1.二人の王女 


 もし、はじまりというものを考えるなら、この時だったのだと思う。

「嫌よ! どうして私がそんな所に行かないといけないの!」

 ただ聞き過ごすだけの日々は、突然崩壊した。

「輪花(りんか)が行けばいいわ!」

 この世界に戸籍というものがあれば、間違いなく彼女は妹なのだが、ひとつしか違わないという事実のおかげか、母が違うからか、妹は私を名で呼ぶ。
 たぶんそこには、私達の母の地位が、深く根深く関わっていた。

「しかし蓮花(れんか)、あちらは第一妃の子を所望しているのだ」
「お父様! このわたくしが嫁ぐ国がなぜ遠方で、一年を雪に囲まれた何もない冬雪(とうせつ)国ですの! わたくしは、もっと地位の高い国に嫁ぎたいですわ!」
「蓮花……だが、わが国、来春(きしゅん)国はその国より衰退してしまっている。この国がもとの繁栄を取り戻すのに、この結婚は必要なのだ。それに、冬雪国と晴夏(せいか)国は同じだけの国力を持っている」
 父の言葉が、とても切実なものであった事を、私は知っていた。
 私は、話に口を挟む事も許されずその場に立ち尽くしていた。その時、見てしまった。
 いらだいちをあらわにしていた蓮花が、口の端をあげて笑ったのだ。私は、その笑みがとても嫌いだった。
「それに、私には代わりがおります。ねぇ、お父様」
「言っておろう。第一妃の娘を望んでいると」
「そんな事、知りませんわ。そんな所に嫁ぐぐらいなら、この国を出ます」
「蓮花!?」
「ごきげんよう。お父様」
「蓮花! お前も王族の娘なら――」
「嫌です。私の代わりはいますもの」
「蓮花」
「そんな遠くて雪に埋もれた国なんて! この私が、そんな所で埋もれるなんて嫌です!」
「あなた、蓮花? いったい何事ですの? 外まで声が聞こえていますわ」
「ああ、華朝(かちょう)。助けてくれ、蓮花が」
「輪花がいますわ! ねぇお母様」
「困った子ねぇ」
 困ったように笑いながら、目だけが笑っていない。ひたと、春妃(しゅんひ)―華朝の視線が私を見つめた。その視線に、蓮花の見せる冷たさの原点を見て一歩足が引く。
「確かに、代わりはおりますわ」
「華朝。ごまかす気か」
「そんな事は。でも、あの娘にも、同様に地位がありますでしょう?」
 認めてもいないくせにと、反論が頭に浮かぶ。
「ねぇお母様! お父様ったら私を冬雪国に嫁がせようとしてますのよ! あんな辺境の! 雪に埋もれた国に!!」
「蓮花、口をつぐみなさい。例え事実でも、そう声をあげて言うものじゃないわ」
「ごめんなさいお母様」
 にこやかに母と娘の間で交わされる会話に寒気が走った。
「でも、そうね。ねぇ陛下。まさかわたくしの娘を不幸にするつもりじゃ、ございませんわね?」
「――華朝」
 お父様がため息をついた。それは、聞きなれたもので、第一妃である華朝妃のわがままが、通る瞬間。
「輪花」
 壁の置物と化していた私に国王の声がかかる。今はじめて気が付いたというように視線を向ける春妃と娘。
 確実に、この場に私と彼等三人の間に亀裂が見える。
「お前は晴夏に嫁いでもらう予定だったが――」
 先の言葉は、聞かなくてもわかってしまった。

 たぶん、この日を始まりとするのが、一番正しい。
 悲しむべきだったのか、喜ぶべきだったのか、今でもわからない。
 戻っても、仮にこの時に戻れたとしても、きっと進む道は同じだったはずだから。
 私の進む道を定めたのは、この時。だけど、私が進む道を定める事を、望んでいた。



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