3.最初の疑念 


 そして、突然だった。
 がだんという揺れにがくっと頭が落ちる。ん? と目覚める。すると緊張した顔の桜がいた。
 ばたんと扉が開いて、雪と冷たい風が入ってくる。
「それが! 吹雪が!!」
「私が外で話を伺います。馬車の中が冷えるので閉めます」
「桜、平気よ」
 はっとして声をかけた。
「姫様。駄目です」
 ぱたんと、扉が閉じた。
「輪花様、寒くないですか?」
 そーっと、ナズナが声をかけてくる。
「大丈夫」
「早く止まるといいですね。それにきっと、桜さん戻ってきて言うんですよ」
「「自然現象だから、仕方ないわね」」
 私の言葉と、ナズナの言葉があわさる。目を合わせて笑う。
「って、言うんですよね!」
「ええ」
「でも……すごいですね」
 もう、窓の外は吹雪いてしまって何も見えない。うとうとしていたら、寝ていたので、いつ雪が降ってきたのかよくわからない。
 再び外を見る。窓に向けた視線は、動かせなかった。険しい顔をしていると、自覚していた。


 雪が積もって動けなくなる前にと、来た道を戻り始めたのは、吹雪が収まってきた頃だった。
「駄目ですわ。進めません」
「仕方ないわ」
 結局、港に戻ってきてしまった。
「馬が足止めを食らってしまって」
「馬も、寒いから、動きたくないのかしら」
 ここは冬国だ。春国とは気温がまるで違う。
「姫様」
「間違ってないとおもいまーす!」
「どうしたものかしら。歩いて……行けないわよね」
「あの雪の中をですか!?」
 珍しく桜が驚いている。
「そう……よね」
 どうしたものかしら、ただ。
「もう、待たせすぎてしまっているわ」
「それは……」
「行きましょう。荷物は全部置いていってもいいわ」
 今日は、吹雪かない事を願うしかない。
「お願いします」
「姫様、そんなに頭を下げないでください」
 兵士がおろおろしている。そして桜が叫んでいる。とにかく、動かなくては。いくら変わりとはいえ、遅くなりすぎるわけに行かない。
「行くわよ、桜、ナズナ。荷物は必要最低限でいいわ」
 あの雪を越えないと、私は先に進めない。


「吹雪は収まったようだな」
 男が、窓に向かって立ち上がる。
「はい」
「……いつ来るんだ」
「もう、着いていておかしくないのですが」
「そうか」
 そう言った男の手から、文字で埋め尽くされた紙が叩き落された。


「輪花様〜大丈夫ですか?」
「ナズナ、平気よ」
「でも……」
 ナズナが見ているのは、私の足元だ。桜ががんばって、靴が濡れないようにしていたがもう駄目かもしれない。
 確かに足先が冷たいが、言うわけにはいかない。みんな条件は同じだ。私が特別なだけで。
「ナズナ、何をしているの?」
「さ、桜さん!?」
「何を驚いているの? 輪花様、休憩します」
「ええ」
 正直助かった。
 目の前に見えたのは、もう崩れかけている空き家だった。贅沢は言わない。風と雪が防げるだけでずいぶん違う。
 壁際、一番奥に向かって、腰を下ろす。
「――はぁ」
「輪花様!?」
「!」
 ため息が思っていたより大きかった。しかも聞かれた。ナズナが仰天している。
「ごめんなさい」
「え、いいえ! 輪花様が謝らないでください!!」
「お疲れのようですね」
「桜さん!?」
「桜」
「暖かいものをご用意したいのですが」
「無理しない。持ってきたものも少ないのだから」
「すみません」
 手渡されたのは、金平糖だった。
「おいしそうです〜」
「ナズナ! あなたの分はこっち! 姫様のを奪わない!!」
「はーい!」
 ナズナに手渡そうとしたのだが、中途半端で止まってしまった。なのでそのまま口に持っていった。
「こんな事を告げるのは心苦しいのですが」
 しばらく、私がほとんど金平糖を食べきるのを待って桜が声をかける。
「なに?」
 冷たい水……どうも冷え切ってしまったようだ。を流し込んだ時だ。相変わらず、タイミングがいいわねと思いながら声をかける。
「あまり時間がありません」
「――急ぎましょう」
 それだけ言って、立ち上がった。


「どういうことだ!」
「連絡が、途絶えたままです」
「だからどういうことなのかと聞いている!」
「王」
「どういうつもりだ。こちらの用件を飲む気がないのか」
「わかりません」
 彼の言葉にあおられるかのように、空に厚く雲がかかり始めた。


「雲行きが怪しいわね」
「輪花様」
「大丈夫、よ。急ぎましょう」
「ですが」
「これ以上待たせるわけにいかないの」
 寒さにかじかむ手と足を必死で動かした。頭の上を覆う雲は厚く、晴れない。
 馬車という荷物を手放した馬はとても早く走ってくれたが、それも途中までだった。今では歩くように遅い。
 雪原を越えたら、森だった。葉が落ちて枝だけの木に雪が積もっていて、とても幻想的だった。
 私達と馬が立てる音意外は、ただ沈黙する。静寂の中、時折雪の落ちる音がする。静かな時間。
「姫様! あれを!」
「ぇ?」
 遠くに、塔の先端のようなものが見えた。


「吹雪き始めたな」
「これではまた、足止めを食らう事になるでしょう」
「わかっている。だが、」
「はい」
 王は言った。保護を求めるならそれだけのものを支払うように来春の王に交渉すると。
「連絡が途絶えたというのは、どういうことだ。こちらの迎えが」
「王!!」
 突然、王の言葉を遮って兵士が飛び込んでくる。中にいた王と護衛は厳しい目を向けた。
「な」
「大変です! 姫君が――」


「歩いてきたぁ!!?」
「途中で馬が進まなくなってしまったようでして」
 荒々しく廊下を進む国王に、報告を伝えに来た兵士があわてて追加する。
「そういう問題じゃない! 迎えはどうした!?」
「そうですね。おかしいです。連絡が途絶えたにしても」
「それが、南の港に着いたそうです」
「南に? おかしいですね」
「ふざけているのか!?」
「王、落ち着いて」
 兵士が怯えている。
「とにかく――」
 どかどかと正面に向かって進み、入り口まで来た王の足が突然止まった――
「王?」
 その後ろから、前を覗き込んでみる。驚いた。
 そこには、ずぶぬれに濡れた三人の女と、二人の兵士がいた。

「寒い」
 もう何度言ったのかわからない。
「寒いですね」
 冷静に桜が、律儀に答えてくれる。
 なんとか城門らしきものにたどり着いて、兵士に事情を話した。しばらく待つと通してくれた。
 雪に埋もれた格好で風にさらされてしまったので、すっかり冷えてしまった。
 凍りついてしまって、感覚もおかしい。体を震わせていると、たくさんの侍女達がタオルを持ってきてくれる。なぜか桜もナズナも私を拭こうと必死なので、なんだかすごい事になっている。
「ちょっと、ちょっとまって桜、ナズナ、まず自分を拭いて」
「「駄目です!」」
「………」
 あははと、苦笑いだ。
「とにかく着替えていただかないと!」
 たくさん出てきて、タオルを渡してくれた侍女達があわてている。
「ごめんなさい。ありがとう」
 そう言うと、侍女が凍りついた。あれっと、首を傾げる。凍りついた侍女達がしばらくして、あたふたと動き出す。
「と、とにかくお風呂に」
「急に温めて大丈夫なのかしら」
「ぬ、ぬるま湯を!」
「それよりお茶だわ!」
「あの……」
「何をぼさっとしているの! 急ぎなさい! 姫が震えているでしょう!?」
 鋭い一括が響いた。はっと顔を向けると、今いる侍女達より一段上の服を着ている人が出てきた。
 立ち姿が凛としていて、ちょっと見ほれた。
「申し訳ありません侍女長」
「早くなさい。申し訳ありません姫。どうぞこちらへ」
「あのっ」
「……はい」
 一分一秒がおしいというように、侍女が振り返った。
「こんな格好で中には入れません」
 どう見ても、お城だし。広いし、でかいし……というか、真っ白だ。私を見下ろす。靴が濡れてるし、服も。……絶対汚れる。
 きれいなお姉さんは、静かに微笑んだ。
「連れて行きなさい」
「え?」
 他にいたたくさんの侍女に連れて行かれた。
「さ、桜!? ナズナ!!?」
「お付の方々は別室で着替えていただきます。よろしいですね」
「あ、はい」
 なんだか、逆らえない雰囲気をかもし出しているお姉さんだった。


「まったく、何をしてい……へ、陛下?」
 滅多な事で動揺しないと言われている侍女長が凍りついた。
「申し訳ありません、勝手を」
 一歩ひいて、腰を折るように礼を取る。
「いや、いい」
 よく見えなかったが、あの真ん中にいたのがそうなのだろう。
「連絡は取れたのか」
「いえ、まったく」
「どういうことだ。あの国は」
「陛下、少しお時間をいただけますか。すぐに姫を連れて行きます」
「ああ」



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