた関係を築いていた」
 奪って、しまったのだろうか。
「私はミルファネーゼ様よりも陛下の味方です。陛下は、どうなさりたいのですか? それに、あの戦争で親を失った子など幾億といます。――あのようにわがままな小娘を、私が好くとでも?」
「シルク」
「でも私には、ただ駄々をこねている娘にしか見えません。これまで、陛下がどんな思いで――」
「だが、我にもあの子の思いはわからない」
「………」
「あの子にとって“家族”は、もう血のつながりは必要ないのだよシルク」
「ですがっ」
「皮肉なものだ、家族を奪われる悲しみを知った私が、あの子から“家族”を奪ってしまった。――それが結果だ」




「――? あの……」
「なんですか?」
 声をかけると、義務的に返事が返ってくる。シギはいない。少しだけ席を外しますといって。大丈夫、食事の間だけですと言って行ってしまった。広い、食堂。お父様もいない。――来ない。……当たり前?
 自分はもしかしたら、とても虫のいいことを考えていたんではないだろうか。
 あれだけ言っておいてまだ、国王が一緒にいてくれるなんて。
「なんでも、ないです」
 怪訝そうにしたまま給仕が下がる。
 お父様はもう食事を終えられたのですか? それとも、まだ?
 その言葉が出てこない。

 寂しい。




「シェーネ、あのね」
 自室で休めと何度も何度もシルクさんに言われているが、嫌だ。
 大樹に寄りかかって言葉をかける。安らぎの時間。
「……どうしたら、いいんだろう」

 わからない。

 自分が、どうしたいのかですら。

 本当は、答えは出ていたのかもしれない。見たくないだけで。


 日暮れも近づいてきた午後の終わりに、ようやくシギやシルクさんがきた。あれやこれやと注文をつけられ、今日も特訓。することがなくて暇なだけに、嫌な事でもできてしまった。


 夕飯も一人、シルクさんのマナーチェックがいつもより厳しさを増していた。
 おそらく彼女は、私とお父様の関係を快く思っていないんだろう。



「ねぇ、シェーネ?」
 もう人々は、眠ったのだろうか?
 私がここ(大樹の下)に寝ていると知られてからは、ここに来る兵士達が減ったように思う。邪魔をしないで、いてくれるのだろう。だからと言って、護衛が減るわけでもなかったけど。
「眠れないの」
 シェーネは答えない。その代わり、ジュアが揺れた。
「ありがとう」
 まるで励まされるように、私は二人の下をあとにした。


かつっ
「――!」
 まるで、音を立ててはいけないのかと言うほどの静寂。足音ですら、息遣いですら。

「……」
 ただ、さ迷う回廊。広く長い。

 あてもなく歩いた。そうすれば、もしかしたらこの悲しみが消えるのかと思って。



「………」
 だんだんと廊下は暗く、すれ違う人々もいない。兵士も、侍女達も。手入れの行き届いた花。磨かれた置物。絵画。すべてがなくなって、暗い石の壁。
 一度は、厚い絨毯の敷かれた廊下を歩いた。そこも通り過ぎた。

 思えば、きっと呼ばれていたんだと思う。
 すれ違った私と父を、見かねた母に。

ごんっ!
「〜〜〜」
 不覚にも、暗闇の中で何かにぶつかった。手を伸ばしてみると壁のようだ。
 こんなものが目の前にあるとも、気がつかなかったのか。
 暗闇には、慣れたと思っていた目が憎い。
「?」
 冷たい壁に触れていた手が、扉の取っ手らしきものに触れた。
「扉?」
 よく見れば、古いふるい印の組まれた扉だった。もっとよく見れば気がついただろうか。左腕の焼印と同じものだと。
 もっと考えるべきだったのか。

 その扉の鍵が開いていたことを。

きぃ――
「……?」
 その開いた扉の軽さに驚く。少しだけ開いて、中に入る。後ろ手に扉を閉じては、目を凝らす。
 その部屋はどうやら、誰かが使っていたらしい。客室とは違う、生活感。でも――

 誰もいない。

 人がいたのは、幾年前の事なのだろう。触ることを拒絶されたもの達。立ち止まった時間。

 暗い中進めば、足下で積もった埃が舞った。
「……」
 目の前には、カーテンがかかっている壁があった。おそらく、窓ではないかと思う。
ジャァァア――
 古びたカーテンを引けば、その向こうに夜空を映した窓は、なかった。
「ぇ?」
 大きな額縁に入れられた人物画。
「だ、れ?」
 私が国王様に似ていると言われても、信じられない。でも、もし、もしもこの絵の人に――
「あ、し、……なす?」
 絵の下にかかっている名札。おそらく、この絵の人物の名前であろう。
「あじー……ぃず?」
 降り積もった埃を必死にかすって、文字を読み解く。シギに習っていてよかったと思う。この国の、古い言葉――
「……!!?」

 ――アジーナイズ――

 それは、母親の名前――


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